第4章 4話 小山理央の休日。

 瑞希が起こしに来てくれて、リビングに向かうと、お昼ご飯がテーブルに並んでいて、笑顔で瑞希の方を振り返った。



「私、天才でしょ?褒めて。」



 僕は瑞希の前に立って、頭を撫でた。



「ありがとう。」


「やだ、素直過ぎて怖い。」


「瑞希は全然素直じゃないのな。」



 瑞希と向かい合って座って、お昼ご飯を食べた。


 洗い物は僕がやってから、リビングに置いてあるゲーム機で久し振りに瑞希とふたりでゲームを立ち上げた。



 そこから、5、6時間。


 ノンストップでやっていたら、玄関の方で音がした。



「ただいま。え、珍しい。」



 凌が帰ってきてしまった。


 画面から目を離せない僕と瑞希は、画面を見たまま凌に、おかえり、と言った。



「先にお風呂いいよ。」


「え、ふたりとも入ってないの?」


「入ってないよ。久々に止まんなくて。あ、死にそう。」


「瑞希どこ。助けに行く。」



 僕らのゲームに夢中になっている様子を見た凌は、リビングを出て階段を上がって行った。


 一区切りついたところで、時計を見るともう6時になろうとしていた。



「瑞希、やばいよ。あと1時間くらいで友乃帰って来る。」


「え、やば。買物行ってないよ。」


「買い物、僕行ってくるからさ、凌と一緒に今あるものでなんか作っといて。」


「分かった。ありがとう。」



 瑞希はガチャガチャと音を立てながらゲームを片付けてくれて、僕は自分の部屋に買物の準備を取りに行った。



 久し振りに楽しみ過ぎてしまったな。


 瑞希も強くなったよな。


 凌と一緒によくやってるんだろうな。



 僕は友乃と一緒にいることが多いから、あまりゲームはやらないけど、昔はよくやっていたから、やっぱりやると楽しい。



 準備をしてリビングに声をかけてから玄関を出た。


 近くのスーパーで友乃の好きな食材をどんどん籠に入れていく。


 とりあえず、食材さえあればなんとかなるから。


 さらっと買物を済ませて、スーパーを出た。



 時間は、6時半。まだギリギリ間に合うかな。


 なんて思っていたが、コンビニの前を通った時、見覚えのある後ろ姿が見えた。



「理央。」



 やっぱり、友乃だ。



「早かったね。」


「うん、早く帰ってきたの。今、買物?」


「うん、ごめんね。すぐ作るから。」


「いいよ。ありがとう。」



 友乃は僕の隣に並んで、家まで歩いた。


 どことなくやっぱり元気がなくて、朝のことも思い出しながら、なんかあったんだろうな、と思っていた。


 家に着いて、玄関に入るなり、友乃は僕に抱きついてきた。



「どうしたの、友乃ちゃん。」



 優しく声をかけるけど、友乃は何も言わずに僕に抱きついているだけ。


 まあ、そういうこともたまにはあるか。


 俺が荷物を置こうとした時、リビングに繋がる扉が開いて、凌が出てきた。



「ふたりとも、おかえり。理央、荷物貰う。」


「ありがとう。」



 凌は友乃の頭を軽く撫でてから、またリビングに戻って行った。


 僕は空いた両手で友乃を包み込んで撫でた。



 友乃は優しいから。


 これは、僕たち3人の口癖みたいなもの。


 でも本当にその通りで、優しいからこそ、溜め込んでるものとか、押し潰してるものが沢山あるんだと思う。


 友乃が何も言わない限りは、何も分からないけど、言いたくないことは言わなくてもいいと思うし、無理に聞く必要も無いと思っている。


 だから僕は、友乃が何か言ってくれるまで待つだけなのだ。



「友乃、寒くない?」



 そう聞くと、友乃は首を横に少しだけ振った。


 あ、僕の服に友乃の化粧が付いたな。


 これはもうダメだ。ちゃんと洗わないと。



「会社辞めたい。」



 やっと口を開いた、一言目はこれだった。



 会社辞めたい、か。


 僕からすれば、やっとか、と思うところだけど。ずっとつまらないって繰り返すように言っていたし、時間の問題かな、と思っていたところもある。



「どうして?」


「上司が、嫌。」


「なんかされたの?」


「鞄。」


「鞄?」



