第44話 これからもずっとあなたと一緒に3

 舞踏会の一部がそろそろ終わる頃合いに、国付き魔法使いによる余興が行われる。

 今年はやはりアレックスが指名をされていて、大広間の中央に進み出た彼の姿に、招待客らがさざめく。


――まあ、アレックス・シェリダイン様が魔法を見せてくださるの?――

――舞踏会に出席すること自体が珍しいのに、まさか魔法まで――

――今年は何ともついてる――


 エリーゼの耳にもいくつかの声が届いた。


「実はわたくしも初めてなんだ。あの男が実用魔法以外を使うところを見るのは」


 近くでブリギッタが囁いた。

 エリーゼの近くには彼女と、ミモザ夫人がいる。


「わたくしも楽しみだわ。シェリダイン閣下はいつも魔法を出し惜しみするのだもの」


 ミモザ夫人は少女のように目をキラキラと輝かせている。

 この場にいる全員がアレックスの魔法に期待をしているのだ。もちろん、エリーゼだってそのうちの一人。


 人々の期待が高まっていくのを肌で感じる。みな静まり返り、中央のアレックスを見守る。


(一体、どんな魔法を使うのかしら?)


 エリーゼは熱心にアレックスを見つめた。すると、彼と目が合った。その瞬間、彼はふわりと唇を持ち上げた。

 アレックスが片手を持ち上げた。


 途端に大広間の魔法の明かりが落ちていく。真っ暗ではないが、少し離れた場所にいる人の顔が見えづらくなる。


 薄暗くなった会場に光が生まれた。

 金色の光の粒が形を作る。それは、空をはばたく鳥だった。

 鳥たちは風に乗って優雅にシャンデリアの周りを舞う。淡い青や緑、赤色の光の粒が生まれ、風になり、鳥たちを揺らしていく。


 シャンデリアの周りをくるくると旋回した鳥たちが水晶飾りに反射をし、大広間に光をまき散らす。

 やがて彼らはシャンデリアに吸い込まれるように、光の粒へと戻っていった。

 かと思えば、今度は色とりどりの蝶々へと変化をした。


 一度シャンデリアへ吸い込まれていった光が、下へと流れ落ちながら形を変えたのだ。

 色鮮やかな蝶たちは大広間を舞いあがる。


 蝶々はどこへ向かうのだろうと思っていると、なんとエリーゼの方へと飛んできた。

 驚いて眺めていると、エリーゼの周りを蝶々が取り囲むように飛びまわる。


「えっ⁉」


 まるで虹が目の前に現れたようだった。エリーゼの周りをくるくると飛んでいるかと思ったら、突如蝶々がエリーゼに向かってくる。


 目をつむると、歓声が聞こえた。

 エリーゼのドレスに吸い込まれるように、消えた蝶々だったが、彼らはエリーゼのドレスの模様となっていた。光の加減によって七色に光る美しい羽模様がエリーゼの薄桃色のドレスに描かれている。


 彼がゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。柔らかな眼差しに胸の奥が疼いていく。

 もう何度この視線に晒されたのだろう。彼が優しくエリーゼに微笑むたびに、胸の奥が切なく締め付けられるのだ。感情がせりあがり、喉の奥から湧き出しそうになる。


 アレックスが腕を伸ばした。七色の虹が生まれる。虹はエリーゼの方へ伸び、その上を色鮮やかな蝶々が舞い始める。やがて光の粒子となり、今度は千の花びらを持つ魔法の花火へと変化をする。


