第28話 特異能力の開花3
昼食後、アレックスが王城の奥にある温室と庭園を案内してくれるという。
ブリギッタは公務があるとのことで名残惜しそうに去っていった。ブラッドリーも同じくだった。
両殿下とは婚約が決まった直後のお茶会で言葉を交わしたきりだったのに、きちんとエリーゼのことを覚えてくれていたことが嬉しかった。
着替えをするというアレックスと別れて、エリーゼは王城仕えの侍女に案内をされ、先に向かうことになった。
一度馬車に乗り王城の通用門を抜け、来訪者のための控えの間が集まる一角へとやってきた。回廊一つとっても絢爛で、エリーゼはつい視線が散漫してしまう。
シェリダイン家の妻なのに、場慣れしていないことが知れてしまう。慌ててすました顔を作ってはみるものの、様になっていないのではと内心びくびくしてしまう。
こんなことで、アレックスの妻として王家主催の舞踏会に出席できるのだろうか。緊張のし過ぎで転ぶ未来しか見えない。
こっそりため息を吐くと、前から「エリーゼ」と驚いたような声が聞こえた。
慌てて視線を上げると、正面からマーカスがこちらへ向かって歩いてくるのが見てとれた。
先導する侍女が壁側に寄り目礼をする。
マーカスはずかずかとエリーゼの目の前までやってきて足を止めた。
「おまえ、何をしている?」
エリーゼはびくりと肩を揺らした。昔から、この父の高圧的な声が苦手なのだ。
「アレックス様が……その、王城の温室を案内してくださると……」
小さな声で来訪目的を告げると、マーカスがあからさまにため息を吐いた。
「まったく。おまえのような無能者がシェリダイン閣下の妻になったことだけでもおこがましいというのに、その上閣下にわがままを言うなど。おまえはどれだけ私に恥をかかせるつもりだ」
上から決めつけるような物言いと、久しぶりに聞いた父の蔑みを含んだ言葉の数々に委縮する。彼はまだエリーゼがアレックスの妻になったことを認めていないのだ。
「おまえは我が家の恥さらしなのだから、大人しくシェリダイン家の屋敷の中に閉じこもっておけばいいものを。おまえのくだらない趣味に閣下の手間を掛けさせるな。さあ、早く帰れ」
マーカスが強い口調と共にエリーゼを外へ追い出そうと両肩を掴んだ。
侍女は突然のことに目を白黒させている。マーカスは爵位持ちで、立場もある人間だから、止めてよいものか判断ができないのだろう。
このままでは追い出されてしまう。
しかし、エリーゼもまた、父に逆らう気力を持つことが出来ない。
そのときだった。
「フォースター侯爵。私の妻から手を離していただきたい」
アレックスの有無を言わさぬ声が割って入った。
マーカスがエリーゼから顔を上げた。エリーゼの耳に彼の息を呑む音が落ちてきた。
大股で歩き、エリーゼのすぐ横までやってきたアレックスに対して、マーカスが少しだけ距離をとるように、後ずさる。
「シェリダイン閣下。不肖の娘がご迷惑を。どうせ、いらぬわがままを言ったのでありましょう。魔力が無いものだからか、昔から土いじりくらいしか趣味を持たぬ変わった娘でしてな」
頭をわずかに下げたマーカスを、アレックスは冷たく一瞥した。
「たとえ彼女の実の父であっても、今後エリーゼを貶める発言は控えてもらいたい。エリーゼは私の妻だ。私の許可なく、彼女の行動を制限するのはやめてもらいたい」
「なっ……」
アレックスは声を発しながらエリーゼを胸の中に抱え込む。
ぎゅっと背中に回された腕の力に、強張っていた力が抜けていく。
マーカスは何を言われたのか頭の理解が追い付かず、口を中途半端に開けたままアレックスを凝視する。
「温室への案内は私がエリーゼに提案をしたことだ。あなたにどうこう言われる覚えはない」
