第3章 3話 鷲尾瑞希の休日。

 理央も友乃も、バタバタしながら家を出て行った。


 昨日の夜、なんだかんだ遅かったからな。


 理央とか絶対お酒抜けてないよ。


 私はさっきまで慌ただしかったリビングにひとりで座って、いつも朝に飲んでいる豆乳を飲んでいた。



 今日は私と凌が休みの日。


 凌は、多分まだ寝てる。



 私以外はみんな早起きが苦手。


 だから、休日でもこんなに朝早く起きて、みんなの朝の準備を手伝っているのなんて私くらい。


 友乃の朝は、半分寝ぼけたまま、洗顔しに来るのが可愛い。ぽやぽや、って擬音が似合うくらいアニメみたいな寝起きの顔で、フラフラしながら、洗顔をするのだ。


 私はそれを見るのが好き。可愛くて仕方ないから。



 豆乳を飲み終わってから、自分の部屋に戻った。



 休日の朝は、誰も起きていないから勉強をしている。


 職業の都合上、ネイリストの資格も欲しいな、と思っていて、今はそれの勉強を少しずつしている。



 今のご時世、女だって独り立ち出来るくらい働けないといけないと思う。結婚しない人が増えてきてるし、結婚したとしても共働きが殆どで、共働きで無いと生活が回らない、という話も聞いたことがある。


 結局は、男も女も手に職を付けて、ひとりでも生きていけるくらい稼がないといけないってことだと思う。


 特に私たち4人はそう。


 いつまでも4人で暮らしてしていたいけど、そういう訳にはいかなさそうだし。



 勉強は嫌いじゃない。


 新しい知識を入れることは、悪くないことだし、自分の好きなものが自分の中に蓄えられていくのは、武器になると思っているから。



 学生時代に嫌いだったのは、学ぶことよりも人間関係だった。


 人と上手く関わるのは、私には無理だった。


 女といるなら、男と居た方が楽だったし、それで女からいじめられるくらいだったら、ひとりでいる方が圧倒的にマシだった。


 だからやっぱり、3人は特別なんだと思う。


 友乃は特にだ。


 私に女の子の友達が出来るなんて思ってもいなかったから。


 正直、凌と一緒にいるのが一番楽だったし、今でも楽。だけど、少し違う。友達として、の感情しか湧かない。


 理央とは、絶妙な関係。仲はいいけど、お互い何も言わずに友乃の取り合いをしてると思う。


 それくらい、友乃は大好きで大切な存在。


 凌と違って、この感情に恋って名前がついても、私はおかしいって言わないと思う。


 ひとりで集中して勉強していると、私の部屋をノックする音が聞こえた。


 凌、起きたかな。



「はーい。」



 ガチャっと言う音と共に入ってきたのは、寝癖で髪がボサボサの凌。


 顔もまだ半分くらい起きてない。


 私は開いていたノートと教材を閉じて、凌の方に向き直った。



「瑞希は毎日早いね。」


「まあね。今日はどうする?」


「行きたいところある。ついてきて。」



 私は凌に笑顔で返した。


 それを見た凌は、隣の自分の部屋に戻って行った。多分、準備をするんだと思う。


 私も立ち上がって、着替える準備をした。


 クローゼットから、先週買ったワンピースを取り出した。



 スカートはあまり好みではないけど、凌と並ぶ時は別。


 凌の隣にいて相応しい格好をしないといけないから。


 凌の格好はシンプルでスタイリッシュな感じが多いから、私もそんなイメージの服を着る。


 スカートであるのは、女性らしいというイメージを周りに与えるため。



 着替えてから、最後にリングを付けた。


 左手の薬指。



 準備を済ませて部屋を出ると、丁度凌も部屋から出て来たところだった。


 さっきの寝癖でボサボサの髪は綺麗に整っていて、いつもの凌だった。


 そして、左手の薬指には、私とお揃いのペアリング。



「行こうか。ご飯食べたい。」


「ランチだね。」


「美味しいところがいいよ。」



 ふたりで玄関を出て、凌が私に差し出した左手を握った。


 その理由は恐らく、後に分かるだろう。


 凌の歩く歩幅は私と同じくらいで、お互い無理せず並んで歩くことが出来ると思う。


 だから、私がふたりきりで一緒に外に出て並んで歩くのは凌しかいない。


 それだけが理由ではないけど。



 電車に乗りこんで、2つ先の駅で降りる。


 そこから歩いて数分で着くのが凌の職場のショッピングモールだ。



 凌はいつも、仕事中に見つけた行きたい場所に私を連れて行くのだ。



 ショッピングモールに入ると、いつものやつが始まる。



「あ、棚橋さん。今日はお休みですか?」



 可愛らしい女性。


 アパレルショップの店員さんかな?初めて見る顔だから、新人さんなのかな?


