第40話 エリーゼのちから8

 どうして。どうして、こんなことになったの?

 マリージェーンは途絶えていく意識の中、自分の身に起こったことを思い返そうとしていた。


 エリーゼのインチキの種を明かしたかった。植物なんて、誰にだって育てることができる。それをさも特別だという風に細工をして、王太子妃殿下にまで取入って。


 だいたい、アレックス・シェリダインと結婚したことだって許せなかった。マルティニ王国で一番強い魔力を持つのだ、彼は。周辺諸国でも群を抜いた存在でもある彼が、どうして魔力なしの落ちこぼれお荷物女と結婚をしなければならない。


 存在自体が目障りだという人間が、この世には一人や二人存在する。マリージェーンにとっては、それがエリーゼだった。


 彼女が褒め称えられるのを聞いて、ある考えが浮かんだ。

 自分も、希少な植物を育ててみればいい。そして、エリーゼの鼻を明かしてやる。


 何代か前のフォースター家の当主が蒐集家だというのなら、きっと屋敷の中にまだ見ぬお宝が眠っているはず。マリージェーンは家探しをした。物置として使われている部屋だけではなく、屋根裏まで向かい魔法を駆使して床下まで探った。


 執念で見つけたのは、暖炉の下の小さな隠し穴に仕舞われていた、小さな箱だった。封印の魔法がかけられていて、興奮で頬が赤くなった。

 封印の魔法自体は大したものではなく、ちょっとてこずったけれども開けることが出来た。箱の中身は植物の種だった。


 マリージェーンはほくそ笑み、見つけた種を蒔くことにした。しかし、発芽をしただけではインパクトに欠ける。魔法学院の選択授業にはガレイド教授の講義もあったはず。ちょうど、魔法植物の効率的な育て方という内容で、運の良さに笑みが止まらなかった。


 彼は講義中に、自作の成長促進溶液を自慢しており、マリージェーンは彼の研究室からこっそりそれを拝借した。ちょっと借りるだけだ。事後報告でよいと思った。


 だって、これは彼の研究の一環でもある。植物馬鹿の教授のことだ。成長した珍しい魔法植物を見せれば喜び飛びつくだろう。


 自分にだって魔法植物くらい育てられる。エリーゼの力なんて、珍しいものでもなんでもない。その鼻を明かしてやる。

 失敬した薬剤を土の上から振りかけて、それからしばらくして。


「いや……」


 マリージェーンは太くて茶色い木の枝に羽交い締めにされながら、身体の中から命の力が搾り取られていることを感じていた。

 本能が告げている。自分の中から大切な力が流れ出ていると。


「うう……」


 たった短時間で恐ろしい速さで成長をした植物は、マリージェーンの手には余り過ぎる代物だった。

 誰にも見つからないように、夜に薬剤をかけた。種を蒔いて数日は、水をかけるだけだったのだが、なんの変化も見せなくて焦れたのだ。


 すると、突然芽吹いたかと思ったら、ぐんぐんと成長を始めた。天井に到達をしても茎は伸び続け、いつの間にか茶色く固い幹になり、窓を突き破り、そして天井をも突き破った。


 慌てたマリージェーンは魔法を使った。成長を止めようと根元を狙って攻撃魔法を仕掛けたのだが、植物はその魔法を吸収した。あげく結界魔法をも突き破り、騒音に驚いた伯父マーカスの魔法すら飲みこんだ。


 数本芽生えた植物は互いに結束し、合わさり、一つの大きな集合体になって屋敷で暴れまわった。


「く、る……しい」


 どうにか抵抗しようと魔力を呼び起こすと、それをやつらは奪っていくのだ。先ほど捕らえられたマリージェーンにもはや何の気力も残されてはいなかった。


 あとはこのまま息絶えるだけだ。魔力も生気もなにもかもが、奪われる。

 誰かの声が聞こえるけれど、答えるだけの力がない。

 今、フォースター家の屋敷はどうなっているのだろう。崩れたがれきの影に隠れて反撃しようとしたところで茶色の枝に捕まってしまったから、さっぱり分からない。


 いよいよ、意識が混濁してきた。

 最後に、聞こえてきたのが従姉の叫び声で、マリージェーンは、こんなときにまで気に食わない従姉の声を聞かせるなんて気の利かない頭ね、と罵った。

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