第43話 これからもずっとあなたと一緒に2

 精霊祭の日に行われる王家主催の舞踏会。

 王城は、昼間のように光り輝いていて、馬車が近づくにつれ、エリーゼの頬が染まっていった。小さいころに憧れたお城の舞踏会にまさか、自分が出席できるとは露にも思わなかった。


 しかも、隣には正装をしたアレックスがいるのだ。

 今日のアレックスは光沢のある薄い銀色の上着に、薄青のタイをつけた出で立ちだ。髪の毛はいつもと違って、後ろに撫でつけている。もとから整った顔立ちをしているのに、とびきり素敵な衣装を身に付けた彼は目が眩むほどかっこいい。


 これは絶対に、招待客の目を引くに違いないし、見惚れる女性たちばかりだろう。

 それを思うと、胸の奥がちょっぴりチリチリとしてしまうのだが、隣に座るアレックスがずっと手を握っていてくれるから、エリーゼも余裕を持つことが出来る。


(ああ、でもかっこよすぎて目を合わせられない……)


 だって、ちらっと盗み見ただけでも心臓がばくばくといってしまうのだ。

 こんなにも素敵なのに、本人にはその自覚がまるでないのだから質が悪い。エリーゼの心臓を止めてしまう気ではないのだろうか。


(ううん。わたしはまだやりたいこともあるし、アレックスと一緒に行きたいところもたくさんあるから、ここで心臓を止めるわけにはいかないわ)


 気を引き締めないと、とぴしりとした顔を作って、王城の門をくぐった。


「今日のエリーゼは可愛すぎて心臓が止まりそうだ」

「え……?」

 王城内を歩いていると、そんな台詞が聞こえてきて、思わず見上げてしまう。


「他の男に笑いかけたら駄目だ」

 真剣な顔をして忠告をされてしまい、エリーゼは口元をほころばせた。

「わたしたち、似たもの夫婦ですね」


 エリーゼは、自分も同じようなことを考えていたのだと伝えた。


 すると、アレックスも薄く微笑んだ。互いに、今日の姿に見惚れていたのだ。胸の奥がくすぐったくなる。


 エリーゼは、薄桃色のふんわりとしたドレス姿だ。夏の舞踏会のため、肩まで露出をしていて、胸元にはたくさんのレースがあしらわれている。スカートは何枚もの薄布が縫い留められていて、まるで薔薇の花弁のようだ。裾にはクリスタルがちりばめられている。

 まとめた髪にもクリスタルのピンがいくつも使われている。右部分にだけ生花を飾っていて、エリーゼの初々しさを演出している。


 妖精のような意匠に、出来上がったときは似合うか不安だったが、化粧をして髪の毛をまとめてもらって姿見で確認をすれば、着飾ったどこかのお嬢さんが映っていてびっくりした。


 大広間に到着をすると、多くの人々の目がこちらに向いたのが分かった。

 人付き合いが好きではないというアレックスはここ数年、王家主催の舞踏会を欠席していた。久しぶりの参加だから、耳目が集まるのも無理はない。


 国王の声とともに、舞踏会は幕を開けた。


 彼は挨拶の最後に、「今年は、良い報せがある。我がマルティニを守りし、王付きの魔法使いの筆頭であるアレックス・シェリダインが妻を娶った。若い二人に祝福を!」と付け加えた。


 注目されることに慣れないエリーゼだが、隣にアレックスがいるのだと強く意識をすれば、自然と背筋を伸ばすことが出来た。


 最初のダンスも大注目をされていて、二人は王族たちに近い場所に自然と誘導された。

 音楽家たちの演奏が始まる直前に、近くで王太子と佇むブリギッタと目が合った。大丈夫だ、というふうに、目を細め小さく頷いた彼女のおかげで、最後の緊張が取れていく。


 一緒に踊るのはアレックスなのだ。

 いま、この時を楽しもう。一番最初のダンスを彼と踊れるのは、妻の特権。

 音楽が流れ、最初のステップを踏み始めると、周りは気にならなくなっていた。


 エリーゼの動きに合わせてふわふわとスカートが舞う。アレックスはエリーゼを巧みにリードしていき、途中いくつか足を踏み間違えたのに、それらが無かったことになった。


「私はきちんと踊れている?」

 曲も中盤に差し掛かった頃、アレックスが話しかけてきた。


「アレックスのおかげで、自分じゃないみたいに踊れています」

「よかった。ダンスが下手な男は離婚をされると王太子殿下に脅されたんだ。だから必死になって練習をした」


「そんなことくらいで、離婚なんてしませんよ?」

「たとえそんなことになっても、私はもうきみを一生離さない」


 しっかりと目を見て言われると、胸の奥が甘く疼いた。

 とびきり素敵な格好のため、言葉の破壊力がいつもの五割り増し以上に思えてしまう。


「離さないでください」

「きみと踊れるのなら、舞踏会も悪くはない」


 最後、アレックスはエリーゼの耳元に顔を寄せ、そんなことを言うのだから、ますます顔が赤くなってしまった。


 ダンスを続けて二曲アレックスと踊ったあと、ブリギッタに申し込まれた。

 びっくりしているエリーゼの手を、楽し気に取ってそのまま連れて行かれる。女性と踊ってもいいものか、と周囲を見渡すも、誰も咎める雰囲気に無い。


 濃青色のドレスは膨らみのない意匠で、背の高いブリギッタによく似合っている。

 三曲目の音楽が鳴り始め、ブリギッタがエリーゼを優雅にリードをしていく。


「ふふ。わたくしのダンスもなかなかのものだろう?」

「は、はい」


 ブリギッタは自慢げに「わたくしはどちらのパートも踊れるんだ」と微笑んだ。


「一躍時の人となったエリーゼ・シェリダイン。今後はどうする?」


 ブリギッタがからりと声の調子を変えた。

 王太子妃である彼女の耳にも、当然のことながら、先日フォースター家の屋敷で起こった事件のあらましを知っているのだ。


「そうですね……。またガレイド教授の元に通って、能力の役立て方について考え、学んでいきます」

「あのシェリダインが夫なのだから、エリーゼを取り込んで悪用しようなどという考えの輩は現れないだろうし。いいところに嫁に行ったな」


 ブリギッタは言葉の最後に顔を別の方向へ向けた。

 その視線の先には、アレックスの姿があった。釣られてエリーゼも視線を動かしたのだが、彼は大広間の端に仁王立ちし、腕を組みながらものすごく怖い顔でこちらをにらんでいる。


「一曲できみを解放しないと、殺されそうな勢いだな」

 まったく嫉妬心が隠しきれていないな、とブリギッタがあきれ顔を作った。


「エリーゼ、きみの緑の手はきっとこの国の、国民のために役に立つ。危険を伴う要請をさせてもらうこともあるかもしれないが、そこの男が必ずきみのことを守るだろう。また、この国のために力を貸してほしい」


 しっかりとした口調だった。王太子妃としての言葉に、エリーゼは胸の奥が熱くなった。

 自分でも、誰かの役に立つことが出来る。そのことが嬉しい。人に必要とされたかった。ずっと、ずっと誰かにエリーゼのことを見つけてほしかった。


「もったいないお言葉、ありがたく頂戴します」


 瞳に涙が盛り上がった。

 この国のために、自分の力が必要になれば手助けをしたい。

 アレックスの隣に胸を張って立ちたいのだ。


「いい目になったな。エリーゼ」

 ブリギッタが目を細めた。

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