第4章 1話 小山理央の休日。

 バレンタインが間近に迫っていた。



 このイベントには無縁の僕が、唯一巻き込まれて参加していたのは高校生の時。


 だけどそれは、仲が良かったモテ男が貰ってきたチョコレートを、僕の家で楽しく食べるイベントだった。


 甘いものは昔から好きだから食べるのは苦じゃなかったし、口が悪いけど優しい友達が焼いてくれたマフィンも、人見知りで可愛い友達が翌日に持って来るしょっぱい物も、とにかくお菓子がいっぱい食べれて楽しかった。



 僕自身、友達は少なかったけど、その数少ない友達のことが大好きだったから、友達以外とはほとんど絡みがなかった。部活の人たちくらい。



 モテ男、棚橋凌は僕の唯一の男友達。僕が勝手に懐いただけなんだけど、それを嫌な顔せずに受け入れてくれたから、本当に良い奴なんだと思う。社交的な凌のお陰で何となくクラスでも浮かずにいた。


 口が悪いけど優しい、鷲尾瑞希は女版棚橋凌でめちゃくちゃモテた。今でもモテることは変わってないと思う。本人には言ってないけど、口の悪さの波長は合うと思う。だから、一緒に居られてたんだと思うから。


 人見知りで可愛い、松谷友乃は僕にとっては天使。初めて話をした時から、僕が人見知りを発揮せずに普通に話が出来たのは今まで友乃だけ。だから、友乃は僕にとっては少し特別。


 僕は友乃が居なくなったら困るのだ。これは、ただ依存してるだけ。それは自分でも分かってるけど、やめられない。


 そんな俺たち4人は、入学したてのクラスで席が近くなって、何となく話をしたのがきっかけで、今でも腐れ縁のように一緒にいる。


 大学はみんなバラバラで、それでも休日には集まって遊んだり、話をしたり、ご飯を食べたり。時には放課後に集まったり、ご飯を食べたり、愚痴を言い合ったり。とにかく学校にいる時間以外は、一緒にいることが多かった。


 高校の時に出来た友達は一生物だ、なんてよく言うけど、本当にそうだな、と納得出来たのはここ最近になってからだ。



 この間友乃から貰ったバレンタインパッケージのコンビニのチョコレートは、あまりにも甘すぎて、友乃はひとりで食べ切れなかったから、僕も少し貰ったけど、あれは流石に甘すぎると思った。


 例えるなら、僕が友乃に与えてる愛くらい。


 これは臭い台詞過ぎるから、もう言わないでおこう。


 でも本当に、それくらい甘かった。



 バレンタインには、何度かチョコレートを渡されたことがあるけど、受け取らなかった記憶しかない。


 貰ったことは、無いと思う。


 それを言ったら、みんなに驚かれたけど、本当に好きな人からしか貰いたく無い。



 彼女がいたのは高校1年生の夏前までだし、それ以降は友乃が俺の中で1番だったからな。


 友乃は僕の中で、付き合うとかそういうのは無いけど、友乃を誰かに取られるのは嫌だから、僕が独占して守ってるだけ。


 愛が異常だよな。


 歪んでることなんて、誰かに言われなくても分かってることなのだ。



 少し大きめの一軒家に帰る。


 玄関に入ると、まだ誰も帰っていなくて冷たかった。


 玄関の電気をつけてから、自分の部屋に向かった。


 大概家に帰るのは僕が1番で、その次が凌、瑞希と続いて、最後が友乃だ。



 4人でのシェアハウスは思っていたよりも楽しくて、毎日上手くやれていると思う。



 僕は小さい病院で受付と事務仕事をしている。

 受付の仕事は、普通は女性がやるものなのだと思うけど、うちの職員は男性がほとんどだから、僕が抜擢された。理由は、顔が綺麗だから。まあ、友乃にもよく言われるし、顔だけはいいんだと思う。



 凌はデパートの少し偉い人。毎日スーツで偉い振りして仕事に行く。裏方の偉い人って辺りが少し鼻につくけど、確実に一段一段登って行った結果だから、本当に仕事が出来るんだろうな、と思う。



 瑞希は美容院で美容師。大学ではなくて専門学校を出てるから、他の人より2年早く社会人になっている。僕らは髪を切るのはいつも無料。瑞希が家で切ってくれるから。優しいね。



