第35話 エリーゼのちから3
多忙なブリギッタだから、そうはいっても手紙など簡単に届かないだろうと思っていたら、翌日には招待状が届いた。
今日の茶会にはミモザ夫人も出席をするという。
王城では貴族階級の女性のためにいくつかのサロンが解放されている。みなお茶を飲んだり、刺繍を刺したりしながら、談笑にふけり、夫の代わりに社交に励むのだという。ご婦人同士の横のつながりは馬鹿にはできない。
エリーゼもアレックスの妻として、頑張る所存だ。
手持ち無沙汰になったときのために、今日は刺繍の道具も持った。刺すのはアレックスのための手巾である。
彼には日ごろからたくさん良くしてもらっているし、この間欲しいものを聞かれたため、庭に巣箱を設置したいとお願いをしてみた。すると、アレックスは微笑んで承諾をしてくれた。今度一緒に巣箱をつくる約束までしてくれて、エリーゼの目下の楽しみでもある。
(王家主催の舞踏会よりも楽しみ、だなんて言ったら怒られちゃうかしら)
そう、シェリダイン家に嫁に来て最初の大仕事が待っているのだ。
それは来月に開催される舞踏会。毎年、夏の精霊祭の日に、王城で開かれる舞踏会。
大陸で信じられている神が、四大精霊を生んだ日とされていて、この日はどの地域でも大なり小なり祭りが開かれる。
フィデリスの市民は祭りに興じ、王家はこの日に舞踏会を開く。一年間でなにか功績を遺(のこ)した市民階級の人間も招待される日で、王城からは花火も上がるのだ。
幼いころは、純粋に舞踏会に憧れを持っていたけれど、大人になっていざ自分が出席となると胃が痛い。
毎年さぼっているアレックスの気持ちもわかるというものだ。招待状は届けられるが、出席義務は無いのだ。念のために言っておくと、王からの招待状は名誉なことでもあるため、よほどの理由がなければ欠席などしないのだが。
舞踏会本番に慣れておくためにも、今から王城に通っておくのは悪いことではない。
サロンに招き入れられたエリーゼはミモザ夫人と同じテーブル席に着いた。
日当たりの良いサロンにはいくつかのテーブル席が設けられていて、それぞれに何人かの貴婦人たちが座り、談笑にふけっている。
「新婚生活はどう、エリーゼ」
「はい。おかげさまで、順調です」
「まあ。さっそくのろけちゃって。可愛いがってもらっているのね、エリーゼ」
よい話題を提供してしまったようだ。
身の置き場に困って、身を小さくしてしまう。
給仕係がエリーゼのためにお茶とお菓子を用意してくれる。ブリギッタが言った通り、凍らせた果実を薄く削った氷菓子が供される。黄緑色のそれは、マルティニでは珍しくもない果実だ。バニラアイスクリームが横に添えられていて、黄色いソースがかかっている。
口に含むとパチパチと弾けた。面白い食感に目を丸くする。
「あなたが薬草を育てていると言っていたから、わたくし、最近ハーブのお茶をよく飲んでいるのよ」
ミモザ家で礼儀見習いをしていたときに、趣味の薬草園について話したことがあったのだ。
「なんのお茶ですか?」
「カミツレが多いかしら」
エリーゼも摘んだ花を乾燥させてお茶を作り、使用人たちに分けていた。ちなみに修道院でも育てていて、馴染みの修道女からはミルクと一緒に温めて飲むのも美味しいと教えてもらった。
話の流れで、そのようなことを話せばミモザ夫人は興味を持ち、「今度試してみようかしら」と相好を崩した。
「紅茶と混ぜて飲むのも好きです」
「バラの花びら入りの紅茶も香りが良くて好きよ」
お菓子を食べつつ、会話に花が咲く。
のんびりとした空気が心地よい。
「植物といえば、あなたいま有名人じゃない。希少な能力を開花させたのですって」
情報通のミモザ夫人も、エリーゼがエ・デューラ・ベルゾアを開花させたことを知っていた。
「まだ、実感がわかないのですが、きちんと調べるために王立魔法学院に通うことにしました」
「もともとはフォースター家から献上されたという種だったのだわね。わたくしも見てみたかったわ」
