第3章 2話 鷲尾瑞希の休日。

 私はみんなのことが大好きなんだと思う。


 だから、みんなが笑顔だったら、なんだっていいやって思う。


 こんな感情になるのは、多分ここにいる3人だけ。



 職場ではただの気の強い女になっている。


 それを崩すと、色々とボロが出てしまって仕事にならなそうだから、飾りを沢山付けて、壁を沢山作って何とか保っているのだ。



 久し振りの4人での外食は、凄く楽しい。


 みんなの笑顔が溢れる、この場所はいつもお気に入りだ。



「なんかあった?」


「何が?」



 友乃が凌に向かって聞いた。


 今日は凌が言い出した外食だったな。



 場所はいつもの居酒屋。個室に案内されて、座敷の席に4人で足を崩して座っている。


 理央はいつも通りお酒の進みが速い。



 4人とも家ではお酒をあまり飲まない。理央は本当はお酒好きなんだろうけど、いつもは我慢してるんだろうな、って思う。



「なんかあったから、飲んでるんでしょ?」


「ああ、うん。そうだな。」



 凌は余程のことがない限り、お酒は飲まない。


 今日はビールのジョッキを握りしめて離さないから、なんかあったんだろうな。



「バレンタインが憂鬱。」



 凌が言った言葉に対して、理央が吹き出して笑った。確かに、笑える。


 なぜなら、今に始まったことじゃないからだ。



 凌が貰ってくるチョコレートの量も、学生の時と変わらない。


 言いたいことは分かるし、痛いほど気持ちも分かるけどさ。



「何、急に?」


「いや、いつもそうなんだけどさ。今年は尚更憂鬱な気がして。」


「いい加減、彼女でも作ったら。」



 友乃、それは地雷だよ。


 そう思った瞬間、やっぱり凌が溜息を吐いて、悲しい顔をした。


 そして、友乃も溜息を吐く。多分、凌と同じ意味だと思う。



 恋人うんぬんの話は、みんなにとって地雷だ。


 居なくてもいいと思ってる反面、居ないなんて、って自己嫌悪になってる部分が4人ともあるから。



「それは無理にする必要ないじゃん。瑞希に彼女の振りでもして貰ったら?」



 理央が私に向かって笑いかけた。


 私はそれに苦笑いで返す。


 友乃に、って言わなかったところに、理央の友乃に対しての独占欲を感じた。


 これは、お酒を飲んでないとやってられないかも。


 私は目の前にあったグラスを飲み干して、おかわりをした。


 この辺で話題を変えないとダメだ。これ以上掘り下げられるのは、普通に困る。



「理央は?チョコレート貰わないの?」



 私が理央に聞くと、理央は少し考えてから、友乃に向かって言った。



「友乃から貰う。」


「なんだそれ。」


「あと、瑞希からも貰う。それ以外はいらない。」



 理央は笑顔で言った。悪魔だな、これは。



「いらないって、断ってるってこと?」


「うん。だって、いらないもん。好きでも無い人から貰っても困る。」



 凌が尊敬した顔を向けていたのを私は見逃さなかった。


 でも、これは尊敬出来るようなことじゃないのを私は知っている。



 本当に小山理央は昔から悪魔。


 高校生の時、一度だけ理央がチョコレートを渡されているのを見たことがある。


 衝撃だったから、忘れられない。


 だって、本当に貰わなかったんだから。


 さすがにあの時は、女の子に同情した。


 小悪魔、なら可愛いもんだけど、理央は本当に悪いやつだから、悪魔って言いたい。



「今までもずっと?」


「うん、そう。でも、僕そんなに渡されたことない。」


「理央がモテない理由はそれか。じゃあ、友乃がモテない理由は何?」



 これには私が直ぐに答えた。



「人見知り。鉄壁。そして、私たちのせい。」


「僕たち?」


「そう。高校生の時は、友乃狙いの男子は多かったです。」


「嘘だ。」



 理央が驚いた声で言った。


 私は友乃をちらっと見た。友乃は嫌そうな顔をして、そっぽを向いていた。



「私たち3人がいたせいで、友乃に話しかけられない男子が続出してた。そうやって、私は仲のいい男子から聞いた。」



 男子とは割と仲が良かったから。


 女子は友乃以外は本当に数人だけだったけど。



 みんな、理央のことが怖かったらしい。


