第42話 これからもずっとあなたと一緒に1
あれから少し時が経ち。フェス・ディ・アーボ暴走事件は、早急に片づけられた。
今回の件は、全てがマリージェーンの浅慮な行動によるもので、彼女はフェス・ディ・アーボに捕らえられたその最中に有する魔力の半分以上を吸い取られてしまった。
吸われた魔力は元には戻らない。意識を取り戻したマリージェーンは魔法省から遣わされた役人から事情聴取を受け、彼女の両親、それからマーカスも監督責任を問われることになった。
マリージェーンの動機は要するにエリーゼへの嫉妬だった。
それを聞かされたエリーゼは、彼女の見舞いを遠慮することにした。魔力を吸い取られ、方々から説教をされたのだ。おそらく、いまエリーゼが顔を見せたら火に油を注ぐだけだろう。
彼女が生きていてよかった。それがエリーゼの本心だった。
このような騒ぎを起こしたマリージェーンは次期当主としての資質を疑われ、マーカスも彼女の両親も擁護が出来なかった。今後のマリージェーンの処遇については追って沙汰が下されるとのことだった。
エリーゼでなくても、珍しい魔法植物を育てれば注目をされるのではないかとマリージェーンは考えて実行に移した。確実に育てるために、ガレイド教授の研究室から成長促進剤を持ちだし、振りかけて、あの騒ぎに発展をした。
魔力こそがその者のすべてだという価値観の中で育ったマリージェーンだが、その魔力の半分以上を失くしてしまった。もう十分罰を受けているのでは、とエリーゼは思うのだが、どのような罰が下ることになっても、こればかりは仕方のないことだ。
エリーゼの元には、叔父夫婦から手紙が届いていた。簡潔に、娘を助けてくれたことに対する礼が書かれており、エリーゼは返信を出した。
騒動が収まれば、平和な日常が訪れて、エリーゼは相変わらず屋敷でのんびりと暮らしている。
今日はアレックスと一緒に巣箱を作っている。
「わたしたちの巣箱に、鳥さんたちやってきてくれますでしょうか」
エリーゼはゆっくりと金槌を打ち付ける。
工作は初めてで、けれども庭師のディック老人指導のもと行う作業は楽しくもあって、エリーゼは庭の一角で始めた巣箱づくりに熱中をしていた。
「エリーゼが丹精込めて作っているんだ。居心地がいいに決まっている」
アレックスは先ほどから作業を取り上げたい本音と、エリーゼの自主性を尊重することの間で揺れている。
ペンキを塗るところまではよかったのだが、木の板に釘を打ち付けるという段になって、アレックスが「あとは私がやる」と言ったため慌てて「わたしにやらせてください」と主張をしたのだ。
せっかくなのだから、一つは完成させたい。板を切るところはやらせてくれなかったのだから、金槌で釘を打ち付けるくらいは頑張りたい。
ふくふくとやわらかな羽毛に包まれたぷっくりとした小鳥を思い浮かべると、それだけで笑み崩れてしまう。自分が作る巣箱にはどんな小鳥がやってくるのだろう。
最初はぎこちなかった作業も、一つ完成をさせる頃にはどうにか慣れた手つきになってきた。
「わたし、もしかして巣箱づくりの才能があるのかもしれません!」
やり遂げた達成感に酔いしれてしまう。
「こうして、何かを手作りするのは初めての経験だった。自分の手で何かを生み出すのはよいものだな」
「はいっ!」
出来上がった二つの巣箱はさっそく庭の目立たない場所に備え付けられた。毎日うずうずしてしまいそうだ。
片付けまで済ませても、エリーゼとアレックスはそのまま庭でのんびりと過ごしていた。
マルティニの夏は木陰に入れば、そこまで気温は高くもなく過ごしやすいのだ。南の隣国からは、避暑に訪れる人も多いらしい。
「エリーゼは私にたくさんの新しい景色を見せてくれる」
大きな木の根元に分厚い敷物を敷いた上で夫婦は二人きりだった。
