第5章 2話 棚橋凌のバレンタイン。

 瑞希が大量にチョコレートを出てきたことには少し驚いた。


 学生時代から沢山貰っていたらしく、それをずっと俺たちに言えなかったらしい。


 瑞希が俺と一緒にいることが多かったから、隠れてもらうことが多かった、

 って、瑞希どんだけモテたんだよ。



 友乃も友チョコってやつを貰ってきていて、案の定やっぱりすごい量。



 こんなので喜ぶのなんて理央しかいないのに。


 そして喜んでいる本人は、今年もひとつも貰ってきていなくて、全部断ったんだろうな、と思った。



「今年も太るよ。」


「理央、去年5kgくらい太ったよね。」


「友乃、それは言わないでよ。」



 いつもこの時期になると、太る太る、っていいながら止まれずに食べている理央。


 有難いことではあるんだけど、確かに体型は気になってくるところだよな。



 いつもの居酒屋から帰ってきてお風呂に入ってから、今日はリビングで貰ってきたチョコレートを広げながら雑談していた。



 今年も去年のプラスで貰ってきたチョコレート。


 瑞希に嫁の振りをして貰って、既婚者アピールもしているのに、チョコレートだけは渡して来るから、あんまり効果が無いとも言える感じで、毎年ガッカリするのが正直なところ。



 少しづつでも食べていかないといけないな。


 そうしないと今年も減らない。


 そう思って俺がひとつ開けると、瑞希が隣からひと粒取っていった。



「甘ぁ。信じらんないくらい甘いよ。」



 瑞希は俺の方を見て、険しい顔をした。


 それを見て、俺もひと粒食べてみたけど、瑞希の言う通り信じられないくらい甘くて、同じ顔をしてしまった。



「同じ顔してるよ。」



 友乃が俺たちを見て笑っていて、その隣で理央は黙々と目の前のチョコレートを食べていた。


 平気な顔して食べてるんだもんな。


 そりゃ、太るよ。



「明日どうする?」


「どうしようか。」


「明日考えるんでも、いいんじゃない?」


「起きれない可能性もあるからね。」


「特に友乃と凌ね。」


「俺?」



 明日は久し振りの4人での休み。


 1年に1回あるかないかだから、どこかへ出掛けるのもいいな、と思いつつも、やっぱり家でダラダラしててもいいかな、とも思う。


 結局は、4人でいることには変わりないから。



 友乃と俺は単純に朝が弱い。


 理央も起きるのは遅い方だけど、何か予定がある時はしっかり起きれる人。特に、4人で遊びに行くなんて言ったら、夜は眠れなくなるのに、朝はめちゃくちゃ早く起きてテンションが高い、っていう小学生の遠足前みたいになる。


 瑞希は習慣がしっかりしてるから、朝も夜も割と規則正しい。


 俺は瑞希が羨ましい。しっかりしてるようによく見られるけど、全然そんなことはないから、本当にしっかり者になりたいと思っている。



 明日の話をしながらも、理央の手は止まらない。


 止まる時と言えば、友乃が、それ一口頂戴、と言った時に、あーん、としてあげる時くらい。


 さすがに食べ過ぎだと思うけどな。


 多分もう全体の4分の1は減ったと思う。



「理央、そろそろ辞めたら?」


「うーん、太る?」


「太るし、甘いものそんなに体に良くないよ。」


「うー、分かった。」



 友乃の言うことは素直に聞くんだもんな。



 昨日のことが嘘みたいに、今日の友乃はいつも通りで、安心したけど、心配もしていた。


 無理してるんじゃないかな、とか。



 友乃が理央の前にあったチョコレートたちを瑞希に渡して、瑞希はそれを片付けていった。


 冷蔵庫はパンパンだし、キッチンの棚の中もいっぱいになった。



 正直、モテてる自覚はあるけど、その原因は未だに分からない。



 瑞希に関しては、恐らくだけど上面がいいからモテているんだと思う。


 俺らの前での瑞希は、どこがモテるのか分からないくらい、口悪いし態度悪いし、それよりなにより、友乃のことが好きすぎる。


 今だって、ほら。


 いつの間にか俺の隣から友乃の隣に移動している。


 普通に3人で話しているように見えるけど、本当は理央とバチバチしているのだ。



「もう寝る?」


「友乃、一緒に寝よう。」


「なんでだよ。僕が一緒に寝るんだよ。」



 友乃がよく理央と一緒に寝ていることを、瑞希に話してからというものの、ふたりとも堂々と言い合うようになって、友乃が今まで以上に困った顔をするようになった。


 俺は友乃の目の前で3人のその光景を見ていた。



「私、凌と寝るよ。」


「え、俺?」



 ふたりの言い合いに切り込んでから、友乃は俺の隣に座り直した。


 ふたりの間から抜け出してきたもんだから、理央と瑞希の視線の先は、やっぱり俺に向くもので、俺はそれに対して困った顔をすることしか出来なかった。



「凌、やっぱり友乃と寝たいんだ。」


「ダメです。凌じゃなくて、私にしようよ。」



 ふたりが色々言ってる中、友乃は俺に抱きついてきて離れようとしなかった。


 多分、この話が嫌なんだと思う。



「本当に?」



 小声で友乃に聞くと、小さく頷いた。


 この場では、だろうな。


 俺は友乃を連れて2階の自分の部屋に向かった。


 理央と瑞希からは、罵声を浴びたけど、昨日の今日で友乃は疲れているだろうし。気にせずに自分の部屋に招いた。



「ふたりが落ち着いたら、自分の部屋戻るから。」


「うん、分かった。座ったら?」



 ソファーも座椅子もないけど。


 友乃はカーペットの上に座って、テレビ台に置いてあったコントローラーを手に取った。


 扉の外からはバタバタと階段を上がって来るふたつの足音が聞こえて、向かいの部屋をノックしながら叫ぶ、ふたりの声も聞こえてきた。



「凌。これ、やりたい。」



 扉の向こう側の音が聞こえていないかのように友乃が俺に話しかけて来るから、俺は少し笑ってしまった。



「何やりたい?」


「うーん、電車のやつ。」


「いいよ、やろう。理央と瑞希も呼ぶ?」


「うるさいからいい。」



 ふたりとも、どんまい。


 俺は友乃がやりたいと言ったゲームを準備して、立ち上げた。


 ふたりの声は諦めたように止んで、今度は俺の部屋がノックされた。


 それに返事をすると、理央が扉から顔だけ覗かせた。



「ずるいぞ。」


「友乃のご指名だから、仕方ない。」


「凌の馬鹿!!」


「ばーかばーか!!」



 理央の後ろから瑞希の声も聞こえてきて、俺は呆れたように笑ってしまった。


 当の本人、友乃はずっとゲームの画面を眺めてるし。


 これは、ちょっと面倒臭いな。



「ふたりとも、ゲームする?」


「やる。最初から誘って。」



 理央が少し怒ったように言ってから俺の部屋に入ってきて、友乃の隣に座った。


 瑞希もあとから入ってくる。


 友乃は理央が隣に座ると、いつも通り理央に寄りかかってコントローラーの操作の仕方を教えて貰っていた。



「結局、勝てないし。」



 瑞希は俺にだけ聞こえる声で呟いてから、俺の腕を掴んで、友乃の隣に座る。


 引っ張られた俺も、必然的に瑞希の隣に腰を下ろすことになった。



 その後は4人で元通り。


 ゲームをしながら、いつの間にか全員寝落ちしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る