第4章 3話 小山理央の休日。

 昨日の夜、部屋をノックする音で目が覚めて、返事をすると、入ってきたのは瑞希だった。


 恐らく、2時くらいだったと思う。


 友乃と凌はとっくに眠っている中、瑞希はわざわざ凌を退かして友乃の隣で横になるから、僕は少し呆れた顔をしてしまった。


 自分では呆れた顔のつもり。



 そして、もう一度目が覚めた時には、部屋には誰もいなくて、少し悲しくなった。



 体を起こして、友乃の部屋から出ると、リビングの方から声が聞こえた。



「ああ、行きたくない。」


「いつまでグダグダしてるのよ。」


「だって、行きたくないんだもの。今日、在宅にしようかな。」



 友乃と瑞希だ。


 友乃がこんなにグダってるのは珍しいな。



 僕がリビングに繋がる扉を開くと、ふたりの視線が僕に向いた。


 友乃は、僕のことを見た瞬間に、席から立って、僕の方に来た。


 何かと思えば、そのまま抱き着いて来るだけで、何も言わないのだ。



「もう、友乃。行かないとだよ、本当に。」



 瑞希が僕から友乃を引き剥がそうとするけど、友乃はなかなか離れない。


 そして、僕もそろそろ苦しい。



「友乃、なんで行きたくないの?」



 僕が友乃に聞くと、友乃は顔を上げて、僕のことを上目遣いで見た。


 僕はそんなに身長は高くない方だけど、友乃は平均より小さい方だと思うから、必然的に上目遣いになってしまうのだ。


 僕は寝起きそのままの顔だから、ブスだろうな。



「ふたりと一緒にいたい。」


「じゃあ、在宅にしたら?」


「理央、」



 あまりにも友乃が可愛すぎたから、即答で返事をしてしまったけど、瑞希に怒られた。



 それもそうか。


 本音は一緒にいたいし、せっかく僕も休みだから在宅でもいいと思ってるけど、仕事は仕事だからな。


 呆れた顔をした瑞希におどけた顔で笑いかけてから、友乃の方を見た。



「仕事行きな。今日は友乃の好きな物いっぱい作って待ってるから。」



 そう言って頭を撫でると、友乃はまた僕に胸に顔を埋めた。



「んふふ、」



 あ、喜んでる。


 何とか仕事、行ってくれそうかな。


 友乃の笑い声を聞いた瑞希が、友乃の荷物を持って来てくれた。


 友乃は僕から離れて鞄を受け取ってから、仕事に行った。


 僕と瑞希はそれを玄関で見送ってから、またリビングに戻った。



「友乃に甘すぎ。」



 キッチンで僕のためにスープを入れてくれている瑞希が言った。



「何言っても、どうせ休まないんだから。いいじゃん、別に。」



 そう言うと、瑞希は何も言わずに笑った。



 友乃は真面目だから。


 さっきみたいな事があっても、結局は仕事に行く。


 不安な時に安心感が欲しいだけ。


 それだけの話なんだと思う。



「昨日、友乃なんかあった?」



 スープが目の前に置かれて、瑞希が向かいの席に座った。


 僕はお礼を言ってから、一呼吸おいて考えたけど、多分あれのことだと思う。


 瑞希にその話をすると、なるほどね、なんて言って納得していた。



「さっきまでふたりで話してたでしょ?友乃、凌と顔合わせにくいみたいな感じだったからさ。」


「俺は毎日のように一緒に寝てるし、服着るのが嫌いなこととかよく知ってるから平気なんだけど、凌は驚いたみたいよ。可愛かったんだって。」


「うわ、何それ。友乃、元々可愛いし。今更なんだよ、あの野郎。」


「口悪い。」


「だって、そうじゃん。」



 瑞希は素直だ。口が悪いのもそのせいだと僕は思っている。


 瑞希の言ってることは間違っていないと思う。


 友乃は元々可愛い。



「友乃はきっと、異性として意識されてる感じが嫌だったんだろうね。私たちもいつまでもダラダラしてるわけにはいかないけど、ずっと今のまま、友達のまま、何も起こらず平和でありたいしな。仕方ない。」



