第3章 4話 鷲尾瑞希の休日。

 ぶっちゃけた話。


 友乃と理央が毎日のように夜一緒に寝ていることくらい、大した話じゃないと思っている。


 これだけ長いこと一緒にいれば、何かあってもおかしくないと思うし、友乃と理央くらいの関係性だったら、何も無い方が不思議なくらいだから。


 だから、友乃と理央のその関係を友乃が私に隠しているのは少し腑に落ちないところがあるけど、私が友乃の立場だったら同じことをするだろうな、とも思うから、私は何も言わないでいる。



 それに対して、私と凌の左の手の薬指のリングで繋がれている偽りのこの関係性は、多少の問題があると思う。


 ふたりにバレたら、そりゃあもう、恥ずかしいだろうし、情けないだろうし。とにかく隠したいことだった。


 特に友乃。いつかバレる日が来るんじゃないかと思ってビクビクしているのが本音。



 前に友乃に、毎日喧嘩してるふたりの休日が心配、なんて言われたけど、心配なんて無用でこんなことをしているなんて、口が裂けても言えない、と思っていた。



 帰りに夕飯の買い出しをしてから、家に帰ってきた。


 凌はお風呂に行っていて、私はキッチンでひとりで夕飯を作っていた。


 今日はミルフィーユ鍋。


 お菓子作りは嫌いじゃないけど、料理を作るのはあまり得意じゃない。


 手伝いくらいならいいけど、全部作るとなると、やっぱり面倒くさくて、どうしても楽な料理を選んでしまう。



 白菜と豚肉をぎゅうぎゅうに鍋に詰めていくだけ。


 単純作業だから楽な料理だけど、時間がかかる。


 凌が上がってきたら手伝ってもらおう。


 そう思いながら、白菜を切っていたら、玄関の方から音がした。


 理央かな。



「ただいま。」



 リビングに顔を覗かせたのは、思った通り理央だった。



「おかえり。」


「荷物置いてきたら、手伝うね。」


「ありがとう。」



 理央は料理が好きだと思うし、何よりもうちで1番上手な腕前だ。



 これで少しゆっくり作っても大丈夫そう。


 理央が居れば無敵だから。



 少ししてから、理央がキッチンに戻ってきてくれて、ふたりで鍋に白菜と豚肉を詰めていっていた。



「あ、理央。おかえり。」



 凌がお風呂から出てきて、理央に声をかけた。


 凌は1度自分の部屋に戻る、と言ってリビングを出て行った。



「理央、お風呂行ってきたら?」


「瑞希、先にいいよ。僕、あとでいいから。今日はミルフィーユ鍋だけでいいんだよね?」


「うん。そのつもり。じゃあ、お願いしてもいい?」


「いいよ。凌に手伝ってもらうから、ゆっくり入ってきて。」



 私は理央の言葉に甘えて、先にお風呂に入ることにした。


 私は湯船を張るように自動をつけてから、自分の部屋に1度戻って準備をしてからお風呂に入った。


 友乃は今日も遅いかな。


 洗濯機の中を見ると、凌の洗濯物が入っていて、私もその中に洗濯物を入れた。


 そろそろもう怒らないようにしないといけない。


 そのまま洗剤を入れて、洗濯機を回した。


 私からやれば凌は怒らないと思う。



 湯船が張り終わってから、お風呂に入った。



 凌はシャワー派だから、凌の後はいつも自分で湯船を張るのだ。


 湯船に浸かってゆっくりしていると、脱衣所の方で音がした。



「瑞希?私も入っていい?」



 友乃だ。今日は帰って来るの早かったんだな。



「いいよ。」



 友乃、入浴剤入れるかな。


 私は友乃が入って来るまでゆっくり湯船に浸かっていた。



「あ、入浴剤。入れていい?」



 入って来るなり、入浴剤を入れた友乃。今日は少し甘い香りがする。



「今日は早かったんだね。」


「うん、ちょっとね。今日は凌と何してたの?」



 心配されてるみたいだった。


 友乃は体をシャワーで流してから、湯船の中、私の隣に入ってきた。



「凌の職場に行ってきた。」


「いつもあそこよね。」


「うん、まあね。凌が行きたいって言うから。」


「そうなんだ。」



 メイクを落としても、友乃は友乃のままで、高校生の時からずっと思っていたけど、すっぴんの方が可愛い。


 無理に背伸びした濃いメイクなんてしなくても可愛いのが、私はずっと羨ましい。



「今日ね、職場に瑞希と凌のこと見たって人がいたの。」


「え、」


「手繋いで薬指に指輪してるって、本当?」



 友乃は怒るでもなく、笑うでもなく、悲しむでもない、何とも表現しにくい顔で私を見て微笑んでいた。


