第1章 2話 松谷友乃の休日。

 部屋で洗濯物を干してから、外に出る準備をした。


 明日は休みだし、今日は少しゆっくり出来そう。


 薄くメイクをして、髪を乾かして、着替えを終える。


 それから、自分の部屋を出て、瑞希の部屋をノックした。



「友乃、ちょっと。」



 瑞希は、私を部屋の中に案内して、小さい溜息をついてから、小さい声で話し始めた。



「なんでいつもこうなっちゃうんだろう。」



 この話も、もう1万回は聞いてると思う。


 いつもなら素直に何でも言えちゃうのに、どうして凌の前では言えなくなるのかね。



「また喧嘩しちゃった。」


「毎日だよ、瑞希。」


「分かってるよ。でもさ、なんか、怒っちゃうんだよ。」


「私もうその話聞き飽きた。」


「私も言い飽きた。でも、吐き出さないとやってられない。」


「瑞希って本当に不器用。」


「分かってるって。それも聞き飽きた。」



 毎日これだから困る。全く学ばないんだもの。


 聞き飽きた、言い飽きたの言い合いも飽きてるよ。



「私、理央と飲みに行くけど。」


「分かった。凌とふたりでご飯する。」


「そろそろ素直になりなよ。」


「分かってるよ。」



 私は瑞希の部屋を出てから、自分の部屋に鞄を取りに行って、今度は理央の部屋に行った。



「理央。」


「入って来ていいよ。」



 部屋に入ると、凌と理央がいた。



「またムキになったこと後悔してるんだって。」


「だって瑞希、揶揄いたくなるんだよ。」


「またそうやってやりすぎて後悔してるじゃん。」


「そうなんだけどさ。」



 凌と理央は話しても意味なさそうな、私と瑞希みたいな会話を、またしていた。


 こっちも、聞き飽きたし、見飽きた。



「凌、理央貰うね。」


「あー、行ってらっしゃい。たまには俺とも遊んでよ。」


「凌は瑞希と仲直りしたらね。」


「分かってるよ。」


「そろそろ素直になりなよ。」



 私は瑞希と同じ返事をした凌に、瑞希にかけた言葉と同じ言葉を言った。


 私も何回もこんなことを言うのは嫌だ。それに、ふたりに喧嘩して欲しいからシェアハウスを始めたわけじゃない。


 本当はもっと楽しいと思ってたのに。まあ、ある意味楽しいのかもしれないけど。


 理央と一緒に外に出て、近くの商店街まで歩いていく。


 やっぱり寒いな。



 昔の印象だと、12月が冬本番ってイメージだったけど、実際は1月からが本番だよな。そして3月までは余裕で寒いし、4月なのに雪が降ったりする。



 寒いのは好きじゃない。


 厚着のせいで汗をかいたり、服が重かったりして、昔からいい印象がない。


 唯一好きなことといえば、夜の空気くらいかな。この冷たさが、切ない感じがしてなんとなく好きなのだ。



「いい加減、やめて欲しい。」


「それはそうね。」


「お互い素直になればいいだけなんだけどな。凌って意外と意地っ張りなんだよ。瑞希は昔からあんな感じだけど。」


「知ってるよ。だから毎日あんなことになってるんじゃない。」


「僕たちが気を使って家を出てるのも、いい加減分かって欲しいよね。」


「あの調子じゃ、それはまだ無理そう。」



 あのふたりは、お互い友達以上の感情を持っていることは分かる。


 だけど、瑞希からも凌からも、明確な言葉は聞くことが無い。


 私も理央も、ふたりは恋愛関係なのかは正直分からなかった。


 だけど、高校時代の関係くらいには戻りたいんだと思っていることは分かる。


 なかなか難しい関係のふたりだと思う。



 行きつけの居酒屋に入って、個室に案内される。


 席について直ぐに生ビールをふたつ注文した理央。私はコートを脱いで水を一口飲んでから、メニューを捲っていた。



「いつものでいい?」


「うん、いいよ。」



 注文を済ませてから何を話すわけでもなく、ふたりでぼーっと、ビールが来るのを待っていた。



 理央とふたりでよくご飯に来るけど、たいして話すことなんてない。


 喧嘩してたふたりから逃げるようにあの家を出て、ただふたりでご飯を食べに来るだけ。



 ビールが来て、ふたりのジョッキをコツンとぶつけた。


 理央が可愛い顔をして豪快に飲むから、この瞬間だけはいつも、男だなぁ、と思う。



「今日は、どうする?」


「どうしよっか。」


「カラオケか、ネカフェか。」


「他にないもんな。」


「そうなんだよね。散歩は?」


「寒いから却下。」


「じゃあ、家帰って映画でも見る?」


「ああ、それいいね。」


「じゃあ、友乃の部屋ね。」



 おつまみが来てからは、帰ってからなんの映画を見るか、っていう話をしていた。