 本物の花火ではない、光を使った幻の花々が大広間を彩っていく。

 音もなく、熱くもない幻の花火が大広間に咲き乱れる。

 エリーゼはうっとり頭上を見上げた。一番の特等席にいる気分になってしまう。


 美しく幻想的な光景はまるで、天国のようでもあった。こんなにも美しい光景を見たことが無い。

 きらきらと、花火の欠片が大理石の床へと零れていく。つい掬いたくなってしまうほどの神々しい光の粒が石の床に広がっていく。


 艶やかな幻覚の中心にエリーゼがいた。

 幻が消えても、人々は何も発しなかった。皆、国一番の魔法使いが魅せる魔法に言葉を忘れていた。

 シンと静まり返った大広間で、最初に手を叩いたのは国王だった。拍手が波のように広がっていく。

 それを合図に大広間の明かりが再び灯された。


「余興というよりは、新婚ののろけではないか。シェリダインよ」

「妻を喜ばせることが私の最上の使命ですから」


 アレックスはしれっと言い放ち、王が苦笑をする。


「まったく、口の減らぬ男よ。だが、よいものを見せてもらった。さすがは我が国の偉大なる魔法使いだ」

「お褒めいただき、光栄です。陛下」

 アレックスは胸の前に手を置き、ゆっくりと礼をした。


 国王が立ち上がった。


「今宵の宴は、まだ半ばだ。この後も存分に楽しむとよい」


 その声と共に、舞踏会の一部が終了した。この後は、少し休憩時間を挟んだのち、二部が開始となる。別室には食事や飲み物が用意されている。王城は多くの部屋が解放されており、男同士で談話をしたり篝火に照らされた庭園で熱を冷ましたりと人々は思い思いに過ごすのだ。

 招待客らがそれぞれに動き始めると、アレックスがエリーゼのもとへとやってきた。


「エリーゼ。楽しんでくれたか?」

「はい。とっても、素敵でした。わたし、あんなにも素晴らしい魔法を見たのは初めてです」


 人間、感動をすると語彙力が無くなるらしい。美麗な言葉を駆使してアレックスに感想を伝えたいのに、出てくるのは、「素晴らしい」とか「すごい」とか「とっても素敵」という簡単な単語ばかり。


 もっと、もっと、たくさんの言葉で伝えたいのに、なんとももどかしい。


「よろこんでくれてよかった。私は今まで人に見せる魔法にはまるで興味が無かったから、必死でネタを捻り出したんだ」

 ゆるりと唇を持ち上げたアレックスの裏話をブリギッタとミモザ夫人がほほえましそうに聞いている。


「鳥も蝶も花火も、どれも全部素敵でした。このドレス、とてもすごいですね」

 魔法の蝶々は今もまだエリーゼのドレスの模様になっている。表面は光の加減で七色に光っている。

「この場にいる全員にきみは私のものだと知らせておきたくて」


 なんだかとんでもない言葉が帰ってきて、一瞬にして頬が真っ赤に染まった。

 アレックスの直球な物言いにまだ慣れない。


 エリーゼが照れていると、アレックスがおもむろに腕を伸ばしてきた。どうしたのだろうと、見守っていると、彼はエリーゼの髪の毛に刺してある薔薇の花を一輪慎重に抜き取った。

 彼はそれを己の胸ポケットに刺した。親密なやり取りに鼓動が早まり出す。

 世界から音が消えていく。アレックス以外のものが遮断されていく。


「エリーゼ、もう一曲私と踊ってくれないか?」

「はい。喜んで」


 女の子なら、誰だって夢に見る。いつか、わたしだけの王子様が現れて、自分だけを見つけてくれる夢。世界中の誰でもない、たった一人を探して出して、柔らかく微笑んで愛を伝えてくれる、その光景を。


 思えば、彼はずっとエリーゼに好意を示してくれていた。まだ恋心を自覚する前だったけれど、彼の近くにいると、たくさんの感情が胸の中に生まれた。

 アレックスの手を取り、二人で踊り出す。

 光に反射をして、ドレスの蝶々が七色に輝いている。


「わたし、アレックスと結婚ができて、とても幸せです」


 ふわりと微笑んだ。

 初めての舞踏会は夢のような時間で、たくさん笑って、楽しんで。

 エリーゼはこの日のことを一生忘れないのだと心に刻んだ。

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