メランコリックバレンタイン
安神音子
第1章 1話 松谷友乃の休日。
仕事終わりのコンビニでバレンタインデザインのチョコレートを買った時、ふと思ったことがあった。
小学校の時は、好きな男の子にチョコレートをあげていたけど、高校になった時にはいつしか貰う側に回るようになっていた。
友チョコっていうやつが出始めてからというものの、あげる気も無かった子から貰ったりとか、貰えるとおもっていた子から貰もらえなかったりとか、そんなことがあって、バレンタインの日に準備をして持って行くのが億劫になったのだ。
そして私は、バレンタインの次の日にお礼として、塩っぱいおせんべいとかをお返しで持って行くことがいつしか恒例になった。前日に甘いものばかり貰ったみんなは、塩っぱいものを渡した私に、感謝してくれるから、それが嬉しかったのかもしれない。
赤色の可愛らしいパッケージは、確かにバレンタインにぴったりだった。誰かにあげる訳では無い。SNSで見かけて、美味しそうだったら自分用に買うのだ。
コンビニを出てから数分で家に着く。
一軒家。大きい方だと思う。
玄関の電気が付いていた。
「信じらんない!!」
リビングの方から大きな声が聞こえた。
またやってるよ。
どうしてこんだけ長いこと一緒にいるのに、毎日喧嘩するのだろうか。私には不思議で仕方なかった。
靴を脱いでから、リビングに繋がる扉を開くと、真っ直ぐに向かって来た服らしきもの。
顔面直撃。
そして、私の足元に落ちたそれ。
何かと思えば、ブラジャーだった。
私が顔を上げると、見えた先にはブラジャーを投げたであろう男と、声を荒らげていたであろう女が、私の方を見て唖然としたような顔をしていた。
「信じらんない。」
私が小さく呟くと、慌ててふたりが謝りに来た。
「友乃ごめん。」
「本当にこいつが、ごめん。」
「なんで俺ばっかり。」
「だって、凌が悪いんじゃん。」
「だから、自分のこと自分でやらない瑞希が悪いんだろ。」
目の前で繰り広げられるこのふたりの喧嘩。
これももう毎日見てる。そろそろ見飽きた。
もう勘弁して欲しい。
私は静かにリビングを出て、2階の自室に向かった。
「あ、友乃おかえり。あいつらまたやってんの?」
階段ですれ違った男の子。
「そうみたいよ。もう知らない。」
私はサラッと流して自分の部屋に入った。
信じられないだろうけど、私たちはもう10年くらいの仲になる。
リビングで喧嘩をしていた棚橋凌と鷲尾瑞希。それから階段ですれ違った小山理央。
そして私、松谷友乃。
なんの流れかはもう忘れたけど、恐らくお酒に酔った勢いだと思う。私たちは4年ほど前からシェアハウスを始めた。言うなれば、シェアハウスを始めてもう4年も経つのだ。
最初の方は口論になるのも仕方が無いと思っていた。理央とふたりで凌と瑞希の口論を止めようと頑張っていたけど、さすがに4年経っても変わらないともなると、こっちも呆れる通り越して、どうでもよくなってきていた。
荷物を置いて、コートを脱いでから、コンビニの袋を持ってキッチンに向かった。
リビングに入ると、まだ喧嘩中のふたりを、ソファーに座って楽しそうに見ている理央がいた。
「嫌なんだったら、自分でやればいいだろ。」
「私がやろうとしてるのに勝手にやるんじゃん。」
「瑞希が全然やらないから、邪魔なんだもん。」
洗濯物の話。
瑞希は家事全般が好きではないらしく、洗濯物もよく溜める癖がある。
それを良かれと思って、凌がやってあげた結果、いつも喧嘩になる。
そしてこれを4年間繰り返して、その喧嘩も4年間繰り返している。
だから、私が発した「信じられない」は「(今日もやってるなんて)信じられない」の意味なのだ。
キッチンの冷蔵庫を開けて今日買ってきたものを入れた。
名前は書かなくても大丈夫。
4段になっている下から2段目が私のスペースだからそこに入れれば誰も食べない。
「それ気になってたんだよね。」
隣から急に声がした。理央だ。
「あげないよ。」
「とか言いながら、くれるの知ってるよ、僕。」
「あげない。絶対。ひとりで食べるもん。」
「なんだよ、ケチ。」
小山理央は、名前だけではなく、顔面までしっかり可愛い。だから憎らしい。
女より可愛い顔して、さっきみたいなことを言って来るから、あざといにも程があると思う。