 そして友乃は、大手食品メーカーの事務。事務、と言っても僕みたいに会計仕事みたいなことではなくて、企画書の資料を作ったり、他会社との連絡を取り合ったりするような、しっかりした事務。出勤が少し遅いのは、働き方改革でデスクワークの人は割と自由が効くらしい。現場に行かないと気持ち的に仕事が出来ない、という理由で友乃は出勤しているが、特に何も無ければ在宅での仕事も可能らしい。


 毎日同じことの繰り返しで面白いことなんてない、って言ってるけど、なんだかんだ今の仕事を辞める気は無いらしい。



 自分の部屋に荷物を置いてお風呂に向かった。


 今日の夕飯はどうしようかな。


 明日は休みだし、今日早めに帰って来れてしまったから、もう少しゆっくりしてもいいもんな。


 みんなが帰って来るまではダラダラするか。


 いつも、料理をするのは大抵僕の役目だけど、たまにはやりたくない時もあるのだ。



 そんなことを思っていたら段々作る気が無くなってきて、湯船に浸かった時には、もう完全にやる気を失っていた。


 僕はみんなに連絡をした。ご飯は各自用意してください、と。


 そして、友乃にも個人的に連絡を入れる。僕の飯買ってきて、の一言。



 友乃にはいつも甘えすぎだな。


 それでも友乃は優しいから許してくれる。


 そんな所がお互いダメな所だな、といつも話している気がする。



 ゆっくり湯船に浸かりながら、音楽を聴いていると、脱衣所の方から音がした。



「理央、うるさい。」



 精一杯叫ぶような凌の声だ。


 僕は音楽を止めて、扉の向こうにいる凌に向かって謝った。



「ごめん。」


「今日、瑞希遅いって。見た?」


「見てない。僕が夕飯各自って言ったから?」


「いや、誘われたらしいよ。理央、飯買ってきたの?」


「友乃に頼んだ。」


「友乃まだかかるだろ。」


「いいの。僕、友乃と食べるから。」


「俺も混ぜろよ。」


「いいよ。今日は友乃の部屋で映画見ながら食べよう。」



 昨日、友乃が見たい映画があるから一緒に見よう、と言った。


 だから、今日はそれを一緒に見る日なのだ。


 恐らく、また洋画だと思う。



 凌が脱衣所から出てから、僕は頭と体を洗って、お風呂から出た。


 洗濯機に入っているのは、僕の洗濯物と、凌の洗濯物。


 僕が戻ったら、お風呂に入って回すのかな。


 また甘えちゃうかな。


 そうやっていつも人にやってもらう、これは癖。


 ご飯作ってるから、良くない?なんて思ってしまう僕は、やっぱりあまり良い奴じゃないよな。



「俺入っていい?」



 リビングに戻ると、凌がテレビを見ながらソファーでくつろいでいた。



 僕は、それに返事をして、1度自分の部屋に戻った。


 ベッドに座ってスマホを開くと友乃から、何食べたい?、と返事が来ていた。


 僕が、仕事終わった?、と返事をすると、すぐに既読が付いて、終わったよ、と返事が来た。


 画面の通話マークを押して、友乃に電話をかけた。



「友乃?」


「終わったよ。」


「ご飯、何がいいかな。友乃は何食べる?」


「私は、今日はパスタ。」


「いつもじゃん。僕もパスタ。」


「トマト?」


「うん。」


「分かった。凌は帰ってる?」


「帰ってるよ。3人で映画見ながら食べようよ。」


「分かった。いいよ。」



 友乃との電話を切って、ベッドにそのまま倒れる。



 ちょっとニヤけた。


 電話越しの友乃の声は、少し恥ずかしがっている感じが昔から可愛い。


 電話は苦手らしい。


 だからといって、メッセージが得意なわけでは無さそうだけど。



 ニヤけた顔のまま、鏡の前で化粧水を塗った。


 自分の顔を見て、更にニヤけてしまった。


 ニヤける、というか、呆れ笑いだな。


 なんて情けない顔なんだろうか。


 凌の前では普通でいないといけないな。



 化粧水を顔に馴染ませながら、表情をかき消す様に自分の顔を両手で潰した。



 あんまり感情を出さない、なんて友乃にはよく言われたけど、そんなことは無いと自分で思っている。


 だって、ほら。


 目の前の鏡には、まだ口元が緩んでいる自分の顔。


 ああ、もうダメだな。


 俺は両手で自分の両頬を叩いた。


 さて、リビングに降りるぞ。



 深呼吸をひとつして、落ち着かせてから自分の部屋を出た。

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