第5章 4話 小山理央のバレンタイン。

 朝ご飯は可愛い、いちごとホイップクリームのパンケーキ。


 お昼ご飯は楽しくたこ焼きパーティー。


 そして夜ご飯は、お洒落にシャンパンとパスタ。



 久し振りの4人での休日は家から出ないまま終わりそうだった。


 全員お風呂からも上がって、友乃と瑞希はカウンターで白湯を飲んでいて、僕と凌はリビングでチョコレートを食べながらゲームをしていた。



 昨日のバレンタインでは、凌が今年も沢山チョコレートを貰ってきた挙句、瑞希まで沢山貰ってきてしまい、喜んでいるのは僕だけだった。



 僕はというと、今年も全て断ってきた。


 僕が欲しいのは友乃と瑞希からだけだから。



 夕食のデザートで、昨日瑞希が作ったマフィンを食べたけど、高校生の時から変わらないこの味は、自然と笑顔になるものだった。



 僕はゲームの画面に集中しながら、後ろのカウンターにいる女子ふたりの会話に耳を傾けていた。


 微かに聞こえて来るその声に、恐らく凌も耳を立てていたと思う。



「プラネタリウム、良かったよね。」


「今日もやりたい。」



 ふと、そんな声が聞こえてきて、僕は切りの良い所でふたりの方に振り返った。



「やる? プラネタリウム。」



 声を掛けると、ふたりも僕たちの方に振り返って僕に笑いかけた。


 それを見た僕は、凌にゲームの片付けをお願いしてから、自分の部屋に行って部屋の片付けをした。


 すると、扉をノックする音の後に、友乃が部屋に入ってきた。


 この間と同じ、この場面は見たことがあるな、と思った。



「あのね。」



 友乃はいつも通り座椅子に体育座りして、僕のことを上目遣いで見ながら話を始めた。



「この1ヶ月くらい、色々なことがあったじゃない? みんな、今まで言えなかったことが言えたから。私、凄く楽になった。瑞希もそう言ってたの。だからね、今までよりも距離が縮んだと思うんだ。」



 友乃は笑顔だった。


 いつも笑顔が多いけど、今のはいつもの軽い笑顔とは違って、心からそう思ってるんだろうな、っていう深い思いが見えるような笑顔だった。



「私、みんなのこと大好きなの。だから、意地張って言えなかったことは、言えて良かったと思ってる。」



 友乃は最後に、意地なんて張るもんじゃないね、と言った。


 僕は友乃の隣に座って、そうだね、と言った。



 この家の中で、意地なんて張っても仕方ない。


 それはその通りだと思った。


 結局はなんでもバレそうだし、いいことも悪いことも、全部理解してくれる4人だから。



 この1ヶ月で、瑞希と凌の喧嘩が無くなった。


 それから、僕と友乃が一緒に寝てることを隠していた瑞希に話した。


 凌が瑞希と外で夫婦の振りをしていることが友乃に知られた。


 そして、友乃が会社で嫌な思いをしてたこととか、瑞希が男性に恋愛感情が湧かないこととか、凌が友乃と瑞希のことを異性として意識してしまうようになったこととか。


 本当にたくさんの事が変化した。


 これはひとりひとり、大きな心境の変化があった訳ではなくて、誰かの少しの変化でみんなが少しずつ変わっていった結果なんだと思う。



「ねぇ、理央。」


「何?」


「私たちいつまで一緒に居られるかな。」



 いつまで一緒に居られるか、なんてことは僕が1番知りたいことだった。


 3人に依存し過ぎている僕は、まだこの場所からは抜けられない。



「まだ、一緒に居られるよ。」


「それは答えになってないよ。」


「いいんだよ。答えなくて出さなくても。僕、まだここに居たいから。」



 僕が友乃に笑いかけると、友乃も笑った。


 少し呆れた顔をしていたかもしれない。



 まだまだ離れられそうにない。


 離れたくないっていうのも勿論あるけど。



 笑顔が愛おしくて、友乃の頭を撫でていると、扉をノックする音が聞こえて、凌と瑞希が入ってきた。



 凌の右手には、小型プラネタリウム。


 瑞希はすぐに友乃の隣に座って、凌に向かって準備を急かすように言った。


 僕は友乃の隣で凌が準備しているのを見ていた。


 そんな僕たちを見て、凌の隣に駆け寄って一緒に準備をしてあげる友乃。


 瑞希の方を見ると目が合って、瑞希が一言呟いた。



「友乃は優しいね。」


「僕たちとは違うからね。」


「何それ。私、理央と同類ってこと?」


「そうじゃん。」


「やだ、私の方が優しいし。」



 瑞希の口の悪さは変わらないか。


 僕が瑞希のことを見て笑っていると、凌が部屋の電気を消した。


 部屋の中に広がる星空。



 開いていた窓を閉めようとした友乃が、窓の外の空を見てから振り返って僕たちに声をかけた。



「今日、星がいっぱい見えるよ。」



 友乃のその言葉に、瑞希が窓の方に駆け寄って行った。


 僕は暗闇の中カメラを取り出して、窓に顔を出すふたりの後ろ姿にシャッターを切った。



「あ、撮ったでしょ。」



 瑞希が振り返って、僕の事を睨んだ。


 隣の友乃はそれと正反対の笑顔で笑っていた。



「本物の星空見に行こうよ。」



 友乃の一言で、僕は凌と顔を合わせた。


 凌が笑顔で頷いた。





 僕はみんなの服を選んでから、カメラを持って外に出た。


 空を見上げると、本当に星が沢山見えた。


 都会なのに珍しいこともあるもんだな。



 ずっと上を見上げていたから、玄関から友乃が出てきたことに気が付かなくて、背中に抱き着かれた時に、やっと気がついた。



「首取れちゃうよ。」


「だって、綺麗じゃん。」


「そうだね。」



 友乃とふたりで空を見ていたら、瑞希に声をかけられた。


 僕が先頭で向かう先は、近くの土手。


 そこが1番開けている場所で、星が綺麗に見えそうだと思ったから。



「うわ、凄いね。こんなに見えるものなんだね。」



 田舎に比べたら少ないと思うけど、都会にしては多いと思う。


 瑞希がキャッキャ言いながらはしゃいでいるのを、隣で凌が優しく見つめていた。



「理央、カメラ!!」



 瑞希は凌の腕を引っ張って、僕に向かってピースをした。


 僕はカメラを構えてシャッターを切る。



 このふたりの距離感、少し変わったな。


 前よりも柔くなったし、高校生の時に戻りつつあるような感じがした。



 友乃は僕の隣でふたりを見つめて笑顔で笑っていた。



「友乃。」



 僕が声を掛けると、友乃は振り返って、カメラを確認してからすぐにポーズを取った。


 あぁ、可愛い。


 顔は映らなくてもいいのだ。


 それは僕だけが知っていればいいから。



「4人で撮ろうよ!!」



 瑞希が少し離れたところから僕たちに向かって言った。



 僕は人通りのない道の真ん中に小さな3脚を立ててカメラを固定した。


 この辺りかな。


 タイマーをセットしてからシャッターをボタンを押した。


 走ってみんなが並んでるところに行くと、友乃が僕のことをぎゅっと自分の方に抱き寄せた。



 シャッターが切られた時、レンズに映された4人は、世界中の誰よりも楽しそう顔をしていた。



 2月16日、深夜1時半。


 バレンタインにみんなが貰ってきた甘いチョコレートを食べるよりも、4人で笑ってる方が幸せな時間だった。

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メランコリックバレンタイン 安神音子 @karasu_kuroneko

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