 私は思わず友乃から目線を逸らして、俯いてしまった。



 さっきまで、友乃には知られたくない、って思っていた矢先の言葉だ。


 隠していた罰が下ったのかとでも思った。


 何も言えないでいる私を見て、友乃は少し笑って宥めるように言った。



「私が怒ると思ったから言えなかったの?」


「そんなんじゃ、」


「そっか。ふたりがモテることは知ってるから。別にいいのよ。ふたりがふたりの休日に何をしたって構わないじゃない。」


「友乃、」


「でも、本当に結婚は、」


「してない!!!それは無いから。友乃、ごめん。」



 友乃は私を見て優しく笑った。


 友乃は可愛くて優しい。


 だから、みんな友乃のことが好きだ。


 それは私も同じで、友乃のことは誰にも渡したくないとも思っているほどだ。



「美男美女が指輪して手繋いで歩いてたら、流石にナンパもされないだろうし、凌狙いの女の子たちも心折れるよね。」


「友乃、」


「ん? 」


「本当に怒ってない?」


「なんで怒るの?」



 友乃はまた、私に向かって優しく笑った。



 そっか。怒ってないのか。


 私が思っていたよりも意外とあっさりしていた反応に、私は少し安心してしまった。



 でも、こうなったら、私も友乃に聞きたいことがある。



「じゃあ、私からもひとつ。」


「何?理央のこと?」


「何で?」


「理央と私が毎日のように一緒に寝てること、とか?」



 友乃は、少し困った顔で笑った。



 その通りなんだけど、友乃から言ってくるのは意外だった。


 私と凌のことと同じように、絶対隠したいことなんだと思ってたから。



「そのうちバレると思ってたし、もうバレてるのかも、とも思ってたから。」


「そうなんだ。」


「何も無いんだよ。本当に、何も無いの。ただ、一緒に寝てるだけ。」



 温度は上がっていくけど、気分は下がっていってる気がした。


 お互い、女同士だから色々遠慮してる部分がやっぱりあったんだな、って思った。



 多分これは高校生の時から同じで、友乃も男の子との絡みが少なかった分、理央との距離感に後ろめたさを感じていたりとか、逆に女の子との絡み方を知らない私は、バレンタインのことを誰にも言えなかったり、凌との距離感に悩んでいたり。


 仲がいいとはいえ、やっぱり所詮女同士だったんだな、って改めて感じさせられた。



「友乃は、理央とどうなりたいとかあるの?」


「そんなのないよ。今のまま、これ以上にはなりたくない。瑞希は?凌とどうなりたい?」


「どうもなりたくない。友達がいい。」


「一緒だね。みんな距離がおかしいんだね。」


「そうだね、」



 私は先に湯船から出て、頭を洗い始めた。


 今まで感じていた距離感がいいのか悪いのかなんて分からないけど、私も友乃も同じような気持ちになっていたことが共有出来たのは、良かったんだと思う。


 そして、お互いの隠し事はこれで終わりにしたい。



「ねえ、友乃。」


「何?」


「私もうひとつ隠してたことある。」


「隠したかったら、そのままでもいいんだよ。」



 友乃は可愛くて優しい。


 だけどいつまでもそれに甘えていてはダメなんだと思う。



「あのね、私、高校生の時からチョコレート、沢山貰ってたの。男の子に。それが今でも続いてて、恥ずかしくてみんなに言えなかったから、毎年ひとりでこっそり消費してた。」



 友乃は少し笑いながら、瑞希はモテるからなぁ、と言った。



「でも、消費するの大変なら手伝うよ。それに、理央と凌には言わないでおく。」


「うん、言わないで欲しい。」


「分かった。私たちだけの秘密ね。」



 今、友乃の笑った顔が今日で1番可愛かった。


 私も、何となく気持ちが軽くなった気がした。



 今まで吐き出せなかったことは、やっぱり自分の中で負担になってたんだな、っていうことが分かった。



「言いたくないことは言わなくてもいいって思ってたけど、やっぱり言えた方が気持ちが楽になるね。」



 友乃は大きく息を吸い込んで吐き出した。


 私も同じようにやってみた。


 うん、やっぱり気持ちが楽になったよ。



「ありがとう、友乃。」


「こちらこそ。瑞希、ありがとうね。」



 ふたりで笑いあってから、シャワーで流した。


 お互いの今までの嫌だった気持ち、全部一緒に流れてしまえばいいんだ。

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