第45話 これからもずっとあなたと一緒に4

 厨房から甘い香りがただよってきて、エリーゼは鼻をすんすんとさせた。

 料理番に頼んでお菓子を焼いてもらっているのだ。


 一時期食欲をなくしていたエリーゼだったが、最近ようやく食べたいという欲求が湧いてきて、昨日もぺろりと肉料理を平らげた。


 結婚をしてから一年が経過をして、季節は再び春の真っ盛り。

 薔薇の季節で、明日はお菓子持参でアレックスと一緒に公園散策に出かける予定だ。その前に修道院に寄って、お菓子と薬草を届けることになっている。


 明日が待ち遠しくて、エリーゼは含み笑いをしてしまう。

 最近ずっと屋敷にこもりがちだったから、春の空気を思い切り吸うのが楽しみだ。


 エリーゼは部屋の中から遠眼鏡を持ちだして、庭に設置をした巣箱を観察した。今年は、可愛いヒガラのつがいが巣箱に入居をしたのだ。絶賛子育て中のヒガラの様子を観察するのが、最近の楽しみだ。


 今日もせわしなく巣箱を出たり入ったりしている。ヒナたちにせっせと餌を運んでいるのだ。

 のんびりと、ヒガラ観察をして、王城から帰宅をしたアレックスと一緒に食事をして、彼の腕の中で眠って、目が覚めた翌日。


 外はぽかぽかと暖かく、まさに公園日和。

 料理番自慢のお弁当とお菓子を持参して、二人で公園へとやってきた。

 去年は結婚やら新婚生活やらで忙しくしていた頃が懐かしい。

 手を繋いで二人で歩いて、人工湖にたどり着く。


「懐かしいですね、アレックス」


 ここで、彼と出会ったのだ。最初はよく公園で顔を見るな、という関係だったのに、ひょんなことから知り合い、一緒に食事をして、求婚された。


「そうだな」

 アレックスが黒曜石の瞳を細めた。優しい眼差しに、ふわりと微笑む。


「だが、湖からの風は身体によくない」

「アレックスは心配性です」


 エリーゼは別に、病気ではないのだ。


「しかし、きみはここで、私の子を育てているんだ。できれば代わりたいくらいなのに、男であるこの身がもどかしい」

「ええと、そうなるとわたしたちの間に子供もできないような……」


 妙に真剣な顔をして悩みだしたアレックスに、エリーゼは真面目に突っ込みを入れてしまう。

 アレックスの視線はエリーゼの腹に注がれている。少しずつふくらみが目立ってきた代わりにようやくつわりがおさまった。


「それは困る」

「大丈夫です。母は強し、です」


 でも、彼が心配してくれるのはありがたい話なので、エリーゼは素直に頷いて方向転換をした。


「歩くのが辛ければ、私が抱いて運ぶ」

「それではわたしが運動できません。屋敷に籠ったままだと、体力も維持できませんし、お医者さんも、少しは体を動かすようにっておっしゃっていたでしょう?」

「そうだが……」


 なにぶん初めてのことで、アレックスの心配も天井知らずのようだ。

 ゆっくりと慎重に歩いて、薔薇園へとやってきた。今が見ごろのため、それなりの人が思い思いに楽しんでいる。シェリダイン家の庭にも薔薇は植えているのだが、やはり薔薇園は規模が違う。たくさんの品種の薔薇たちにエリーゼの気分も最高潮だ。


 美しい花たちをゆっくりと愛でていく。時折顔を近づけて香りを楽しんでいると、アレックスも真似をし始める。

 薔薇の品種により、少しずつ香りが違うため、それを楽しみ、好みの香りについて意見を言い合う。

 たっぷりと楽しんだ後、薔薇園に設置されたベンチの空いた場所を見つけて、お昼ご飯を取り出した。


「来年はこの子もお腹の外に出ている頃合いですねえ」


 サンドウィッチを食べながら、エリーゼは視線を腹に落とした。

 男の子と女の子、どちらだろう。どちらでも元気に生まれてくれればいい。


「親子三人か。楽しみだな」

「はい」


 レモンカードを挟んだクッキーを一口食べた。

 やや酸味の強い手作りレモンカードにはつわりの最中もお世話になった。


「その次の年も、そのまた次の年も、毎年一緒に薔薇園に来ましょうね」

「ああ。何十年経っても、ずっとだ」

「おばあちゃんになってもですね」

 長い人生の隣にアレックスがずっといるのだと思うと、それだけで心が弾んでしまう。


「あ。動いた」

「なに?」

「いま、お腹の中から、赤ちゃんがこう、ぼよんって」


 初めての胎動にエリーゼは顔を輝かせた。

 アレックスが即座にエリーゼの腹に手を添える。


「……だめだ。動かない」

「またそのうち動きますよ」

 アレックスががっかりしながら手を離した途端にまた動いた。


「タイミングが難しいな」

「たくさん触ってあげてくださいね」


 くすくすと笑い合う、のどかな昼下がり。




 その年、エリーゼは元気な女の子を産んだ。

 そしてまた季節は巡って。

 家族そろってピクニックがシェリダイン家の恒例行事となるのだった。


*゚。.。・.。゚+。。.。・.。゚+。。.。・.。゚あとがき+。。.。・.。゚+。。.。・.。*゚

本編完結しました。

最後までお付き合いくださりありがとうございました。


また、ページ下の☆☆☆の色をポチポチ押して変えていただけれると作者がとっても喜びます♪


完結お疲れ様でした記念によろしくお願いします。


近々、サブキャラクターたちの番外編を更新予定です。

まずはバートから。

そのあとはブラッドリー殿下とブリギッタ様。


エリーゼとアレックスのその後は?? というご質問あるかと思います。

もちろん、考えていますがこちらは少々お待ちください。


また、拙作『円滑な爵位継承のための結婚のはずが、なぜだか溺愛されています』が

フェアリーキスピンク様より、8月27日頃発売予定です。

(R18版 月宮アリス名義)


イラストは芦原モカ先生です。

カバーも帯もとっても素敵で、活動報告に画像を乗せていますので、是非ご覧ください。

レーベル様のリンクも貼ってあります。是非覗いてみてください。

*゚。.。・.。゚+。。.。・.。゚+。。.。・.。゚+。。.。・.。゚+。。.。・.。+。。.。・.。゚+。。.。・.。+。。.。・.。゚+。。.。・.。*゚

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