第34話 エリーゼのちから2
その日の帰りはフィービーが門まで送ってくれることになった。
フィデリス郊外にある魔法学院にはいくつかの門があり、生徒が普段使うところとエリーゼが入退場に使う門は別だ。
もう間もなく夕方なのだが、日の位置はまだ高い。
日傘をさしていても、眩しいくらいだ。
遠くの方からは生徒と思しき軽やかな声が聞こえてくる。優秀な魔法使いの卵たちだが年相応なはしゃぎ声にほんわかする。
「そういえば、この時期は食堂で氷菓子を提供しているんですよ」
フィービーが手でぱたぱたと顔を仰ぎながら教えてくれる。
エリーゼは興味を引かれた。まだフォースター家にいたころ、時折マリージェーンはエリーゼに魔法学院での生活を一方的に聞かせてきた。エリーゼでは決して入学できない、国の最高魔法学府である学園の生活がいかに充実をしているか。彼女はことあるごとに自慢をしてきた。
「たしか、氷魔法で果物を凍らせて薄く削り出すのだとか」
「ええ、その通りです。冷たくてとっても美味しいですよ。付け合わせにアイスクリームを頼むのも、また格別で」
フィービーがとろんと、頬を緩ませる。
「まだお時間があるのでしたら、是非ともご一緒しませんか」
その提案は魅力的だった。日差しのせいか、冷たい食べ物に、体が反応してしまう。
「ぜひ、ご一緒したいです」
それに、フィービーは趣味で化粧品や軟膏なども作っているのだ。お肌によいという手作りの石鹸や化粧水などの作り方は聞いているだけでも興味深い。
二人は意気投合して進路を食堂へと転換した。
「うふふ。わたし、普段はずっと研究室に閉じこもっているので、女性同士で甘いものを食べに行く機会ができて嬉しいです」
喜ぶフィービーにエリーゼも浮足立つ。
友達がいなかったエリーゼだって、女の子と甘いものを食べる行為は初めてで。
アレックスと一緒の時とは違う、ふわふわとした心地になってしまう。
他愛もない話をしながら歩いていると、前方から学院の制服を着た少女たちが歩いてくるのが見てとれた。
その中の一人が、こちらを見て目を見開いている。
エリーゼも同じような顔を作った。
「ちょっと! どうしてエリーゼがここにいるのよ⁉」
かち合ったのはマリージェーンだった。彼女の周りには友人らしき、少女が三人いる。
ちょうど、食堂の建物のすぐ近くでのことだった。
マリージェーンは濃紺色の制服の上からローブを羽織っている。ローブを止める飾り紐の色で学年が分かるというのは、以前マリージェーンが自慢げに話していたことだ。
「わたしは……ガレイド教授に用事があったの」
「用事ですって……?」
マリージェーンが眉を顰めた。それからややして、「ああ、そういえばインチキをして何とかっていう花を咲かせたんだったわね」と低い声を出した。
マリージェーンの傍らにいる少女たちの目線のみの問いかけに対して、マリージェーンが再度口を開く。
「この子、わたしの従姉なのよ。フォースター家の直系のくせに魔力なしで生まれてきた恥さらしで。そのことがよっぽど悔しかったのか、王家の温室でインチキをして花を咲かせたらしいわ」
エリーゼを蔑む声色と顔に、俯きたくなった。
言われ慣れているとはいえ、聞くたびに心臓がきゅっと縮こまる。
マリージェーンの友人たちは、顔を見合わせて戸惑いがちに視線を彷徨わせる。
誰かが「ということは、このお方は、あのシェリダイン閣下のご夫人?」と呟いた。
「こんなのが、アレックス・シェリダイン閣下の妻になるだなんて、わたしはまだ納得していないんだから!」
「わたしも聞いたわ。シェリダイン閣下の妻となった方は、魔力を持っていないのだと」
「魔力なしの娘がマルティニ一番の魔法使いの妻になったというのは本当だったのね」
マリージェーンの強気な態度に感化されたのか、少女たちがエリーゼを睨み始める。
「どうして、魔力なしの部外者がこの学院の敷地内にいるのかしら」
マリージェーンがエリーゼの前に一歩、二歩と近づいた。
「エリーゼ、さっさと出て行きなさいよ!」
エリーゼがガレイド教授の元に通うことは魔法学院の学長も認めている。だからマリージェーンたちに出て行けと言われる筋合いはない。
