第2章 4話 棚橋凌の休日。

 誰かに体を揺さぶられて、目を覚ました。


 部屋は真っ暗だけど、扉の向こうの廊下の明かりが入ってきていて、そこだけ明るかった。



「凌、起きて。」



 声の主は、理央だと思う。


 右腕には友乃が俺の腕枕で眠っていた。


 声のする方を向くと、理央が立っていた。



「凌も友乃の部屋、来るんだね。」



 理央は少し強気で俺に言った。


 嫉妬か?


 やっぱりこのふたりの関係性は難しい。



「しかも、友乃可愛い服着てる。あの写真のふたりも、凄い楽しそうだった。」


「理央、どうした?」



 理央は少し黙ってから、なんでもない、と小さい声で言った。


 それから、俺らを置いて友乃の部屋を出た。


 扉が閉まって、また暗くなる。


 俺はため息を吐いた。


 今の数秒ですっかり目が覚めてしまった。



 俺の右腕を枕にしている友乃は、まだ起きていないと思う。


 だから今の会話は聞こえていないはず。


 俺は、友乃の方を向いて、軽く抱き寄せてから、抱きしめた。



 俺としては、俺以外の3人の中で誰が一番好きとか、そういうのは無い。全員大好きだ。


 だから、理央にあからさまに嫉妬されるのは、少し気に入らなかった。


 俺だって、友乃のこと好きだし。



「んー、」



 腕の中でもぞもぞと動き始めた友乃。


 俺は、頭を撫でるだけで、何も言わずにいた。



「理央?、じゃない。凌、」



 友乃は俺の胸に顔を埋めて、小さな声を吐いた。


 理央の名前が真っ先に出てきた。


 理央には普段からこんな風に抱き寄せられているんだろうな、と察してしまった。


 またひとつ、知らなくてもいいことを知ってしまった気がした。



「凌の匂い。」


「友乃。」


「ん?」


「さっき、理央が俺らのこと見て、機嫌悪い顔して出て行った。」


「理央? 帰ってきたのね。」



 友乃は、うーん、と言いながら伸びをしてから、俺をぎゅっと抱きしめた。



「機嫌取りに行かないとだね。」



 そう言って、俺の腕の中から出て、部屋からも出て行った友乃。


 扉が開いて一瞬明るくなるけど、扉が閉まるとまた部屋が真っ暗になる。


 静かになった部屋に、キッチンに向かう友乃の足音だけが聞こえてきた。



 俺はまた溜息を吐いた。


 寝転がったまま、寝返りを打ってさっきまで友乃が眠っていた方を向く。


 友乃の匂いだ。



 昔はもっと、楽な関係だった気がする。


 一緒にいる時間が増えた分、要らない欲がみんなそれぞれ溢れてきてしまっているのかもしれない。



 勿論、それは俺も恐らく同じ。


 前までだったら、あんな理央の姿を見ても、はいはい、って言って快く友乃を理央に受け渡していたと思う。



 俺はさっきの態度を少し反省した。


 やっぱり、少し強気に出たのは悪かったと思う。


 でもなんとなく、この友乃とのふたりの時間を邪魔されたのが嫌で、理央が帰ってきたら友乃は理央のところに行くことなんて分かっていたから、もう少し一緒にいたいって気持ちがあったのだと思う。



