第1章 3話 松谷友乃の休日。
昨日は、映画を2本見て、3本目の途中で寝てしまった。
だから、目が覚めた時に、隣で可愛い顔をして眠っている理央が居ても驚くことはなかった。
今日も布団を本来の使用方法で使わずに寝てしまった。向きも違うし、枕も抱いているし、掛け布団の上で寝ているし。
そして、シングルサイズなのにふたりで寝ている。
もっと言いたいのは、理央がここで寝るのは何日目なのだろうか。
ここ一週間は、自分の部屋で寝ていないと思う。何かしらの理由で私の部屋に来ては、そのままここで寝てしまうことがずっと続いている。
でもそれに関しては、許してしまっている私も多少の問題だと思う。
体を起こしてから、付けっぱなしだったプロジェクターの電源を切った。
お酒の缶も片付けてないし、食べたものもそのままだ。
散らかってるな。
時計を見ると、まだ7時だった。
片付けてからもう一回寝るか。
私は昨日貰ってきたコンビニの袋に、机の上のゴミを入れてから、ウェットティッシュで机を拭いた。
理央を起こさないように、ゴミを持って部屋を出た。
1階に降りていくと、凌がリビングで朝ご飯を食べていた。
「おはよう。」
「おはよう。起きてこないと思ってた。」
「また寝るよ。瑞希はもう行った?」
「行ったよ。友乃、」
凌は私に向かって、自分の食べていたスクランブルエッグをスプーンに乗せて、あーん、と言った。
私はそれを一口貰う。
「美味しい。」
「今日はね、上手く出来たの。」
いつも半熟にならなくて、ただの炒り卵になってるからな。確かに今日のは美味しい。
「それで。瑞希とは仲直りしたの?」
「いつも通りだよ。朝になったら忘れてる。」
「ああ、そうね。今日は瑞希の洗濯物は私がやるから。」
「分かった。はぁ、俺もいい加減大人にならないと。」
分かってるのに、なんで出来ないのか。ふたりとも私と理央の前では素直に言えるのに。
やっぱり、ただの意地っ張り。
私はキッチンのゴミ箱に持ってきたゴミを捨てて、水を1杯飲んだ。
何だかんだ目が覚めちゃったな。
白湯を飲もうと思い、凌の向かいに座って、お湯が湧くのを待った。
「ひとりで食べてるの。」
「誰もいないからね。」
「いつも?」
「うん。日曜日は誰もいないからね。」
「寂しいね。」
「そんな事ないよ。ひとりの時間も大切。」
「そう。じゃあ私戻ろう。」
「え、戻るの?」
私が席を立つと、凌が少し悲しそうな声を出した。
やっぱり、寂しいんじゃない。
私はキッチンでケトルからマグカップに白湯を入れて、また凌の向かい側に戻った。
「素直じゃないんだから。」
「そんなの前から知ってるでしょ。」
「偉そうに言わないでよ。ちゃんと家出るまで見送るから。」
私がそう言うと、満足そうな顔をした凌が私のことを見て笑った。
その返事はやめて欲しい。
思えば、みんなそんな返事の仕方をする。
顔見ればなんでも伝わるでしょ、みたいな自信満々の顔をする。
私はそれがあまり得意ではない。
私以外、みんな顔がいいから、その表情をされると照れる。というよりは、ニヤついてしまう。
そして、ニヤついている自分が何よりも気持ち悪いから。
でも、私も同じような返事の仕方をするから、人のことは言えないけど。
白湯を飲みながら、凌がゆっくり朝食をしているところを見ていた。
特に何を話すわけじゃないけど、多分一緒にいるだけでいいんだと思う。
暫くしてご飯を食べ終わった凌は、皿を流しに入れてから、歯磨きに行った。
私は、自分の飲み終わったマグカップと一緒に皿を洗った。
「皿、ありがとう。行ってきます。」
玄関で凌を見送ってから、私は自分の部屋に戻った。
はぁ、もう1回寝よう。
理央は相変わらず眠っていて、私はその隣に横になった。
今日は意外と天気が良かったな。でも、何をするかは、二度寝から起きた時に考えよう。
そう思って、目を閉じた。
誰かから抱き寄せられるような感覚で、目が覚めた。肩の辺りに2本の腕が絡みついていて、ギュッと締め付けられていた。
理央だ。