心の中ではうまく言えるのに、口に出そうとするとうまくいかない。長い間、ずっとマリージェーンに劣等感を抱いてきた。魔力なしと言われ続けて、自分のことを価値のない娘だと思っていた。
でも、アレックスはありのままのエリーゼが好きだという。
結婚をして出会った人々はエリーゼを魔力の有無で判断しない。きちんと個を見てくれる。フィービーだってそうだ。共通の趣味で盛り上がった。
「わたしが、この学院に通うことは……学院長も認めてくださっているわ」
「なっ……。落ちこぼれの分際で生意気なのよ!」
まさか反論されるとは思っていなかったのか、マリージェーンの頬が気色ばむ。
声が一段と高くなり、エリーゼにもう一歩近づいた。
「名前は存じ上げませんが、エリーゼ様は緑の手を持っているすごい人なんです。生徒の勝手な考えでこの学院の出入りを制限することなんてできません」
「あなた、たしか……ガレイド教授のところの」
フィービーが口をはさむと、少女たちの目が一斉に彼女に向けられる。
「それに、エリーゼ様の力はインチキではありません。まだ能力にムラはありますが、きちんとその特性を理解して使用すれば、幅広く役立ちます」
力強いフィービーの言葉がエリーゼを勇気づけてくれる。
まだ自分でも実感がわかないけれど、彼女の期待に添いたいと思った。
「なによ。変人植物学者の弟子風情が、うるさいわよ。この学院出身でもない癖に、わたしたちに指図しないで!」
「そうよ」
「大人しく森の奥に引っ込んでいなさいよ」
エリーゼをかばったおかげで攻撃対象がフィービーにまで広がってしまった。収拾がつかなくなりそうで、どうやってこの場をおさめたらいいのか途方に暮れる。
やっぱり、自分たちが食堂から去った方が丸くおさまるのかもしれない。
「へ、変人なのはガレイド教授一人です!」
フィービーが的の外れた反論を始めたそのときだった。
「おや、エリーゼではないか」
凛としたよく通る声が女たちの喧騒の中に届いた。中性的な声は、高くは無いが、どこか人を惹きつける魅力を持っている。
その場にいた全員が、声の方へ顔を向ける。
「王太子妃殿下」
エリーゼは慌てて日傘を畳み、淑女の礼を取った。
マリージェーンたちも、エリーゼの声に慌てふためき、同じく膝を折り曲げて礼を取る。フィービーも右に同じくだ。
銀髪を頭の上でひとまとめにしたブリギッタの周りには、数人の騎士たちが佇んでいる。
「楽にしてよい」
ブリギッタの許可が下り、全員が頭を上げた。
それにしても、どうして彼女がここにいるのだろう。
エリーゼの疑問が顔に出ていたのか、ブリギッタが小さく肩を揺らした。
「今日は学院の生徒たちに氷魔法の実技演習の特別授業をつけたんだ。魔法騎士候補を今から見定めたくてね。とくに氷魔法の使い手を育てたいと思っている」
もともと他国の王室の一員で、騎士隊長でもあったブリギッタらしい言葉だ。
「それで、エリーゼは……ああ、定期的にこの学院に通うことになったと聞いたな」
一人で納得をしたブリギッタは続けてエリーゼに近況を促す。
エリーゼは彼女の求めに応える形で、今日の出来事などをぽつぽつと話した。
王太子妃の登場に、マリージェーンたちはすっかり委縮をしていた。
立ち去るタイミングを見失い、ブリギッタがエリーゼに親し気に話しかける様相に一様に驚いた。
「食堂の氷菓子か。それはわたしくしも興味があるが……」
すると、ごほんという咳払いが聞こえた。
ブリギッタは恨めしそうにじろりと騎士の一人を睨みつけた。当の騎士はどこ吹く風だ。
「今日は時間がなさそうだ。エリーゼ、学院通いもアレックスの相手もいいが、わたくしの元にもたまには顔を出してほしい。夫の相手ばかりではつまらなくてね。氷菓子ならわたくしも用意させておこう」
「はい。ありがとうございます」
「では、招待状を出すよ」
ブリギッタはそう言って騎士たちを引き連れて去っていった。
マリージェーンの友人たちは、今のやり取りを見てそそくさと退散をしてしまった。
「なによ。王太子妃殿下は間違っているわ……」
マリージェーンは、悔し紛れな一言をエリーゼに吐き捨てて、友人たちの後を追った。
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