 友乃が言ってた、みんな面倒臭いところが似てる、っていうことは当たってると思う。


 だけど、昨日瑞希が言ってた、理央と友乃は変わらないけど、俺と瑞希は変わった、って言うのは、間違ってると思った。


 みんな変わったよ。


 理央なんて特に。



 でも、そうやって感じるのが俺だけだとしたら、俺が変わったのかもしれない。



「やっぱり瑞希は合ってるかも。」



 そんなことを呟いて、体を起こした。


 伸びをしてから、そろそろリビングに降りよう、と思った。


 ボサボサになっていた髪を手櫛で治しながら、友乃の部屋を出ると、丁度誰かが階段を上がってくる音がした。



「凌?」



 瑞希だ。


 俺は自分の部屋の前に向かう振りをして、上がってきた瑞希に抱きついた。



「何、急に。てか、友乃の匂いする。」



 まだ外は寒い。


 瑞希の来ているジャンパーは冷たくて、それよりも顔の方が冷たくて。さっきまで眠っていたせいで体温が高かった俺には、その冷たさが気持ちいいくらいだった。



「どうしたの?」


「理央と友乃、いた?」


「いや? いなかったけど。」


「そっか。」



 瑞希は、何かを察したかのように俺の頭を撫でた。


 やっぱり、変わったのは俺の方だった。



「友乃と理央は仲良しだからね。」



 昨日も聞いた言葉だ。


 ふたりが仲のいいことなんて、ずっと前から知っていたはずなのに、今更こんなに悩むとか情けないな、と自己嫌悪になっていた。


 俺はただ、昔みたいに4人で居たいだけだ。



「今日、洗濯物一緒に回していい?」


「え、?」



 瑞希のことをぎゅっと抱きしめてから言った。


 今日は少し素直になってみようと思ったから。



「いいよ。」



 瑞希の返事を聞いて、抱きしめる力を少し強めた。それを感じた瑞希も、俺の事を抱きしめる。



 瑞希の方が、とか、友乃の方が、って比べるのは好きじゃないけど、今は瑞希の存在に安心している。


 だから、断られなくてよかった、って心から思った。



「俺がやった方が、瑞希が楽になるもんね。」


「まあ、それは認める。」


「いつも素直じゃない。」


「それは、凌も同じでしょ。」


「そうだね。」


「今日はやけに素直だね。」


「そういう日も、いいじゃん。」


「うん。」



 俺は瑞希の頭を撫でてから離れた。


 瑞希は鼻の頭がまだ赤くて、外は相当寒かったんだろうな、と感じさせられた。



 リビングの方から扉の閉まる音がして、瑞希は自分の部屋に入って行った。


 そのまま、階段を登ってくる音。多分、友乃だ。



「凌?どうしたの?」


「いや、なんでもないよ。理央は?」


「今、お風呂上がった。機嫌直すの、大変だったんだよ。」



 そう言いながら、嬉しそうに笑っていた友乃。


 やっぱり、理央には甘すぎる友乃。



 お風呂先に入るね、と言って自分の部屋に入って行った。



 俺は友乃を見送ってから、リビングに向かった。


 キッチンには理央が立っていて、冷蔵庫を覗きながら首を傾げていた。



「理央。」


「あ、凌。これ、昼のやつでしょ? 夕飯どうする?」



 もう機嫌はすっかり直っていた。


 友乃が凄いのか、理央が単純なのか。


 でも、これも昔から変わらないことか。



 俺はキッチンにいる理央と並んで、今日の夕飯の話をした。


 メイン料理だけ4人分作ることになって、俺は理央の手伝いをする。



「これって、ふたりで作ったの?」


「いや。俺がひとりで作った。」


「まじで? 凌、天才だね。そりゃ、友乃喜ぶよな。」



 話をしながらも、テキパキと進んでいく。


 俺は理央から言われたことをやるだけ。



 理央は手際が本当に良くて、仕事もかなりできるタイプなんだろうな、っていつも思う。





「はい、出来た。」



 リビングにはお風呂から上がってきた女子ふたりが、ソファーでテレビを見ながらくつろいでいた。


 今日は、ふたりでお風呂に入ったらしい。


 たまにそういうことがあって、女子だけで話すことがあるんだよ、と瑞希が前に言っていた。



 友乃と瑞希が、出来上がった料理をリビングのテーブルに運んで、今日は久し振りに4人での夕食になった。



「いただきます。」



 4人で声を揃えて言ったのは久し振りだった。



「これはお昼の残り?」


「そう。凌が全部作ってくれたんだよ。」


「えー、凄すぎ。友乃、お嬢様だったね。」


「今日はお嬢様とその幼馴染って設定だったから。」


「幼馴染なんだ。お昼の写真のふたり、めちゃくちゃ可愛かったよ。」


「ありがとう。たまには、ああいうのいいよね。」


「私も今度やりたい。」


「今度は4人でやろう。理央がプロデュースしてくれたら、もっと可愛くなるよ。」



 友乃は向かいにいる理央に向かって笑いかけた。



「モデルがいいから、いくらでも可愛く出来るよ。今度4人でやろう。」



 次の4人揃っての休日は、いつになるか分からないけど、やることだけは決まったみたいだった。


 確かに楽しみではある。今日も楽しかったし。



「理央、洗濯物終わってるから後で取りに行こう。」


「うん、分かった。」



 友乃が理央に言うと、今度は瑞希が俺に言った。



「私の洗濯物、洗濯機に入ってるから。凌、よろしくね。」


「分かった。」



 俺らの会話を聞いて、驚いたような表情をしたふたりが、俺らのことを交互に見ていた。


 瑞希はそんなふたりを見て、笑っていた。



「それ、いいの?瑞希。」


「いいの。私もいちいち怒ってたの反省した。」


「そう。喧嘩しないでいてくれるなら、そんなに嬉しいことは無いけど。」



 友乃はほっとしたような顔をして、またご飯に目を戻した。


 そんなに俺ら心配されてたのか。


 確かに、ふたりには迷惑をかけていたけれど。



 ご飯を食べ終わってからは、俺はお風呂に入った。


 洗い物は瑞希と友乃でやってくれると言っていた。



 脱衣所にある洗濯機の中を覗くと、本当に瑞希の洗濯物が入っていた。


 俺は自分が着ていたものを脱いで、その中に入れる。



 今日は罪悪感なんて無くて、いつもと違うことが変に感じた。

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