アレックス曰く、夫婦とは膝枕をするものだと言われて、エリーゼは現在彼の膝に頭を乗せている。
とっても恥ずかしくて落ち着かないと思ったのはほんの五分ほどのことで、彼が優しく髪の毛を梳いてくれるから、すっかり安心してくつろいでしまっている。
「わたしも、アレックスと結婚をして、世界が広がりました」
「私はどちらかというと、きみを腕の中に閉じ込めておきたい」
唇に彼の指が触れていく。
下から見上げると、彼の優しい瞳に見つめられていて、胸の奥に花びらが舞う。ふわふわと、たくさん花吹雪が吹いていく。それはきっと、エリーゼの恋心なのだろう。
「わたしは、いつまでもアレックスのものです」
「いつまでも離さない。きみは自分のしたいことをすればいい。だが、エリーゼの帰ってくる場所はここだ。私のもとだけだ」
「はい。たくさん、わがままを聞いてくださってありがとうございます」
「きみがしたいことに反対をするつもりは無い。ただ、私の隣にいてほしい。それだけだ」
エリーゼは今後もガレイド教授のもとに通う予定だ。
フィービーともっと仲良くなりたいし、珍しい魔法植物を育ててみたいし、修道院のために薬草だって届ける所存だ。
冬になれば、公園で水鳥たちにごはんのおすそ分けをするつもりだし、社交だって頑張りたい。
「少しずつ、出来ることを増やしていきたいです」
緑の手の能力については、まだまだ分からないことが多いし、発動するにもむらがある。誰かの役に立てるのなら、能力についてきちんと知っておきたい。
アレックスがエリーゼの背中に腕を回し、身体を起こした。
そのまま前かがみになったアレックスによって唇を塞がれる。優しく触れるだけの口付けを幾度も受けていくと、身体の奥が震えていく。
ここが外だということも忘れて、エリーゼはアレックスとの口付けに夢中になった。
身体の芯に熱情が灯り始める。小さな疼きだったものが大きくなっていき、知らずに身体を揺らしていく。
アレックスはエリーゼの小さな変化も見逃さずに、さらに口付けを激しくする。
「っぅ……」
一度強く舌を吸われた後、アレックスが唇を離した。
塞ぐものがなくなってしまい、なんだかとても寂しくなる。
真っ赤に熟れた頬と潤んだ瞳でアレックスを見つめると、彼は指の腹でエリーゼの唇の端をぬぐった。
「ずっと、忙しくてきみを可愛がることが出来なかった。そろそろエリーゼ不足でどうにかなってしまいそうなんだ」
切々とした訴えに、籠った熱がさらに大きくなっていく。
エリーゼだって、それは同じだった。忙しく外出するアレックスとの戯れは、ほんのささいなものばかりだった。
互いに視線を絡ませ合う。それだけで心の内側から焼け付くように、身が焦がれる。
言葉なんて何も要らなかった。
じっと見つめると、アレックスがエリーゼをふわりと抱きかかえた。
そのまま彼は、エリーゼを夫婦の部屋へと連れて行く。
これから起こることを予測して、心臓が早鐘を打っていく。けれどもそれは、緊張とか不安とかそういう類のものではなく、甘い時間を期待する種類のもので。
「アレックス」
「エリーゼ、愛している」
エリーゼ不足だと言いながら、彼は巣箱づくりに付き合ってくれたのだ。そのことが嬉しかった。エリーゼと一緒に生きることを楽しんでくれるから。彼と出会って、エリーゼの世界は大きく広がったから。アレックスがエリーゼの背中を押してくれるから。彼はたくさんのものを自分にくれる。
アレックスと一緒になって、息をすることがとても楽になった。
魔力を持たなくても、エリーゼのままを愛してくれる人が側にいる。それはなんて幸せなことだろう。
「たくさん、愛してください」
赤くなった顔で囁くと、アレックスの腕にぎゅっと力が籠ったような気がした。
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