私たちは高校生の時に知り合った。同じクラスで何となく席が近かったことが理由で仲良くなった。
でも、なんでずっと一緒にいることになったのかは、よく覚えていない。
今思えば、みんなそれなりに人見知りだったんだと思う。
凌は割と誰とでも仲良く出来るクラスの中心みたいな人だったけど、凌に依存気味だった理央が、私のことを絶対に離してくれなくて、私のことを無駄に気に入っていた瑞希がいて、凌と瑞希は気が合うからって言って親友だったし。
そんな色々な関係が絡み合って解けないのが私たちだったんだと思う。
だった、じゃなくて今もそうだ。全然解けないから、こうやって4人で暮らしているのだ。
「最近どう?」
「何も。」
「僕も。そして、あのふたりも。」
私は冷蔵庫を閉めてから、理央とふたりで口論しているふたりを見つめた。
高校の時はあんなに仲良かったのに。
そして、今も。本当は仲がいいし、お互い喧嘩をしたくないと思っているのも、私と理央は知っている。
「素直になればいいのにね。」
「もう多分、無理だよ。」
私はリビングから出て、自分の部屋に戻った。
後ろから付いて来ていた理央に、お風呂どうぞ、と言われた。
口論してるふたりも入ってないだろうけど、多分まだ時間かかりそうだし、先に入ってしまおうと思った。
洗濯なんて、誰としたって一緒なのに。
脱衣所にある洗濯機の中を除くと、理央が出したであろう洗濯物が入っていた。私はその中に自分が脱いだ物を入れる。
多分、凌と瑞希は知らないだろうけど、私と理央は一緒に洗濯している。お互い気にならないからだ。
理央とは部屋も隣だし、そっちの方が楽だとふたりで話してそうなった。
洗剤を入れて、洗濯機を回した。その間にお風呂に入る。そうするといい具合に終わってるのだ。
高校時代、瑞希は私の中で憧れの女の子だった。物事をはっきり決められるし、言いたいことを素直に言える、さっぱりした性格。それに、見た目が凄く可愛いし、お洒落だったから、男子にもそこそこモテてたと思う。だけど、凌がいつもすぐ隣にいたから、誰も男の子が寄ってこなかったんだと思う。
凌はクラスの太陽みたいな存在だった。誰にでも優しくて、みんなに気を配れる。そして、顔がいい。だから、凌と瑞希が並んでると、美男美女だとみんなが噂していた。私も凌のお陰でクラスに馴染めていたようなものだと思う。
それに、理央も。理央は私たちの中で一番の人見知りで、高校に入って最初に話しかけてくれた凌に金魚の糞のように引っ付いていた。そして、その時一緒に話をした私と瑞希にも懐いていた。というか、懐かれた。今でこそ依存傾向が無くなったものの、高校卒業するまでは、私たちはずっと理央に依存されていたのだ。
高校の時のバレンタインは、凌が沢山貰ってきたチョコレートを理央の家で4人で食べるのが恒例だった。そして次の日は、私が塩っぱいものを買ってきて、4人で食べた。
そんな高校生活が、私は1番楽しかった。
だから、今でも一緒にいるのは楽しかった高校生活を共に過ごした親友の3人なんだと思う。
お風呂から出ると、ちょうど洗濯機が終わったところだった。私は服を着てからスマホで理央を呼び出した。
「回してくれてありがとう。」
理央がノックもせずに入ってきた。
理央は私のことを、自分が唯一素でいられる人、だって言っていた。初めて話した時から、なんの緊張もせずに普通に話せた。そんな人は今までいなかった。と言われたのだ。
だから理央は絶対に私を離してくれなかった。どこにも行って欲しくない、と重すぎるくらいの言葉を何度も受け止めていたのは今でも忘れられない。
そんな理央を甘やかしていた自分も、今考えればどうかと思うけど。
「ふたりは。」
「やっと落ち着いて、自分の部屋戻ったよ。夕飯どうする?」
「理央は?」
「僕は、友乃と食べる。」
「飲み行く?」
隣で自分の洗濯物を取り終わった理央は、私に向かって嬉しそうに笑ってから、先に脱衣所を出て行った。
その、返事の仕方いい加減やめて欲しい。
私は緩んだ表情のまま、自分の洗濯物を持って部屋に戻った。
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