第5章 3話 鷲尾瑞希のバレンタイン。

 隣には凌がいて、体を起こして見回すと、ベッドの方に友乃と理央が寄り添って眠っていた。



 そうだった。


 昨日は最後まで理央には勝てなかったんだった。


 私はもう一度横になって、凌の手を握ってみた。



「何?」



 小さい声で聞こえた凌の声に、少し驚いてしまった。


 起きてたのか。


 凌の顔を見ると、私の方を見て少しだけ目を開けていた。



「なんでもない。」


「おいで。」



 そう言って、私に向かって両手を広げた凌。


 私は素直にその中に入っていった。


 かけてあった毛布と凌の体温で更に暖かくなる。


 凌は私の頭に顎を乗せて、ぎゅっと抱きしめた。



「瑞希、暖かいね。」



 凌の方が暖かそうだけど。


 そんなことを思っていたら、頭の上から寝息が聞こえてきた。


 また寝たのね。


 この状態だと、暫くは起きれなさそう。


 仕方ないから今日は勉強はお休みの日にしよう、と思った。


 やっぱり、4人での時間の方が優先だからね。


 凌の腕の中からなんとか顔と腕だけを抜け出して、近くに置いてあったスマホを手に取った。


 時刻は、9時半。いつも起きる時間よりも2時間くらいは遅くて、寝すぎたなぁ、と思った。



 昨日はいつもより早く起きて、マフィンを焼いてから仕事に行った。


 これだけはまだ素直になれずにいるところだったから。


 そして、あげる分の数よりも多く持って帰って来ることになるチョコレートの数。


 これも、まだ減らずにいた。



 でも今年は、みんなに言うことが出来たから、消費するのが少しだけ楽になった。


 それだけは良かったことかもしれない。


 友乃に話した時は、男子ふたりには言わないで欲しい、って言っていたけど、友乃に言えたことによって気持ちが軽くなったせいなのか、昨日気付いたらポロッと零すように言っていた。


 みんな受け入れてくれたし、やっぱり言えてよかったと思う。



 凌の腕の中でスマホのSNSを開いて画面をスクロールしていたら、1枚の写真に目を奪われた。


 スクロールを止めて、その写真をタップした。



「うわぁ、」



 思わず声が漏れるくらい。



 女性が桃の花を眺めている写真。


 普通この時期の地面は、冬の儚い色の枯れ木や枯葉で茶色くなっているけど、この写真の地面は同じ茶色でも、ショーウィンドウでキラキラ光っているなめらかで優しくて可愛らしい色に見える。


 そしてそれに混ざる澄み渡った淡い青色の空。


 ハッキリとしたピンク色の桃の花は、主役の女性を包み込むように咲いていた。


 女性の顔は顔立ちしか分からないけど、柔らかい表情で桃の花を優しく見つめていることは見て取れた。



 私は、声が漏れるほどのこの写真を撮っている人が、写真を見ただけで分かるんだから、やっぱり好きだな、と改めて思ってしまった。



 アカウント名を見た時、ベッドの方からモゾモゾと音がして、体を起こしたのは理央だった。


 理央は辺りを見回してから、私の方を見た。



「瑞希、相変わらず早いね。」


「まあね。」



 理央は、隣の友乃の頭を撫でてから、もう一度横になった。


 私は理央に、さっきまで見ていた写真を見せた。



「いいでしょ?」


「最高だよ。」



 そう、これは理央が撮った写真。


 写っている女性は勿論、友乃。



「バレンタインにピッタリだな、って思って昨日あげたの。地面はチョコレートみたいだし、桃の花はリボンみたいでしょ? 服の色が空の色とマッチしてるから、友乃がその空みたいに純粋な気持ちを持っている女性を現してるの。どう?」



 理央の話を聞きながら、写真を見ていた。


 チョコレートみたいなのは分かったけど、桃の花がリボンで、空の色と合わせた服の色が女性の気持ちを表しているのは、流石に汲み取れなかった。


 解説を聞くと、その写真に対して理央が深い意味を込めてることが分かってきて、見方がさっきより変わった気がした。



「凄くいいと思う。」



 理央は嬉しそうに笑って、私に背を向けて友乃の方に寝返った。



「モデルが可愛いから、何だっていい物になるんだよ。」



 理央が小さく言ったその言葉は、友乃に届いたかな。



 理央の写真は凄く好きだけど、これを見てしまうと絶対に勝てないと思う。


 でも、この時ばかりはそれでもいいって思うんだ。


 だって、理央も友乃も大好きだし、何よりも理央の撮る友乃が大好きだから。



「今日、ホームパーティでもする? みんなで写真取り合うの。」



 理央が私に背を向けたまま言った。


 私はスマホから目を離して理央の背中を見て、笑顔になった。



「やりたい。」


「じゃあ、可愛い料理作らないと。買い出し行く?」



 振り返った理央に、笑顔で返した。


 私の笑顔を見た理央は、起き上がってから、着替えてくる、と言って自分の部屋に戻って行った。



 昨日みんなが貰ってきた大量のチョコレートも消費しないといけないし、会社で色々あった友乃を元気付けてあげたい。


 私もスマホの画面を閉じてから、凌の腕の中で伸びをした。


 すると、凌の腕が緩んで、また薄らと目を開けた。



「瑞希、起きるの?」


「うん。理央がご飯作るって言うから、一緒に作ってくる。」


「ううー、ん。」



 まだ寝ぼけている凌は、体を起こそうとした私にまた抱きついてきて、私は布団から出ることに失敗してしまった。


 凌の顔は緩んでいて、何がそんなに嬉しいのか、と疑問に思っていた。



「今日何するか決めたの?」


「うん。美味しいご飯食べながら、みんなで写真撮る。」


「理央主催か。」


「いい写真、撮れそうでしょ?」


「うん。じゃあ、起きるかぁ。」



 凌は私を解放して、自分も伸びをしてから体を起こした。


 私も起き上がって、ベッドの方を見た。


 まだ友乃は起きる気配が無さそう。



「朝ご飯は、いちごの乗ったクリームたっぷりのパンケーキがいい。」



 やっぱり、可愛いと言ったらいちごにパンケーキ。ホイップクリーム乗ってたらもっと可愛いじゃない?


 なんて、理央みたいなことを言うと、凌が怪訝な顔をして、信じられない、と呟いた。



「そんなに甘いの食べられるの?」


「残ったら理央が食べるからいいの。」


「うわ、最低。」



 私は凌に向かって笑いかけてから、ベッドで眠っている友乃の頭を撫でた。



 さて、今日は久し振りの4人でのお休み。


 明日からの仕事のためにも、今日は全力で休みを楽しもうと思った。

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