第2章 2話 棚橋凌の休日。



「もういい加減にして。ほら、仲直り。」



 いつも、理央のこの一言で事が終わる。


 その後は冷静になって、お互い謝った。



 ふたりで脱衣所にある洗濯機の中の洗濯物を取りに行こうとすると、お風呂に向かっていた友乃と鉢合わせた。



「友乃、帰ってたんだね。」


「また喧嘩してたから、私の帰りに気付かなかったんでしょ。」


「うん、ごめん。おかえり。」



 3人で脱衣所に入って、瑞希と俺は自分の籠に洗濯機から自分のものを取り出して入れた。


 友乃は1番上の上着を脱いで、理央の洗濯物が入っている籠に投げ入れた。


 それを見た瑞希が、自分の洗濯物を籠に入れ終わってから、友乃に向かって不思議そうな声をかけた。



「それ、理央のだよ。」


「知ってるよ。」


「一緒に洗濯するの?」


「うん、そうだよ。」


「え、?」



 これには流石の俺も驚いてしまった。


 理央と友乃の関係性はある程度は知っているつもりでいたから、瑞希よりは詳しいと思っていたけど、一緒に洗濯をしているのは知らなかった。



「いつから?」


「覚えてないよ。自然とそうなっていった。1回で済むし、時短になるし。私も理央も気にしないから。」



 洗濯機の中が空になったのを確認した友乃は、理央の洗濯物が入った籠を、洗濯機の中にひっくり返して入れた。自分のものも一緒に。


 それから、お風呂入るから出て行って、と俺たちを脱衣所から追い出したのだった。



「知らなかった。」


「俺も、知らなかった。」


「凌が知らなかったなら、私は知ってるはずないよね。ふたりは仲良過ぎ。」


「うん、仲良過ぎ。」


「昨日も夜、一緒だったでしょ。」


「そうなの?」


「多分ね。毎日映画見てるよ、きっと。」



 ふたりで2階に上がって、それぞれの部屋に入った。



 理央と友乃が、友乃の部屋で映画を見ていることは知っているし、毎日のように一緒に寝ていることも、本人から聞いているから俺は知っている。


 瑞希は友乃が隠しているから知らないはず、だけど、本人から聞いていないだけで、瑞希だってふたりが毎日一緒にいることくらい気付いているのだ。


 瑞希はふたりのこの曖昧な関係に気付いているし、それに対して特に何も思っていないと思う。


 友乃の意地で瑞希には隠してるみたいだけど、そんな意地も意味が無いことを俺は知っている。


 理央と友乃は高校生の時、人見知りの理央が唯一初めから緊張せずに話すことが出来た友乃のことを、こんな人は初めてだから運命だ、なんて大袈裟なことを言って、絶対に離すことがなかった。その運命を今でもずっと理央は信じているから、今も友乃と一緒にいるんだと思う。


 運命の結末が何なのかは、まだ誰にも予測も想像も出来ないけど。



 洗濯物を干し終えてから、部屋を出て、リビングに向かった。


 さっきまでソファーでくつろいでいた理央は居なくて、美味しそうなオムライスがテーブルにふたつ並んでいるだけだった。


 ケチャップで、みずき、りょう、と書いてあって、可愛いことするな、と思っていた。理央がやったことだろうな。



「あれ、凌だけ?」



 瑞希もリビングに戻ってきて、ふたりでオムライスの前に座った。理央がさっき友乃と食べる、と言ってたから、先に食べようと思い、瑞希と声を合わせて、いただきます、と言ってオムライスに手をつけた。


 ふたりで他愛もない会話をしながら食べていると、暫くしてからお風呂の方でふたりの声が聞こえた。



「仲良いねぇ。」



 瑞希はそれを聞いて、さっきふたりに対して言っていた言葉と同じ言葉をまた言った。



「羨ましい?」


「羨ましいとかよりは、変わらないな、って思う。ふたりは全然変わらない。高校の時から、友乃が大好きな理央と、理央に甘い友乃。変わらないでしょ?」


「確かにね。」


「私たちは、変わっちゃったよね。」



 瑞希は少し悲しい顔をしたんだと思う。口には出さないだけで、十分ふたりに対しての羨ましさが感じられた。



「変わらないことがいいこと、って訳でもないと思うよ。」



 俺はスプーンを置いて、向かいでオムライスを食べている瑞希の頭を撫でた。



「何それ。かっこつけてるの?」


「瑞希って本当に可愛くない。」


「悪かったね。」


「そういう所、変わってないよ。」



 そういうと、瑞希は嬉しそうに少し笑ってから、またオムライスを食べ始めた。


 俺も、またスプーンを持って、オムライスに戻った。



 俺から言わせて貰えば、俺と瑞希が喧嘩してること以外は、4人とも何も変わっていないと思う。


 瑞希だって、強気なところとか、負けず嫌いなところとか、自分の持っていないものを持っている人を見るとなんでも羨ましく感じちゃうところとか。全部瑞希のいい所だと思うから、変わって欲しくない。俺はそう思っている。