 私と理央の部屋が隣で私の向かい側が凌の部屋、理央の向かい側が瑞希の部屋で、凌と瑞希の部屋は隣同士になっている。


 1階はリビング、キッチン、お風呂、トイレなどの共有スペース。ちょっとしたバルコニーもあって、夏はそこでみんなでお酒を飲んだり、花火をしたりするのが好きだ。


 個人の部屋は2階。最近はお洒落なシェアハウスが多いみたいだけど、うちは普通の貸家の一軒家で、シェアハウスも出来そうな家を選んだだけだから、正直、実家と大差がない。普通の家だ。それでも、共有スペースはお洒落好きの瑞希と凌が、装飾したりして結構可愛くはなっている。


 ふたりが毎日喧嘩してるって事実がなければ、リビングも可愛いのだ。



 私は映像を見るのが好きで、映画やドラマ、コンサート映像や、動画サイトの動画など、色々なジャンルのものを沢山見る。より快適に映像を楽しむために、部屋にはテレビではなくプロジェクターを買った。


 だから、理央と映画を見る時はいつも私の部屋に集まるのだ。



「どんなの見たい気分?」


「僕は、ほのぼの系。」


「動物系?」


「そういうんじゃなくて。ほのぼの恋愛系とか。」


「胸きゅん系。」


「そういう系。」


「何がいいかね。」



 こんなことを話し合ったところで、結局いつもサブスクのおすすめに出てきたやつで、目に付いたやつを見ることになる。


 だからふたりとも本気で話してない。



 瑞希と凌がふたりでいる時間が多いこともあって、自然と私と理央が一緒にいる時間が長くなった。


 私自身、理央と一緒にいる時間が一番楽だから、全く苦はしていない。



 理央は高校の時から変わらず、物事をはっきりと言うことが少ない。


 だけど、私の前では呟くように言いたいことをどんどん吐いていくのが印象的だった。


 最近は呟くように吐くことはあまり無いけど、私の前では割と言いたいことを言ってるような気がする。



 一歩外に出た時の理央は、知らない人みたいになる。外面だけの顔みたいな。


 だから私の前での態度は気を許してくれてるって言うことなのだとしたら、それはそれで嬉しい。



 映画を調べていたスマホの画面から目を離して、目の前の理央を見ると、イカの塩辛を食べて顔を顰めていた。


 塩辛いものは好きじゃないけど、見ると食べたくなるらしい。


 だから、理央のその顔はもう見飽きてる。好きじゃないの分かってるなら食べなければいいのに。


 イカの塩辛の入った皿を私の方に退けて、焼き鳥を食べ始めた。



「明日も喧嘩するんだろうな。」


「でも、あれが無いとさ、」


「分かる。逆に心配になるよね。」


「そうなんだよ。素直になって欲しい気持ちは勿論あるけどね。」


「分かるな。」



 明日は日曜日。


 日曜日は定休の私と理央。凌は不定休で、瑞希は火曜日休み。


 4人の休みが合うなんてことは奇跡に近い。



 本当は大学生の時みたいに、4人で一日中うだうだしたり、どこかに遊びに行ったりしたいけど、社会人になってからはなかなか難しいことだった。


 シェアハウス始めた分、大学生の時よりは会う時間は増えたけど、遊ぶ時間で言ったら確実に減ってる。



 大学はみんな違う大学に進学した。


 瑞希は専門学校だったから、私たち3人よりも早く働き始めていた。


 学生時代は楽しかったな。



「映画見たいし、帰ろう。」


「早くない?全然お腹いっぱいになってないでしょ。」


「コンビニでお酒とご飯買って帰ろう。僕、あのチョコレート食べたいし。映画見ながらゆっくり食べようよ。」



 私がさっき買ったチョコレートのことか。


 あげない、って言ったのに。



「ここに来た意味は。」


「凌と瑞希のため。」


「まあ、そうね。」



 ちょっと勿体無い気もするけど、まあ、いいか。私も、映画のこと調べていたら、早く見たくなってたし。



 理央の我儘に付き合うのは嫌じゃない。大概、同じ気持ちの時が多いから。



「ここは僕で、コンビニは友乃ね。」


「分かった。ありがとう。」



 コートを着てから、お会計を済ませた理央の後を追って、店を出た。


 やっぱり寒いな。



「寒ぅ。」


「何それ。」


「僕、可愛いで売ってるから。」


「私の前だけでしょ。」


「そうかも。僕、可愛い?」



 可愛い顔して、そんなあざといこと聞かないで欲しい。


 可愛いに決まってるじゃない。


 私は理央に笑顔を向けただけで、何も言わなかった。


 それを見た理央はゆるゆるに緩んだ口元を隠して、私の一歩前を歩いた。


 あ、照れてる。

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