番外編
第46話 バートの憂鬱
バートは困っていた。
常々、うちの師匠は面倒くさい奴だと思っていたが、今回も例に漏れず大概に面倒くさい奴だった。
なにしろバートはアレックス・シェリダインの弟子なのだ。
一番弟子である。いや、この言い方では語弊がある。
人嫌いのため、一番も何もバートしか弟子がいないのである。
もはや弟子というよりも、秘書である。
こいつ、俺が見捨てたら生きていけないのでは……と、内心危ぶみ現在も絶賛一番弟子をしているのだが、その師匠が結婚をした。
妄想嫁ではない、リアル嫁である。
そして悔しいことに可愛い。
めちゃくちゃ可愛い。ふわふわの琥珀色の髪に薄茶の瞳をした、まさに純粋無垢なお嬢さんという雰囲気の美少女である。
公園で出会ったと言っていたが、女など嫌いだとか言っていたのはどの口だよと、バートが荒れるくらいには愛らしく、可憐だった。女嫌いのくせに、何をどうしたらエリーゼのような可愛い子をゲットできるのだ。こんちくしょう。
アレックスの電光石火の結婚はバートの身辺も少々騒がしくしたが、それよりも何よりも面倒くさいのはアレックスのエリーゼ大好き病が大分斜め方向に暴走していることである。
そのせいで、バートはエリーゼと口もきけないでいる。
狭量さをド発揮したアレックスによって「エリーゼとは口をきくな」と命令をされたからだ。
うわ、面倒くせえ、と思ったが、言わなかったのは、言ったらそれはそれで面倒だからである。
しかし、バートはアレックスの弟子だ。
ということは、彼の妻であるエリーゼとも顔を会わせる機会があるというわけで。
「あ、あの。バートさん」
今日も屋敷の中でエリーゼとばったり出くわしてしまった。
こちらの様子を窺いながら、恐る恐る話しかけてきたエリーゼと目が合ってしまい、バートはつい立ち止まってしまった。
内心だらだらと冷や汗ものだ。
こんなところをうっかり師匠に見られでもしたら。
うわ、面倒くせええ。
しかし、返事をしないのも人間としてどうなのか。
「え、ああ。こんにちは」
バートはエリーゼと目を合わさないように、短く挨拶をしてアレックスのもとに向かった。
心が痛い。胃がきりきりと痛みだす。
(たぶん、俺に嫌われていると思っているんだろうなあ……)
しゅんと肩を落とすエリーゼを極力見ないようにしながらバートは肩を落とした。
これもそれも全部狭量な師匠のせいなのである。
* *
「え、バートは呪われているのですか?」
「ああ。女性と長時間話すと苦しみだす呪いにかけられている。とくに既婚女性はよくない」
「まあ……知りませんでした。わたし、挨拶をしようと呼び留めていました。だから、あんなにも慌てていたのですね」
「エリーゼは何も悪くない。これからはバートには近づいてはいけない」
「アレックスの魔法で呪いを解くことはできないのですか?」
「質の悪い呪いだ。私でも解けるか分からない」
「そうなのですか」
「……解けるよう努力はしてみる」
「という話になったから、おまえもそういう体にしておけ」
「って、女性と話すと苦しみだすとか、なんの呪い設定だよそれ!!!」
後日、バートは王城の師匠の仕事部屋で叫んだ。
エリーゼ大好き病もここまで拗らせると質が悪すぎる。焼きもち焼きが暴走をして弟子にありもしない呪い持ちの設定を付け加えるとは。
面倒くせえにもほどがある。
「おまえは私のエリーゼと話したいのか?」
アレックスの声が剣呑になった。本気で目が据わっている。
「いえいえ……」
こう言うしかないではないか。
「ていうか、俺結婚できないじゃないか!」
「そのときは愛の力で呪いが解けたとでも言えばいいだろう」
「なんだよ、その適当設定は」
「なにか文句あるのか?」
「大ありだよ!」
大体、この師匠が優しいのはエリーゼの前だけなのだ。
弟子にはちっとも優しくない。この男が今更優しくなったら、それはそれで明日は空から槍が降りそうな怪異なのだが。
今日もバートの苦労は続くのであった。
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