第1章 4話 松谷友乃の休日。

 散歩の時、理央はカメラを必ず持っていく。


 そして、私の写真を何枚も撮る。


 もっといいモデルがいるはずなのに、私がいいらしい。お陰で、撮られることにも慣れたし、自然とポージングまで出来てしまうようになった。



 理央は写真が好きで、アマチュアのコンクールで何度も入賞している、意外と凄い人。


 今日も2時間の散歩で50枚くらいは撮られたと思う。



 家に帰ってきてから、私のプロジェクターを使って、写真の選定をしている理央。



「今日は空と友乃の服の色が合ってたよ。」


「理央が決めたんでしょ、私の服。」


「まあね。僕って天才。」


「はいはい、そうね。」



 私は理央の横で、昨日の分の日記を書いていた。


 言うて、そんなに書くことも無い。


 バレンタインパッケージのチョコレートをコンビニで買って、それが美味しかったこと。


 だけど、甘すぎて一人で食べきれずに、結局理央に半分あげたこと。


 それから、瑞希と凌がまた喧嘩してたこと。

 理央とご飯に行ったこと。


 その後2本映画を見て、3本目の途中で寝てしまったこと。


 それくらいだ。



 会社では特に何も無い。


 つまらない仕事を毎日嫌々こなすだけだから。



「この写真、いいね。」



 理央が私に話しかける度に、プロジェクターから映し出された写真を見ては感想を言う。


 そんなことを繰り返していた。



 理央の撮る写真は、私も大好きだ。


 高校生の時から写真部にいたし、上手いことは知っていたけど、理央の撮る写真を初めて見たのは一緒に住み始めてからだから、想像以上に本格的で驚いたのを覚えている。



「次の休みはいつ?」


「木曜日かな。」


「また合わないや。」


「残念ね。来週の木曜日は凌と被るの。」


「えー、ずるい。僕も休もうかな。」


「ちゃんと仕事行って。」


「分かってるよ。」



 私も理央も日曜日以外は不定休だから、休みが合わないことが多い。



 凌とふたりの時はリビングでゲームをして過ごすことがほとんど。


 理央の方がアウトドアに外に出ることが多い。



 そう考えると、学生時代に凌と理央がずっと一緒に居たのは、意外な事だと思う。


 ふたりとも全然タイプが違うから。



 理央が写真の選定を終わらせて、私も日記を書き終えた。



「理央、今日は自分の部屋で寝てよ。」


「今日これから雨降るってよ。」



 そう言って首を傾げた理央。


 確かに天気予報では夕方から雨だと朝のニュースが言っていた。



 私は俯いてしまった。


 雨は苦手だ。理由は分からない。


 小さい頃から夜の雨は少し怖い。



「明日はちゃんと自分の部屋で寝るから。」



 理央は私の頭を撫でてから、私に笑いかけた。


 雨の夜はいつも理央が一緒にいてくれる。


 安心するし嬉しいけど、それにしても毎日ここに居すぎだと思う。



 理央は立ち上がって、カメラを持って自分の部屋に戻った。



 理央には、何でも見透かされてるような気がする。


 そこが少し気に食わないところ。


 それでも、私を大切にしてくれるし、過保護にしてくれるから、憎めない。



 私は日記を片付けてから、布団に横になった。


 仰向けで真っ直ぐに天井を眺める。久し振りに見たかも。



 部屋は綺麗にしてるつもりでいる。


 瑞希に監修してもらって、可愛くてお洒落な部屋にしたから、それを崩したくなくて、こまめに掃除をしてる。


 結構お気に入りの部屋だ。


 最初の時より増えたものは、理央用の座布団と、クッションと、ブランケット。


 すぐ隣の部屋なのに、私のところにほぼ住み着いてるみたいな状態。



 スマホで音楽を流してから、何となく目を閉じた時、私の部屋のドアが開く音がした。


 ノックは、無い。



「寝るの?」


「うーん、」


「昨日遅かったのに、朝早かったからだよ。」


「そんなに早くはないよ。」



 理央は私の寝ている枕元に腰を下ろして、スマホを弄り始めた。



「ここに居る。」


「ダメ、って言っても居るでしょ。」


「友乃はダメなんて言わないもん。」