 結局、食べ終わるまでふたりはリビングに降りてこなくて、俺が瑞希とふたり分の皿を洗うことになった。


 瑞希は俺が洗い物をしているの向かい側のカウンター席に座って、スマホを眺めていた。



「私も映画見ようかな。」


「珍しい。」


「たまにはいいかなって。明日レンタルしに行くかな。」


「友乃のところ行って見ればいいじゃん。」


「理央がいるでしょ。」


「じゃあ、4人で見ればいいんじゃない?」



 瑞希はスマホから目を離して、俺を見ながら笑うだけで、何も言わなかった。


 今のは多分、いい考えだね、ということだと思う。


 瑞希がまたスマホに目を戻した時、リビングの扉が開いて、ふたりが入ってきた。


 友乃は瑞希の隣に座って、理央は俺の隣でオムライスを温め直し始めた。



「友乃、今日みんなで映画見ようよ。」


「いいよ。」


「友乃の部屋ね。」


「え、」



 友乃の代わりに理央が小さい声で返事をしたのが俺には聞こえた。


 理央はなるべく表情を変えずに我慢しているのが分かった。



「4人で私の部屋?」


「そう。いいでしょ?」


「いいけど、そのまま寝ないでよ。」


「ちゃんと部屋戻って寝るよ。」



 俺が返事をすると、友乃は俺の隣の理央をチラッと見た。それから、ため息を吐いて、そうして、と言った。


 理央が俺の隣から、友乃にオムライスを出した。


 勿論、ケチャップで、ゆの、の2文字が描かれていた。


 それを見た友乃は少し笑ってから、理央からケチャップを奪って、隣に置かれた理央のオムライスに、りお、と描いた。友乃は満足そうな顔をしてから、理央にケチャップを返す。


 それを見ていた瑞希が、ふたつのオムライスを見ながら言った。



「私が1番ケチャップの量、多かったよね。」



 ゆの、りお、りょう、みずき。


 確かにそうだ。3文字だし、濁点付いてるし。


 でも、ケチャップが多いのは、特に感じることだと思ったけど、瑞希は何故か残念そうな顔をしていた。



「瑞希、ケチャップ好きじゃないの?」


「そういうわけじゃない。大好き。」


「じゃあ、いいじゃん。」


「でも、みんなと同じくらいがよかった。」


「じゃあ、今度からなんて描く?」



 友乃の隣には理央が座って、友乃と手を合わせてからふたりは食べ始めた。


 俺はカウンターに座っている3人の向かいで、バーテンダーにもなったような気分で、キッチンに立ったまま3人の話を聞いていた。



「間の、ず、が多いのが原因だと思うんだよね。だから、ず、を取って、みき。」


「違う人の名前になっちゃうよ。」


「じゃあ、ず、の濁点を取って、す、にして、みす。」


「何か間違えたみたい。」


「じゃあ、み、やめて、すき。」


「告白じゃん。」


「もう、どうしたらいいのよ。」


「素直にケチャップ多めに貰えばいいじゃない。」



 友乃は瑞希にツッコミを入れながらも、最後は優しく宥めていた。



 似てるんだけど、意外とバランスいいんだよな、このふたり。



 俺から見た女子って、結構くっついたり離れたり、みたいな友情を辿るんだと思ってたけど、友乃と瑞希は離れることが無かった気がする。


 それは、俺と理央がいたからなのかもしれないけど、多分、離れるほど嫌なことがお互いには無くて、シンプルに仲が良かったんだと思う。



「瑞希、何見るか決めてよ。」


「もう決めてるよ。」



 瑞希は友乃に向かって笑みを浮かべた。


 凄く楽しそうなその顔が、学生時代に戻ったみたいな、そんな錯覚をさせられるほどだった。

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