背中を向けて眠っていたから、後ろからそのまま腕を回されたんだと思う。
「理央?」
「もう起きちゃったの。」
「起きたよ。離して。」
「まだもう少し寝ようよ。」
確かに、昨日寝た時間は遅かった。
3本目を見始めたのは深夜の2時半くらいだったから、ふたりとも寝たのは3時過ぎだと思う。
私は近くに置いてあったスマホで時間を確認した。
11時か。
私は理央の腕を解いて、体を起こした。
伸びをしてから、理央を見ると、うーん、と言いながら寝返りを打っていた。
「今日は、散歩。」
「やだ。」
「じゃあ、何がいい?」
「寝る。」
そう言って寝る体勢に入った理央を見て、私は溜息を吐いた。
寝るなら自分の部屋で寝て欲しい。
私は立ち上がって、部屋を出た。
この場合は、ご飯を持って来るまで、理央は、確実に起きないからだ。
私は洗顔をしてから、キッチンに立った。
トースターで食パンを4枚焼いてから、2枚ずつ皿に乗せた。それから、グラスにお水とマグカップに紅茶を2つずつ。ジャムとバターを出して、全部お盆に乗せた。
朝ご飯はこれ。多分、お昼ご飯 と一緒になる。
それを持って自分の部屋に戻った。
「ご飯持ってきたよ。」
「ん、食べる。」
理央が起き上がって、私の隣に座った。
グラスの水を飲みながら、昨日、途中で寝てしまった映画を途中から再生した。
「ジャムは?」
「今日はバターにする。」
理央は眠そうな顔でバターを食パンに塗っていた。
いつもはいちごのジャムにするのに、珍しいな、と思った。
私はマーマレードジャム。
映画を見ながら軽めの朝食を摂る。
あんまり、覚えてないな。結構序盤から眠かったし。
私も映画を見ながら食べるけど、起きたばかりだし、あまり内容が頭に入ってきていなかった。
「これ、あんまり面白くないね。」
「昨日の1本目はよかったよ。」
「あれは面白かった。友乃、なんだかんだ恋愛もの好きだよね。」
「理央としか見ないけど。」
「そんなことないじゃん。」
「恋愛っていうか、青春とか学園みたいなやつが好きなの。」
「あー、確かにそうかも。」
理央とは好みが合う。一緒に何かをする時も、すんなり決まるから楽だ。
今みたいに映画を見る時や、散歩に行く時、カラオケの時も、ネットカフェに行った時も、好みが合うから他と人と行くよりも楽なのだ。
それから、食べるスピードが同じ。好き嫌いはお互い違うけど、食べるスピードが同じだから、一緒に行動するには向いてると思う。
今もほら。私が最後の一口を食べると、理央も大きく口を開けて、最後の一口を頬張った。
「口、いっぱいだね。」
「んふふ、」
私は理央を見ながら紅茶を飲んだ。
ハムスターみたい。
顔が可愛いって、本当に得だよな。
恥ずかしそうに笑う理央が愛おしくて、頬をつんつん、とした。
「可愛い、とか言わないでよ。」
「なんでよ。」
「友乃からの可愛いは聞き飽きた。」
「仕方ないでしょ。私が1番理央と一緒に居るんだから。」
「そうだけどさ。友乃の方が可愛いからね。」
口の中にいっぱいだったパンを飲み込んでから、首を少し傾げて、私に向かって笑う。
そんな可愛い顔で言われても、完全に私の敗北決定だから。
絶対自分のことが一番可愛いことを分かってて言ってるよな。この男は本当にずるいし、あざとい。
「嘘つき。そんなこと思ってない癖に。」
「本当だよ。僕が1番友乃と一緒に居るんだから。」
ふたりで紅茶を飲みながら、意味の無い「可愛い」の言い合い。
お互い自分のことが可愛いなんて認めないのに、ずっとやってしまうのは、お互いの愛情表現に過ぎない。
「ご飯、ありがとう。僕が洗い物する。」
「うん、ありがとう。」
飲み終わった紅茶のマグカップを置くと、お盆に全部乗せて、理央はキッチンに向かった。
私はその後を追いかけて、1階の洗面台で歯磨きをする。
今日は散歩の日。さっきそう決めた。
今日はどこを歩こうかな。
考えながら、外に出る準備をした。
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