 確かに、怖いほど友乃にベッタリだったからな。


 理央がモテなかったのは、それもひとつの原因だと思う。



「あー、確かに。理央は怖かったもんな。友乃、可愛いのにモテないわけない。」



 凌がそう言って理央の方を見た。


 理央は、友乃を抱き寄せて、満足そうに笑った。


 僕の、ってその顔。私たちに向けても意味無いのに。


 友乃は相変わらず表情なんて無くて、嫌そうに私たちの話を聞いているだけだった。



「瑞希はまだ記録更新中?」



 凌が私に聞く。


 すると、友乃の表情が元に戻ったのが分かった。


 さっきの話、そんなに嫌だったのね。


 理央も、友乃から離れて、私に目を向けた。



「更新中。今日で20日目。」


「凄いねぇ。どうしてそんなに声掛けられるんだろうね。」


「私が聞きたいよ。いい加減辞めて欲しい。」



 私は溜息を吐いた。



 本当に、どうしたら無くなるんだか教えて欲しい。やっぱり、見た目なのかな。


 そんなに派手な格好をしてる訳では無い。


 メイクも同じだ。元々の顔が老けてるから、大人っぽいメイクをすると、尚更ババアに見えるくらい。だから、メイクは薄めにしているのだ。


 服装だって同じ。あまり背伸びをすると、それこそお水のお姉ちゃんみたいになってしまうから、ある程度落ち着いた服を着ていると思っている。



「友乃、アドバイスでもしてあげたら?」



 理央の言葉で、友乃が私のことを見る。


 そうねぇ、と少し考えてから、言った言葉がこれ。



「無理だと思う。」


「そんな、決めつけないでよ。」


「だって、瑞希可愛いから。私がイケイケの男だったら、ナンパする。」


「イケイケの男、ってなんだよ。」



 凌が呆れた顔で笑った。


 私は友乃に向かって、大好き、と笑った。


 今の答えは100点満点だった。


 友乃はやっぱり可愛いし、天才だし、大好き。自慢の親友だ。



「でも、本当に。いい加減にしてって感じだよな。」


「毎日違う人なんでしょ?」


「そう。場所もバラバラだし。」


「やっぱり、うちの家の周りが治安悪いんだよ。」


「友乃はナンパされたことないの?」


「ないよ。あったとしても、多分、気付いてない。私、興味のあるもの以外は見えてないから。」


「それもどうかと思うけど。」



 理央が笑うと、友乃は理央に向かって少し強めに言葉を投げた。



「ナンパされたって言ったら、真っ先に怒る癖に。」


「そりゃ、怒るに決まってるじゃん。でも、僕だけじゃないと思うよ、怒るのは。」



 理央は、ねー、と言いながら私の方を見た。



「そりゃ、ね。友乃が声掛けられるんだったら、私が身代わりする。気安く友乃に話し掛けんな、クソが。って言うね。」


「怖ーい。鉄壁ふたりがそんなんだから、友乃に彼氏が出来ないんだよ。」



 凌は私と理央に向かって言った。



「そんなこと言ってる凌も、友乃のこと過保護なくせに。」


「俺はみんな大事なの。3人は他の人に比べたらみんな特別。だから、3人の中で誰が一番、とかは無いよ。」


「いいこと言ってる風。」


「かっこつけてるわ。」


「うるさいな、本当のこと言っただけだよ。」



 凌はグビっとビールを飲んでから、少し照れたような顔をしていた。


 そして、友乃はさっき戻ったかと思ったけど、また嫌そうな顔をしていた。


 隣の理央がそれに気付いて、自分の方に引き寄せていたけど、そんなんで機嫌が治るなら易い女だと思う。



 友乃はそんなんじゃない。もっとこう、そうだよ。お嬢様にしてあげないと。


 私は、話が途切れたところで店員さんを呼んで、友乃の好きなものを沢山頼んだ。



「瑞希、そんなに頼んで食べれるの?」



 凌は私に向かってそんなことを言ったけど、その向かい側にいる友乃は、少し嬉しそうな顔をしている。


 それに気付けよ、凌くん。



「食べるんだよ。私たちが悪いから。」


「え、何が?」



 これには理央も、訳が分からない、というような顔をしていたけど。



「瑞希、大好き。」



 友乃が嬉しそうにそうやって言ってくれたから、それでいいのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る