第5章 1話 松谷友乃のバレンタイン。
目が覚めた時、理央に抱きしめられていた。
苦しくて起きたみたい。
なのに、目覚めは悪くなかった。
久し振りに心底嫌な思いをして、こんなにみんなの前では感情を漏らしてしまったのは、失態だったな、とも思っている。
だけど多分、みんながいなかったら私は何も出来ずに終わっていたと思うし、これから何年もこの不幸に耐えないといけないのかもしれないと考えたら、言ってよかったのかもしれない、とも思う。
出勤すると、同期から、上司、後輩まで、多くの女性社員が私のことを心配してくれて、味方についてくれているみたいだった。
私は瑞希に言われた通りにスマホを操作して、メッセージを送っただけ。
噂っていうのは、早いものだな。
昨日、おじさんと給湯室から出てきた時、ラッピングされた袋を持っていたことはみんな知っていたらしい。
更に言うと普段から私がセクハラのようなことを受けていたことに関して、女性社員はほとんどが気が付いていたらしい。
ただ、私が内気過ぎて何も言い出せなかったから、どう助けたらいいか分からなかった、と逆に謝られてしまった。
そして、おじさんはどうなったかというと、来月から子会社の方に転勤するらしい。
あと半月あるけど、味方も増えたみたいだし、なんとか耐え抜くことが出来そう。
今年はそんなことがあったから、バレンタインなんて何も用意してなくて、まずいな、と思っていたら、今年は女性社員全員から、という名目で男性社員に渡すことになったらしく、同期にお金だけで大丈夫と言われた。
だけど、私のことを気にかけてくれて、おじさんを転勤までさせてくれた上司と同期にはお礼をしないといけない、と思ってランチに誘って私に奢らせてもらった。
それくらいはお礼しないといけない。
友チョコみたいな名目で女性社員から貰ったチョコレートのお礼は、週明けにすることにした。
用意していない、と謝ると、全然大丈夫です、と言われてしまい、また気を使わせてしまっているようで申し訳なくなった。
そういえば、瑞希は朝早く起きて作って、仕事に行っていたな。
瑞希は女子力を怠らないから偉いと思う。
私は料理が嫌いだから、作るなんてことは絶対にしない。
明日にでも買いに行こうかな。
退勤してから、家に帰るまでの間、キラキラ光るショーウィンドウがピンクや赤色のリボンと、茶色の可愛らしいチョコレートで装飾されていて、こればかりはいつも、嫌いじゃないな、と思う。
そんなキラキラの街を歩いていると、後ろからドンッと誰かがぶつかった。
振り向くと、にっこり笑った親友がいた。
「瑞希。」
「友乃ー!!」
なぜかテンションが高いように見える瑞希は、勢いで私に抱きついてくる。
街中なのに、気にしないのね。
瑞希は私のことをぎゅうぎゅうに抱きしめて、離そうとしない。
多分、瑞希なりに心配してくれてるんだろうな、と思った。
私は瑞希の背中をポンッとしてから、大丈夫だよ、と言った。
「本当?結局どうなったの?」
周りに聞こえないように小さい声で言う瑞希。
「向こうが来月から子会社に転勤になった。」
「半月はまだ気抜けないね。」
「でも、味方が増えたよ。みんな、気付いてたみたいで。」
「それなら安心した。」
瑞希は私から離れて、隣に並んだ。
ふたりに家の方向に向かって歩き始める。
瑞希の持っている鞄はいつにも増してパンパンで、チョコレートを沢山貰ったんだろうな、と思った。
「今日はね、」
笑顔で話をしながら、私の腕に自分の腕を絡める瑞希。
私は瑞希の横顔を見ながら、笑顔で相槌を打っていた。
その時、後ろから男の人たちに声を掛けられた。
「お姉さんたち、これから一緒に飲まない?」
一瞬嫌な顔をした私と瑞希だったけど、聞き覚えのある声な気がして後ろを振り向いた。
すると、スーツ姿で大きな袋をふたつも持っている男と、カメラを片手に可愛い笑顔を浮かべる男の姿があった。
私と瑞希はすぐに笑顔になる。
「ふたりの後ろ姿、可愛くて何枚も撮っちゃった。」
そう言って、カメラを片手に嬉しそうな笑顔を浮かべる理央。
「うーわ。盗撮じゃん。」
「いいじゃん、別に。それに今、許可とった。」
「私たちいいなんて言ってないけど?」
瑞希と理央がワーワー揉めてる中、私は大荷物の凌の隣に行って、荷物をひとつ、持ってあげた。
「今年もモテたね。」
「いや、やばいよ。社員さん全員から、って全体で貰ったやつとプラスして、個人でも渡してくるから、実質2倍みたいなもんだよ。今年も消費が大変だよ。」
「きっと理央がいっぱい食べるよ。」
「さっき、この袋見ただけで喜んでたよ。」
私は袋の中を覗いた。
色とりどりのラッピングで包まれたチョコレートたちが沢山入っている。
チョコレートだけでは無さそうだけど、やっぱりチョコレートが1番多いんだろうな。
私なんて、見るだけで目眩がしそう。
「もう、許してよ。可愛い写真なんだからいいじゃん。ねえ友乃、助けて。」
瑞希に散々言われて拗ねた理央が、私に助けを求めて後ろに隠れた。
私は目の前に立った瑞希に困った顔を向ける。
「後で写真見せてもらってから決めよう。」
「それもそうだね。」
私が瑞希に言うと、納得したように返事をしてくれた。
瑞希が理央に向かって、いーっ、と顔を顰めてから、私の腕にまた絡みついた。
「お兄さんたちかっこいいから、一緒に飲みに行ってもいいよ?」
私が理央と凌に向かって言うと、ふたりは顔を見合わせて笑っていた。
私と瑞希が振り返って前を向くと、後ろから理央と凌が私たちに抱きついてきて、そのまま、4人でいつもの居酒屋に向かった。
キラキラした街に、3人のキラキラの笑顔がとても似合っていて、それを見ているだけで凄く幸せな気分になった。
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