咲いたエ・デューラ・ベルゾアは貴重なサンプルということで、魔法により現状保管されるものと、乾燥させて保存させるものなどに分けられたという。
エリーゼの手元には花をつけていない苗があるのだが、咲かせどころを見失ってしまった。そんな貴重な代物だと思わず育てていたため、ほいほい咲かせてしまってよいものか迷っているからだ。
しかも、ガレイド教授以下、植物学の研究者たちは、どうやらエリーゼの苗を狙っているらしい。ついこの間まで謎植物と呼んでいたことが懐かしい。
ミモザ夫人の弁では、フォースター家にはまだお宝があるに違いないと、魔法使いの蒐集家らが最近マーカスにすり寄っているのだという。
「二人でなにを盛り上がっているんだ?」
ブリギッタが現れた。
これまでべつのテーブル席に座っていたのだ。主催者である王太子妃は、それぞれのテーブル席を順番に回り、談笑をしていく。
「舞踏会が楽しみだというお話ですわ、妃殿下」
ミモザ夫人が微笑んだ。どうやらエ・デューラ・ベルゾアの話題は終了らしい。
「もう、来月の話だな。エリーゼ、ドレスは決まったのか?」
「はい。仕立て屋がこの間採寸に来ました」
「まあ、何色のドレスにするつもりなの?」
と、ミモザ夫人が無邪気に尋ねる。
「いくつか色見本を見せてもらったのですが」
夜会用のドレスの布地はどれも美しく煌びやかですっかり気後れをしてしまっている。
光沢のある絹の生地に薄紗の繊細な布地など、どれも高級品だとわかるからこそ、何を選んでいいのかわからない。
「エリーゼは何を着ても似合うと思うが」
絶世の美女にそんなことを言われてしまい、エリーゼは慌てて首を横に振る。
「それに、今年はエリーゼがシェリダインを引っ張り出してくれる予定だから、そっちのほうに期待をしている」
「うまくいくでしょうか」
こればかりは苦笑いだ。
現在絶賛行きたくない病を発症しているアレックスである。舞踏会ともなると大勢の人間から声を掛けられ、女たちに追い回され、香水臭いとのこと。しかも、真剣な顔をしてエリーゼにいらぬ虫が寄る危険性があるから、舞踏会などという不埒な場所への立ち入りは禁止だと言ってくる始末だ。諫めたリッツは盛大にため息を吐いていた。
「シェリダインを連れてきたら、エリーゼ。きみも彼の余興を見ることが出来る」
「余興ですか?」
「毎年、王付きの魔法使いたちが持ち回りで、余興で魔法を見せるのよ」
ミモザ夫人が説明を付け加えた。
「そうだ。場を盛り上げるために、魔法で花火を上げたり出し物をする。去年はそれはもう見事だった。あれはもはや自慢大会かかくし芸大会の一種だな」
王付きの魔法使いは現在四人いる。各それぞれ得意分野があり、張り切るのだという。
その話を聞いたエリーゼは、当然のことながらアレックスの魔法を見てみたいと思ってしまった。実用的な魔法は何度も目の当たりにしたのだが、人を楽しませる類の魔法はまだ見たことが無い。
「彼は毎年逃げ回っているらしいな」
ブリギッタがくつくつと笑った。
王城からあがる花火は担当部署の魔法使いが準備をする。王付き魔法使いによる余興は、その年の王の気分によるご指名制だとのことだが、それは表向きでほぼ順番に巡ってくるのだという。
「エリーゼはアレックスにこう言えばいい。余興を楽しみにしている、と」
ブリギッタは片目をつむった。
「そうすればあの男は絶対に引き受ける」
「そんなにもうまくいくのでしょうか」
「もちろん。あやつはエリーゼにベタぼれだからな。可愛らしく目をキラキラさせたら絶対に張り切る」
にぎやかな場所が好きではないというアレックスを舞踏会に引っ張り出すのは大変な作業だとは思うが、彼の魔法を見てみたいと思った。
(わたしに、うまくできるのかしら?)
内心首を傾げたが、他のみんなも楽しみにしているというのなら、頑張ってみようと思った。
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