 瑞希は僕から目線を外して言った。


 瑞希が眺めるスマホの画面には、僕ら4人の写真。仕方ない。


 それはみんな言うことだから、もう慣れたし、僕もそう思う。


 何も起こらず平和に、ね。



「瑞希、恋愛してる?」


「してる訳ないでしょ。私、男興味無いのよ。みんな友達みたいになっちゃう。」


「女の子が好きってこと?」


「分からない。けど、その可能性もあるかも。」


「なるほどね。」


「引かない?」



 瑞希がスマホの画面から顔を上げて、僕の方を見て言った。



「引かない。」



 何となく、そんな気がしていたから。


 最近、瑞希は凌よりも友乃のことが好きなんだろうな、と思うことが増えた。


 それに、友達が誰を好きになろうが、それが異性じゃないとしても、友達に変わりはない。


 僕にそれを否定する権利もないし、毛嫌いする理由も無い。


 でも、瑞希の恋愛はきっと難しいだろうから、もし瑞希に好きな人が出来たら応援したい、っていう風には思った。


 そんな理由がなくても、応援はすると思うけど。


 瑞希は、またスマホの画面に目を戻した。



「でもさ、」



 瑞希はスマホから目を離さずに言った。



「私が友乃のこと好きって言ったら、どうする?」


「え、」



 僕はスープを飲むのをやめて、瑞希のことを見た。



「応援してくれないでしょ?」



 瑞希の目線は変わらない。



 本気だったとして、だ。


 僕は友乃と恋愛関係になりたいとは思っていない。


 だけど、友乃を誰にも取られたくないという気持ちもある。


 正直、そんなことないこともないと思っていたが、本当に面と向かって言われてしまうと、流石に動揺するし、勝手に独占欲が異常に出てくる。



「友乃は、僕の。」


「知ってる。」



 そう言って少し笑った瑞希。



「分かってるよ。ふたりの間には入れない。けど、友乃が好きなのは本当なんだと思う。まだ、その好きがどの好きなのかは、はっきり分かってないんだけど。そういう意味の好きも少しはあるんだと思うんだ。」



 瑞希は僕の方を見て笑ってから、立ち上がってリビングを出て行った。


 残された僕は、スープを飲みながら頭の中に駆け巡る瑞希の言葉を繰り返していた。


 瑞希は、友乃が好き。


 もし、友乃がそれを聞いたらなんて答えるのだろうか。


 その時、僕のことが少しでも頭に浮かぶだろうか。



 朝からあまりいい気分ではないな。


 その手の話は4人とも苦手だから、普段あまりしない分、意外と重いものを抱え込んでいることが多いと思うからだ。


 案の定、瑞希もそうだった。


 僕には何もあげられないくらい、重くて苦しいもの。



「やっぱり、そのまま引き止めればよかった。」



 ひとりのリビングで呟いた言葉が、少し大きめに聞こえた。



 友乃を引き止めておけば、こんな話なんてしなくて済んだのかもしれない。


 なんて後悔しても仕方ないんだけど。



 スープを飲み終えてから、時計を見ると、時間はまだ10時半だった。


 飲み終わったマグカップを洗ってから、2階の瑞希の部屋をノックした。



「はい。」


「今日何する?」



 扉を開いて言うと、瑞希は振り返って、どうしようか、なんて言った。


 多分、勉強してたところなんだろうな。



「買い物は行かないとだよね。それから、」


「一緒に行かない方がいいから、買い物は僕が行くよ。」


「え、なんで?」


「僕だって、知ってるよ。」



 瑞希が凌と振りして出掛けてることは知ってる。


 お互いにメリットが多い理由でやってることも。


 凌から後ろめたさたっぷりの態度で、話を聞いた。


 僕は瑞希とふたりで休日を過ごすことがあまり無いから、瑞希からそういう話を聞くことは無い。


 だけど凌は、隠し事が苦手だから、僕には話すんだと思う。



 瑞希は少し俯いて、そっか、と言った。



「この間、友乃にもバレたんだ。あんまりいい事じゃないと思うの。だから、言わないようにしてたんだけどね。」


「ふたりの事情は分かってるから。友乃も怒ったりしなかったでしょ?」


「うん、友乃は優しいから。」



 友乃が頑なに瑞希に対して隠していた、僕とよく一緒に寝ている話も、多分この話と引き換えに友乃が瑞希に言ったことなんだろうな、と思った。


 この間リビングで、瑞希がその話をした時には驚いたけど、友乃は何も反応しなかったし、僕らに対して何も言わなかった。


 もう、色々と吹っ切れたんだろうな。



「じゃあ、瑞希が勉強終わったら、久し振りにゲームでもする?」


「うん、いいね。じゃあ、早めに終わらせる。」


「うん、頑張って。」



 瑞希が笑って頷いたのを見てから、僕は瑞希の部屋のドアを閉めた。


 瑞希の勉強が終わるまで、とは言っても、午前中はひとりになりそうだな。



 僕は自分の部屋に戻って、ベッドに横になった。


 やばい、寝れそう。


 目を閉じたら、直ぐに落ちてしまった。

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