第47話 バートへの差し入れ

 とある日、シェリダイン家に帰ると、エリーゼ付きの侍女がバスケットを片手に離れを訪れた。


「え、俺にくれるの?」

「はい。慈善活動の一環として子供たちに差し上げるお菓子を多めに焼いてもらいました。バートさんにも是非にと。奥様からの御伝言です」


 バスケットの上には布製のナプキンがかけられている。

 どうやらお菓子のおすそ分けらしい。


「ありがとう」

「いえ。あの、ではわたしはこれで」


 エリーゼ付きの侍女、黒髪のディースリーは用件だけ言うとそそくさと立ち去ってしまった。


「え、ちょっと」


 もう少し話がしたい。慌てて呼び止めようとするも、ディースリーは振り返ることなく、まるで逃げるかのように足早に母屋に行ってしまった。


「あーあ。せっかく仲良くなれるチャンスだったのに。ちくしょう、師匠め」


 バートはがっくりと肩を落とした。

 これもすべては嫉妬を斜め上に拗らせたアレックスのせいである。


 新婚のアレックスは、自分には似合わないほど可憐な妻を娶ったせいか、現在絶賛嫉妬を拗らせ中だ。

 確かにあれほど可愛らしい少女を妻にしたのだから気持ちは分からなくもないが、それにしたってとばっちりがひどい。


 何しろバートはアレックスの策略で絶賛呪い持ちの身の上なのだ。

 なにが、女性と話すと苦しみだす呪いだ、アホ。んなもん、あるわけあるか。


 アレックスの適当な説明のせいで、エリーゼはバートと目を合わせると慌てて逸らすようになってしまった。全ては妻を独り占めしたい狭量夫のでっちあげである。


 一度リッツに愚痴を言ったら、彼は目に涙を浮かべて「あのアレックス様が、そのように独占欲を爆発させるとは。長生きをするものですね」と笑っていた。


 リッツは頼りにならないと悟った瞬間でもあった。この屋敷の人間たちはアレックスに優しすぎる。だから、あいつがつけあがるのだ。そして己の苦労が増すのである。


 バートは離れの自分の部屋に戻った。

 シェリダイン家の離れの二階が現在の住まいである。食事は母屋でリッツ達と一緒に取り、掃除も定期的に入るため、男の独り住まいだが清潔に保たれている。


 とはいえ、独り身のため部屋の中はどこかもの寂しい。

 バートは魔法灯をつけた。明るくなった室内の卓台の上にバスケットを置く。


「ディースリーもキャロルも可愛んだよなあ」


 清楚系美人のディースリーと、溌溂としていて可愛い系のキャロル。

 どちらとも仲良くなりたい所存である。二人とも魔力もちではないけれど、バートはそういう細かいところは気にしない。可愛いは正義である。


 同じ職場の同僚として、二人とは今後親交を深めたい。

 きわめて健全な成人男性の思考回路だ。


「どうにかして、もっと仲良くなりたい」


 バスケットの上に被さるナプキンを取ると、マフィンやクッキーが顔をのぞかせた。

 普段自分では買わないが甘いものは嫌いではない。


 せっかくだからお茶かコーヒーでも淹れようか、と思いながらお菓子を吟味していると、紙切れが入っているのが目に留まった。

 何だろうと思い手に取ってみる。


『バートさんへ

 いつもアレックス様を支えてくださりありがとうございます。よければ召し上がってください。

 お菓子、口に合えばいいのですが。

 今後ともアレックス様をよろしくお願いしますね』


 バートは無言で悶絶した。

 女性らしい筆致でこちらを気遣う文面。これはもう、ぴょんぴょん飛び跳ねたくなるというものだ。実際飛んだ。


「エリーゼ様からの直筆! 直筆のメッセージ!」


 普段女っ気がないバートは嬉しさのあまり涙目になった。

 この細やかな気遣い! さすがはエリーゼだ。愛らしさが前面に押し出ている。

 やっぱりあの師匠にエリーゼはもったいない。


「大事に取っておこう。うん、そうしよう」


 バートは自分への手紙をいそいそと仕舞いこんだ。

 アレックスに自慢をしたいが、そうしたら絶対に燃やされる。賭けてもいい。

 あの男はこういうとき容赦がないのである。


 べつにバートは人様のものになった女性を横からかっさらいたいとか、そういう思考を持っているわけではないのだ。

 可愛い女性には等しく愛想がいいだけで、エリーゼが本気で気になるとかそういうことでもない。いや、もしも、アレックスよりも前に彼女と出会っていたら、どう転ぶかは分からなかったが、その世界線は消えているため、今更だ。


 バートはマフィンを手に取って齧った。

 甘くておいしい。

 これを、誰か女の子と一緒に食べたい。


「俺にも春ぅぅぅ」


 しんとした室内に、バートの悲痛な声が響いた。

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