第24話 新婚生活が始まりました7
エリーゼたちを乗せた馬車はフィデリス中心へと向かい、二人はその手前で降ろしてもらった。
大陸の中でも、北部に位置するマルティニは冬が長く、春と夏は短めだ。そろそろ春が過ぎ去り、夏が訪れようとしている。一年で一番フィデリスが華やぐ季節の到来である。
家々の露台には花が飾られ、人々は色鮮やかな衣服をまとい、夏の精霊祭では、至る所に
エリーゼは隣を歩くアレックスをちらりと見上げた。
(さっきはどうしちゃったのかしら……? わたし、なにかシェリダイン家の妻に相応しくないことをしてしまった?)
修道院までエリーゼを迎えに来たアレックスの態度が平素よりも硬かったことを、エリーゼは少し気にしていた。
馬車の中で話をしているうちに、彼の顔に笑みが戻り、声もいつも通りに戻ったのだが、自分がシェリダイン家の妻に相応しくないと思っていることもあり、何かしてしまったのではないかという不安に駆られてしまう。
エリーゼは今日一日の行動を思い起こした。
花壇の手入れをして、謎植物に水をやり話しかけて、それから出かける準備をして修道院へ行った。子供たちにお菓子を持っていくともろ手を挙げて歓迎をされ、いつものお礼にと中庭で花を摘んでくれることとなった。
これらの行動の中に、なにかいけないことがあったのだろうか。だとしたらきちんと謝罪をしなければ。
「エリーゼ、もうすぐ着く」
「え、はい」
アレックスは迷いのない足取りで歩いていく。
エリーゼの歩調に合わせてくれていているため、歩くのは苦にならない。
連れて来られた区画は瀟洒な建物が立ち並んでいて、道を行き交う人々は皆小ぎれいに身を装っている。
建物の地上階は様々な店が軒を構えており、それらの看板だけでも目を楽しませてくれる。
アレックスが足を止めたのは、『子猫のしっぽ』と書かれた看板の下だった。看板には可愛らしい子猫と、お菓子の絵が描かれている。
アレックスが入口の扉に手をかけ、開けるとカランとベルが鳴った。
お仕着せに身を包んだ若い女が笑顔で迎えてくれた。
店内は、お菓子が焼ける香ばしい香りに包まれていて、お腹が素直に反応をする。
奥の席を利用したい旨をアレックスが伝えると、中庭に面した席へと通された。淡い赤色の蔓バラが満開でエリーゼはその光景に見惚れた。
「ここはパンケーキが有名らしい」
アレックスがメニュー表を手渡してくれる。
「パンケーキ、昔母とよく食べました」
小さなころを思い出す。きつね色に焼けたふわふわのパンケーキの上にバターと蜂蜜を垂らす瞬間は、まるで宝物を前にしたときのようだった。
何枚も重ねたパンケーキは、幼いエリーゼにとっては、何にも勝るご馳走で、母がたっぷりと蜂蜜を掛けてくれるのだ。それから、大きく切った欠片をフォークで刺して口の中に入れてくれる。
久しく食べていない、子供の頃の思い出のお菓子をアレックスと食べるのが不思議に思える。
注文ごとに焼き始めるパンケーキを待つ間に、エリーゼは母との思い出をつらつらと語った。
蜂蜜を垂らす瞬間が好きなこと。丸い形のバターが熱々のケーキの上でじゅわりと溶けるときの香りが何とも言えないくらい幸せを運んでくること。
五回に一回くらい、パンケーキの横にふわふわのクリームやアイスクリームが添えられていること。
「どうして、毎回ではないんだ?」
「虫歯になってはいけないからと、毎回だと特別感がなくなってしまうからだそうです」
――たまにだからこそ、楽しいし、幸せじゃない?
母の声が耳の裏に蘇る。
「ずっと、忘れていました。……でも、アレックス様と母の思い出を共有できるようで嬉しいです。連れてきてくださって、ありがとうございます」
大好きだった母の昔語りであるせいか、饒舌になった。口が滑らかなまま、柔らかな顔でアレックスに礼を言う。
「パンケーキ、楽しみですね」
アレックスと二人きりでお出かけということも嬉しい。
場がほんわかしたところで思い出す。
(そうだわ。わたし、アレックス様に謝らないといけなかったのに!)
エリーゼは慌てて居住まいを正した。修道院でアレックスの態度が固くなったことはきっと自分が何か失敗をしたせいだ。
それなのに、彼はエリーゼを咎めることなく、怒りを持続させるどころかこちらを気遣ってくれる。
優しいアレックスの隣に並んでも大丈夫なくらい立派な妻になりたい。
「あの、アレックス様」
エリーゼは少し硬い声を作った。
「どうした?」
「先ほどは、シェリダイン家の妻に相応しくない行動をしてしまい申し訳ありませんでした。わたし、もっともっとアレックス様の妻に相応しくなるように、頑張りますね」
「違う。エリーゼは悪くない」
エリーゼの言葉に、アレックスが間髪入れずに答えた。
「え……?」
「……修道院での、私の態度のことを言っているのなら、あれは全面的に私が悪かった。すまない」
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