 友乃の鞄を見ると、朝よりも荷物が多い気がした。



「開けるよ?」



 友乃が頷いたのを確認してから、僕は片手で友乃の鞄を開けた。


 中には、可愛いラッピング袋がぐしゃぐしゃに開けてあるもの。


 僕はそれを取り出して、中身を見た。



「なにこれ。」



 1着の服。しかも、露出の多いもの。


 友乃の方を見ると、変わらず僕の胸に顔を埋めていた。



「これ、どうしたの?」


「プレゼントだって。無理やり渡された。」


「誰? 男?」


「おじさん。部長なの。だから、断れなくて、」



 最後の方、友乃の声は震えていた。


 これは、好きなものをお腹いっぱい食べるとか、そんな甘いものでは解決しなさそうな問題だった。



 僕はぐしゃぐしゃになっている袋の中に服を戻して、友乃を抱きしめてから言った。



「ふたりに言わない方がいいなら、ここだけの話にする。」


「いや、いいの。バレても平気。いい加減、何とかしたいの。」



 もう涙も出ているし、声が震えていたけど、どこか友乃の強さを感じる返事だった。



「分かった。とりあえず、リビング行こう。」


「うん、」



 友乃が僕の胸から顔を離した。


 僕は、友乃の頬を拭って、涙を拭いてあげた。


 友乃の荷物を持って、家に上がる。


 そのまま一緒に手を洗いに行った。



 友乃はまだ泣き止みそうになくて、何度も涙を拭っては、鼻を啜っていた。


 僕は友乃の頭を撫でながら、一緒にリビングに向かった。


 恐らく、相当我慢してたんだと思う。



「友乃、大丈夫?」



 リビングに入ると、すぐに瑞希が駆け寄ってきて、友乃を抱きしめた。


 ご飯はまだ出来てないみたいだけど、凌も瑞希も一旦中断。



「ふたりとも、ちょっといい?」



 僕の声掛けで、4人でリビングに座った。


 凌も瑞希も、心配そうな顔をしていた。


 僕がラッピング袋から服を出して、ふたりに向かってさっき友乃から話してもらったことを、友乃の代わりに話した。



「それはセクハラ。信じられない。絶対許さない。」



 瑞希は友乃を抱きしめたまま、怒りの声を上げた。


 それもそうだよな。


 僕だって、相当腹が立ってる。



 でも、瑞希が前に言っていた、友乃はモテる、という話はやっぱり本当だったんだと思った。



 凌も声には出さないけど、真剣な表情をしていて、多分怒ってるだろうなと思った。



「仕事辞めた方がいいよ、絶対。てか、私たちに無断で友乃にプレゼントとか有り得ないんだけど。誰だよそいつ、絶対許さないからな。」


「まあまあ、落ち着けって。」


「落ち着いてられるか!!!」



 瑞希が大声でそんなことを言うから、凌が冷静に止めに入った。




 仕事はやめた方がいいと僕も思う。


 だけど、今の友乃の会社は名前が立ついい所でもあるから、辞めてしまうのは少し惜しい気もする。


 だとしたら、その上司をどうにかして辞めさせるか、異動させるか、そんな所だろう。



「どうしたい、友乃?」



 凌が落ち着いたトーンで友乃に声をかけた。


 友乃は少し落ち着いてきたようで、ゆっくり話し始めた。



「辞めるというよりは、辞めさせたい。」


「なるほどね。じゃあ、友乃。まずは周りから固めていこう。」



 そう言って、瑞希は友乃に色々と指示を出した。


 友乃は瑞希の指示に従って、スマホを操作していた。


 女が被害者になる話は女の方が強そうだもんな。


 僕は友乃の頭を撫でてから、凌を連れてキッチンの方に入った。



「俺らは飯を作ろう。瑞希強そうだし。」


「そうだね。」



 凌に今までの料理の流れを聞いて、続きから作り始めた。



 友乃と一番一緒にいたのは僕なはずなのに、友乃の変化に気付くことが出来なかったのは、正直凄く悔しい事だった。


 それだけは、凄く自己嫌悪した。



 友乃は優しいから、その優しさが報われるといいと思う。


 僕たちはみんな、友乃の味方だよ、って。あとでたくさん教えてあげようと思った。

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