「しかし、このような魔力なしの娘があなたのような偉大な魔法使いの妻になるなど本来あってはならないことですぞ!」
マーカスが声高く叫んだ。すっかり話がずれてしまっているが、アレックスは律儀に応対する。
「侯爵がエリーゼを手放すというから、私がもらい受けたまでのことだ。それにしても可哀そうなお人だ。魔力の有無でしか、人を判断できないとは」
「なっ……大事なことでしょう」
「私は別に特別この力がすごいとは思わない」
アレックスはそこで言葉を止めて、エリーゼに顔を寄せた。
「待たせてしまってすまない。汗くさい男は嫌われると思って、身ぎれいにしてきた」
確かに今の彼からは清涼な香りが漂っている。その香りと、アレックス特有のいい香りがしてきて、緊迫した場面なのに妙にどぎまぎしてしまう。
訓練直後だって、別段不快ではなかった。アレックスはいつだって素敵だ。
「では失礼する。妻には今後近づかないで貰いたい」
アレックスは言いたいことだけ言って、エリーゼを促した。彼に釣られるように、歩き出し、そっと背後を見やると、呆然とするマーカスが目に入る。
たとえ花嫁支度を整えてくれたとしても、父はやはりエリーゼとアレックスの結婚を認めていなかったのだ。では一体、どういういきさつでアレックスの妻にエリーゼが選ばれたのか、未だに分からなくて、すぐそばを歩く彼をそっと見上げた。
父から自分のことを庇ってくれたことが、今になって心の奥に染みわたる。
アレックスはエリーゼをお荷物だとは言わないし、新しい居場所をくれた。
改めて、自分にはもったいない人だと感じてしまう。
「今日のこれは私が勝手にきみの時間を借りただけだ。きみが気に病むことは無い」
「ありがとうございます。とても……嬉しいです」
エリーゼは素直な気持ちを伝えた。すると、アレックスのまとう空気が途端に柔らかくなった。互いに視線が絡み合い、気恥ずかしくなってしまう。
彼の言葉を自分の都合のいいように解釈をしてしまいたくなって、慌てて気を引き締める。
その後は特に足止めも無いまま、温室へとたどり着いた。
「今日は、温室に王立魔法学院の教授が来ているそうだが、空気のように扱って構わない」
取っ手に手を掛ける前に、アレックスが唐突に話しかけてきた。
エリーゼは少しだけ首を傾けたが、彼はそれ以上は何も言わなかった。
アレックスは勝手知ったる風情で扉を開けてエリーゼを招き入れた。
中は思ったほどの気温ではなかった。魔法植物や希少な植物を保管する目的のため、温度設定はそこまで高くしていないとのことだ。
アレックスはあらかじめ下見をしていたようで、迷いのない足取りで奥へと向かう。
エリーゼはつい気もそぞろになり、躓きそうになった。アレックスに支えられて、顔を赤くする。注意散漫な子供のような所業が恥ずかしい。
温室内は緑で溢れかえっている。地面に直接様々な植物が植えられていて、雑多な印象を与えていた。奥には人が隠れてしまうくらい大きな葉っぱの木が生えている。
アレックスと一緒に温室の奥へ進むと、彼が示した場所に見慣れた形の葉を見つけた。
直植えされているのは、確かにエリーゼが嫁入り道具と一緒に実家から持ってきた謎植物と同じ苗だった。
エリーゼは近寄って、膝を曲げた。
「わたしが育てているのと同じですね」
「やはりそうか」
二人はしばし謎植物を観察する。
しずかな温室内に、ガサゴソと葉の揺れる音がした。
「その植物に興味があるのか?」
物音に続いて男性の声が聞こえてきた。
びっくりしてその場で固まっていると、葉っぱが大きく揺れて、人が出てきた。
「教授」
呆れたような声を出したのはアレックスだった。
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