 凌は私の手を離さずに、その人と話をしていた。


 そして、暫くしてから私の方にその目が向かれる。



「彼女さんですか?」


「あ、いや。嫁です。」



 私は凌の隣で、その女性に挨拶をした。



「ご結婚されてたんですね。」



 そうなんです。この人、既婚者なんですよ。



「それでは。」



 一礼して、その場から離れた。



「新人さん?」


「そう。一つ目的達成。ありがとう。」


「そりゃ、よかった。」



 休日、凌が自分の職場にわざわざ私を連れて行くのは、これのため。


 そう、この男は嘘を吐いている。


 私は嫁なんかじゃない。凌も結婚なんてしていない。左手の薬指にある指輪はダミーで、お互いの虫避けなのだ。


 私がナンパされないため。そして、凌が職場で言い寄られないため。



 思えば、高校生の時から、そんな理由で一緒にいたのかもしれない。


 最初は本当に仲良くなっただけだったけど、お互いモテるという話から、だったらずっと一緒にいれば言い寄られることも少なくなるんじゃないか、なんてそんな安易な考え方で一緒にいることが多かったのかもしれない。


 そして、それが今でも続いている感じ。


 だけど、凌の職場では、結婚してることになってるから、お互い他の人とは一緒に外に出られないのがネックなところ。


 まあ、私も凌も、他の人と言っても理央と友乃しかいないんだけど。



「ターゲット、発見。もう一件よろしく。」



 さっきと似たようなアパレルショップの前を通ると、ターゲットと呼ばれていたであろう女性が、凌に声をかけた。


 本当にこの男はモテるな。



 私はさっきと同じように凌の隣で偽りの挨拶をして、今回もなんとか切り抜けた。



「もう今日はこれで終わり。もう少し先に見たい店があるから。」



 凌は私の手を繋いだまま、自分の行きたい店に向かった。多分、食べ物系の店だと思う。この間、新しく出来たとか聞いたから。



 少し歩いて、着いた店は、レモネードのお店。


 最近よくこの店見るな。


 少し前までは日本に数えるくらいの店舗しか無かったみたいだけど、最近増えてきたみたい。


 なんだかんだ、私も飲んだこと無かったし、楽しみだ。



「昨日さ、理央が恋人の話し始めた時、焦ったよね。」



 注文をしてから待っている時に、凌が私に向かって思い出したようにそんなことを言った。



「それね。」


「彼女の振り、してもらえば?ってさ。俺らとっくに、夫婦の振りしてるよ。」


「だから、すぐに話し逸らしたもの。」


「あれ以上掘り下げられたら、困るよな。」



 やっぱり、凌も同じこと思ってたのか。



 昨日みたいな話は、4人ですることはあまり無い。昨日も話したけど、みんなその手の話を嫌うから。


 友乃もあからさまに嫌な顔をしていたし、私も凌も、恐らく理央も、恋愛関係の話は得意じゃない。



 これは、出会った時から同じだった。


 男の子との絡みが得意では無い友乃、基本は女の子に興味が無い理央、モテ過ぎて困る凌、男のせいで女友達が出来ない私。


 異性に対してあまり良い印象の無い4人の男女が何故か仲良くなったのは、今でもやっぱり不思議な話だと思う。


 でも、それだから気の合う関係になれたのかもしれないし、それは分からないけど、どっちにしろ良かったのだと思う。


 全員、異性に対してコンプレックスを抱えている分、お互い良いように使われたり、使わせてもらったりしている気がするから。



 ふたりでレモネードを受け取って、飲みながらショッピングモールを出た。


 初めて飲んだけど、美味しいな。


 今度友乃にも教えてあげよう。



 お昼ご飯はショッピングモールから少し離れたところにある、イタリアン料理の店に入った。



 凌が選ぶ店はほとんど外れがないから、全部任せても安心出来る。



 そして、お金は家に帰ってから割り勘。


 この場では全部凌が出してくれる。


 一応、夫婦という設定だからね。



「めっちゃ美味しい。」


「それはよかった。」



 凌は笑顔で私に答えた。


 今日も美味しいご飯を食べられて満足した私だった。

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