第32話 特異能力の開花7

 アレックスと気持ちを確かめ合ってから、二人の距離は格段に縮まった。


 毎日のように求められ、そのたびにたくさんの愛を身体に刻み付けられる。エリーゼの白い肌はたちまちアレックスの所有印だらけになって、侍女たちの手前恥ずかしいのに、独占欲丸出しの彼の行為に心が満たされてしまうのも事実だった。


 今日も、朝目が覚めるとアレックスによって唇を塞がれた。

 朝から敷布の上に縫い留められ、口内を蹂躙される。


 今日は魔法学院に通う初日だ。それもあって、昨日は健全に過ごしたのだが、アレックスは果たして今日がどういう日なのかを覚えているのだろうか。


「ん……」


 アレックスの手のひらがエリーゼの片方の胸の上に置かれた。不埒に動き回る手のひらの感触に、身体が否応なしに反応してしまう。


「だめです」

 首を左右に振って、どうにか口付けを止めてもらい、必死になってアレックスの下から逃れる。

「エリーゼのここに、私の所有印を付けておきたい」


 アレックスが指先で示したのは、エリーゼの首筋だ。さすがに人から見えるところは恥ずかしすぎる。青い顔をして首を左右に振ると、アレックスが至極残念そうな顔をつくった。


「今日は私も学院まで送っていく。よくよく釘を刺しておかなければならない」


 エリーゼのやりたいことを尊重してくれるアレックスだが、やはり色々と心配らしい。

 朝食をとって着替えて出かける準備が整い階下へ降りると、当然のようにアレックスが同じ馬車に乗ってきた。


「お仕事は大丈夫です?」

「もちろん。きちんと調整はしてある」


 からからと軽快に車輪が回る音が聞こえてくる。


 フィデリス郊外に作られた王立魔法学園は、選りすぐりの魔法使いのみが在籍を許されるマルティニ最高峰の魔法学校だ。


 貴族の称号を持つ家の子供であっても魔力・知識量・技術力が無いと入学をすることができない完全なる実力主義の学院。十三歳から十八歳までの魔法科のほか、専門分野を極める大学院も同じ敷地内にある。


「アレックスも通っていたんですよね」

「ああ。卒業をしたのは十八の年だった」

「大学院には行かれなかったんですか?」

「飛び級して卒業をしたのが十八だった」


 通常大学院を卒業するのは二十二の年だ。


「優秀だったのですね」

「ブラッドリー殿下に言わせれば、魔法馬鹿とのことだ。確かに、あの頃の私は魔法のことしか頭になかった」


 アレックスが少し自嘲気味に笑った。

 アレックスはどのような学生時代を過ごしていたのだろう。


 ガレイド教授は彼とも面識があるし、幾分気安い会話をしていた。


「わたし、今回王立魔法学院に通えることになって嬉しいです。だって……、アレックスが在籍をしていた学院に、足を踏み入れることが出来て。アレックスの学生時代を想像して、わたしも同じ場所を歩いているんだなあって思うとドキドキします」


「エリーゼ」


 互いの視線が絡みあう。なんだかとっても照れくさい。

 エリーゼはアレックスのことが好きなのだ。彼と同じ学舎に通えるというだけで浮足立ってしまう。


「これを渡そうと思っていた」


 アレックスが懐から何かを取り出した。

 手のひらを差し出すと、その上に細い鎖が置かれた。一粒の石がついた首飾りだ。


「これは……?」

 親指の爪ほどの透明な輝石だ。薄い青色をしている。

「魔法石だ。この中に私の魔力を閉じ込めている」


 魔法石は聞いたことがある。魔法の力を備えている石で、とても希少なものだ。

魔法石には色々と特色をもったものがあり、アレックスがくれたこれは、魔力を溜めることが出来るのだという。魔法由来の危険を感知すると、結界を発動するように彼が魔力を込めたのだという。


「そんな大切なものをわたしが持っていて大丈夫ですか?」

「もちろん。きみのために用意をした。何か不測の事態が起こったときに作用する」

 アレックスはとても真剣な目をしていた。


「ありがとうございます」


 エリーゼはきゅっと魔法石を握りしめた。魔力のないエリーゼでも扱うことが出来るという。


「私の代わりだ。いつも側にいることが出来ないから、それを持っていてほしい」

「はい」


 心のこもった贈り物をエリーゼは大切にしようと決意する。

 にこりと微笑むと、そのまま唇を塞がれた。


「ん……」


 するりと口内に舌を入れられてしまう。舌同士を擦られ、上顎を舐めらえると、途端に身体が弛緩してしまう。


 アレックスに身体を引き寄せられ、エリーゼは彼の両肩に手を添えた。

 気をよくしたのか、アレックスの舌戯が激しさを増し、エリーゼは呼吸ごと強く吸われる。

 強い想いが口付けに溶け、本能のままに貪られ、エリーゼはすべてを彼に明け渡してしまいたくなる。

「んん……」


 飲みこめなかった唾液が口の端から流れ落ちそうなった。

 それをアレックスが指で拭う。


「エリーゼ、愛している」


 そっと唇を離したアレックスが、エリーゼの耳元で囁いた。

 乱れた呼吸を整えながら、潤んだ瞳で隣を見れば、熱を孕んだ瞳に捕らえられる。


「お腹を空かせた男が倒れていても、食べ物をやったらだめだ」

「ええと……?」


 ものすごく唐突に話が変わって目を瞬いた。


「鳥に餌をやるのはいいが、私以外の男を餌付けしたら駄目だ」

「お腹を空かせていたら、助けてあげるのが道理なような……?」


 まっとうに指摘をすると、アレックスがこの世の終わりのように悲壮感を漂わせ始めた。

 彼の背後の空気が昏くなってしまい、エリーゼは慌てた。おろおろしていると、アレックスに軽く口付けをされる。


「きみにとっては他愛もないことだったのだろうが、私にとってあの出会いはそれくらい大切なものだったんだ」

「……っ」


 顔が真っ赤になってしまい、もうしばらく馬車には走り続けてもらいたい。


 アレックスの見せた嫉妬に喜んでしまう自分に少し呆れながらも、あの出会いがそこまで彼の中で大切なものになっていることが胸の中に染み入ってくる。


 やがて馬車が王立魔法学院の門前へ到着した。

 今日から、新しい生活が始まるのだ。そのことにちょっぴりドキドキしながら、エリーゼは、とん、と馬車から降り立った。

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