 もん、じゃない。


 確かに言わないけど。


 こうやって甘やかしているから、我儘な子に育っちゃうんだな。


 私が理央の背中の服を引っ張ると、理央の左手が私の右手を握った。



「今日は甘えたさんだ。」


「そんなんじゃないけど。」


「大丈夫だよ、どこにも行かないから。」



 目を瞑った。


 少し安心したと思う。


 理央が居なくなった間に雨が降ってきたら怖いから。



 今日の夕飯のこととか、ふたりが帰ってきてから洗濯物をするとか、そんなことを考えながら、いつの間にか眠ってしまった。






 部屋をノックする音で起きた。


 目を開けると、窓の外はもう暗くなっていて、冷たい音を立てながら雨が降っていた。



 隣には寝転がっているもうひとつの体温。


 理央だ。


 ということは、瑞希か凌が帰ってきたのだろう。



 私は体を起こした。


 もう一度響くノック音に返事をした。


 開けるよ、という声と共に瑞希が顔を覗かせた。



「暗っ。寝てたの?」


「ああ、うん。ごめん。いつの間にか寝ちゃったみたい。」


「凌まだ帰ってきてないけど、ご飯どうする?」


「瑞希、お風呂先に入ったら?」


「じゃあ、そうする。理央は?」


「知らない。多分寝てる。」


「分かった。じゃあ、先入るね。」



 瑞希がドアを閉めて、部屋がまた暗くなった。


 私は伸びをしてから、隣で眠っている理央を揺すった。



「また隠した。」


「起きてたの。」


「起きてたよ。」



 そう言って、起き上がって私のことを抱きしめてくる。



 何となくだけど、理央が私の部屋に出入りしていることとか、よく一緒に寝ていることとかは、瑞希には話していない。


 そして、知られたくない。


 多分、瑞希にとってあまりいい印象を与えないと思っているから。



「一緒にご飯作る?」



 理央は私を抱きしめたまま。


 雨の音をかき消すように聞こえる理央の声は妙に安心した。



「うん。」


「じゃあ、下行かないとね。」



 私から理央の温もりが消えて、代わりに電気が点いた。


 理央は眠そうな顔をしていた。


 多分、私も同じだ。



 ふたりで部屋を出て、キッチンに向かった。



 私は料理が嫌い。


 理央の作ったご飯は美味しい。


 だから多分私は、瑞希がお風呂から上がってきたら、瑞希と代わってお風呂に入ると思う。


 洗濯物の方が得意な家事だからだ。


 それまでは、理央のお手伝い。


 本当にお手伝い程度だけど。



「凌は何時に帰ってくるかな。」


「今日遅いって言ってたよ。明日休みだから飲んでから帰って来るって。」


「そうなの。」


「今日は3人分だから。瑞希が戻って来る前に作っちゃおうね。」



 私は理央が笑ったのを見て、あからさまな嫌な顔をした。


 それを見た理央は、逃すまい、と私の腕を掴んで、キッチンの中に連れ込んだ。


 ああ、最悪。


 理央が手際よく料理を進めて行く横で、いつもより慌ただしく手伝っていた。





「あ、理央。ただいま。ってか、ご飯もう出来たの。友乃、手伝ったの?」



 瑞希がお風呂から戻ってきて、リビングに入ってくるなり驚いた声を上げた。


 それもそのはず。もう3品の夕飯が完成しているんだから。



「うん。瑞希、先食べる?」


「いいなら食べる。お腹空いた。」


「じゃあ、私お風呂入るから、理央と先に食べてて。」



 私はリビングを出て、自分の部屋にお風呂の準備を取りに行った。


 真っ暗な部屋に雨の音が響く。


 お昼まではあんなに晴れてたのに。



 クローゼットから部屋着を取り出してから、ベッドに1度横になった。



 やっぱり、少し怖い。


 まだ雨の日にひとりでいるのはまだ無理そう。



 目を閉じて、寝返りを打つと、ふわりと理央の匂いがした。


 あ、落ち着く。


 最近は隣にいるのが当たり前になりすぎていて気付かなかった。雨なんてことをかき消すように、優しい理央の香り。



 気持ちを落ち着かせてから、部屋を出て、お風呂に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る