第1章 5話 松谷友乃の休日。

 凌が帰ってきたのは、日付が変わってからだった。



 私はリビングで白湯を飲みながら、スマホの画面を見ていた。



 今日は私が瑞希の洗濯物を回したから、言い合いは起こらずに済んだ。



 凌は今お風呂に行っていて、私はそれを待っているところ。



 瑞希はもう部屋に戻って寝たみたい。


 理央は先に私の部屋で待ってると言っていた。



 結局いつも、私がリビングで待つことになる。


 だって、一緒に住んでる人がいるのに、帰ってきて誰も起きていないなんて、寂しいじゃない。



「上がったよ。友乃、いつもごめんな。」


「いいよ。」



 タオルを首にかけて、まだ乾いていない髪をわしゃわしゃとしながら、ダルダルの部屋着でソファーに座った凌。


 お風呂上がりの凌は色気があって好きだ。


 かっこいい、と思ってしまう。



「なんか食べる?」


「いいや。結構食べてきた。」


「そう。」


「友乃、こっちおいでよ。」



 私は飲んでいた白湯を持って、言われた通りに、凌の隣りに座った。


 凌は私の頭を撫でてから、ありがとうな、と言った。



「酔ってる。」


「うん、酔ってるよ。」


「今日は瑞希と喧嘩しなくて済んだね。」


「でも、会えてないから寂しい。理央も。友乃は優しいね。」


「そんなことないよ。私が待ってたかったから、待ってただけ。」



 凌は、酔っているせいなのか、お風呂に入ったせいなのか、体温が高くて暖かかった。



 高校生の時から、凌と理央に甘々に扱われていた私と瑞希は、ふたりからの温もりは安心感があり過ぎて、甘えてしまう。


 だから今も、このまま凌の体温に寄り添っていたくなる。


 そんなことしたら、理央が怒りそうだけど。




「明日は俺が飯作る。」


「うん、ありがとう。」


「あ、次の休みどうする?ふたりでしょ。」


「凌の好きにしていいよ。」


「えー、困ったな。」



 凌は私の腰の辺りに腕を回して、自分の方に引き寄せた。


 凌の温もりがさっきより大きく感じる。


 距離が縮まると尚更感じた。



「酒臭い。」


「飲みすぎた。」



 凌は、上司に飲まされた話を始めた。


 これは本当に酔ってるな。


 よくお風呂から無事に上がってこれたな、と思うくらい。



「雨だから、一緒に寝る?」


「心配無用。」


「理央か。まだコソコソしてるの?」


「コソコソしてる訳じゃない。」


「瑞希に言ってないんだろ?」



 私と理央が一緒に居ることは、凌は知っている。理央が、隠す必要なんてない、と言って、凌に言ったのだ。


 凌は理央の部屋にいることが多いから、言わなくてもバレていたと思うけど。


 瑞希はひとりの時間を大切にする人だから、人の部屋に行くことが少ない。


 だから、バレることが無く、今まで過ごしているのだ。



「言っ、てない。」


「瑞希は、知ったところで、特に何も言わないと思うけど。」


「そうだけど、なんか言いずらい。」


「俺らが喧嘩した時、ふたりでよく出掛けてるじゃん。だから、それくらいの関係性はあるって感じてると思うけどな。」


「そうだろうけどさ。」


「バレたくない?」


「うー、ん。分からない。」


「知られたくない?」


「そういう訳じゃない。」


「なんだよそれ。」



 凌は私を見て笑った。



 自分でもよく分からないのだ。


 理央とのこの関係は友達以上の“何か”で、それ以上でもそれ以下でも無い。だから、この“何か”に名前があれば直ぐに説明出来るんだけど、名前が無い。誰か、私たちの関係に名前を付けて欲しい。



「やっぱり、瑞希と友乃は似てる。曖昧で、天邪鬼。」


「知ってる。だから仲良いの。」


「俺と理央は似てる?」


「似てない。でもね、4人とも似てるところがひとつある。」


「何?」


「面倒臭い所。」


「それ言ったらお終い。とっくにみんな分かってる。」



 凌はまた、私の頭を撫でた。



 凌が眠そうな目をし始めたから、部屋に戻ることにした。


 凌は真っ暗な自分の部屋に戻って行った。



 そして、私の部屋には、



「遅い。」



 ご立腹の理央くん。



「ごめんね。」


「凌とばっかり話してる。」


「みんなが凌のこと待っててあげないのが悪い。私、優しいの。」



 電気を点けると、理央が昨日と同じように私の布団に横になっている体制から、体を起こした。



「はい、」



 そう言って、両腕を広げて私に向ける。


 それを受け入れて、理央の腕の中にそのまますっぽり収まった私は、抱きしめられながら、頭を撫でられていた。



「凌の匂いする。」


「頭撫でられただけだよ。」


「嘘だ。」


「酔ってたから、距離は近かったかもね。」



 そう言うと、更にぎゅっと強く抱きしめられた。



「友乃。今日は僕と一緒にいる日だよ。」


「そんな日、無いよ。」


「あるの。僕が作った。だから、凌の匂いは僕が上書きします。」



 そう言って、ぎゅうぎゅう私のことを抱きしめる。


 私はそのままリモコンで電気を消した。


 理央の気が治まるのを待っていたら、キリがないからだ。



 昔から距離感はおかしいと思う。理央も凌も。


 だけど、これ以上の関係になったことは無い。そもそも、そんな風になってしまいたいなんてことは思ってもいない。後に色々と面倒臭そうだから。


 だから、私たちの関係は名前の無い“何か”なのだ。



「もう寝よ。明日仕事だよ。」


「うん。」


「はい。手、握って。これで平気でしょ?」



 理央は私のことを解放させて、隣に寝かせてから、私の右手を握った。


 私は小さい声で、うん、と言ってから目を閉じた。


 理央は優しい。性格も匂いも全部。


 私にとっては凄く優しい。


 そして、頼りになる。


 だから、甘えてしまうし、甘やかされてしまうし、それでもいいと思ってしまうんだ。



 すっかり理央の匂いに染められた私の布団の中で、ふたりで目を閉じた。



 雨の音は、理央の隣に居れば、聞こえてこなかった。





 これが私、松谷友乃のとある休日。

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