第20話 新婚生活が始まりました3
朝食が済み着替えたあとで、執事のリッツを紹介された。年を聞けばすでに六十を過ぎているとのことだが、がっしりした体躯と力強い瞳のおかげで年齢よりもだいぶ若く見える。
代々シェリダイン家に仕える彼から、屋敷の主だった使用人たちを紹介された。
その後、屋敷の中を案内してくれた。エリーゼが住まう本棟の隣に小さな別棟があり、そこはアレックスの研究室になっている。余った部屋にアレックスの弟子であるバートが住んでいると聞かされた。
弟子がいることは知っていたが、正式に挨拶はしていない。彼は今日はお休みで、たまにはゆっくりさせてやるのだとアレックスが言うから、顔合わせは後日となった。
「エリーゼ、庭を案内する」
アレックスの先導で、庭へと降り立った。
婚約期間中の、お茶の時間にエリーゼの趣味は庭いじりと話したら、彼はこの屋敷でも好きに庭をいじってもよいと言ってくれた。
新緑が眩しい、一年の中でもエリーゼが一番好きな季節だ。
アレックスが手を差し出してくれたため、ためらいつつも、そっと自分のそれを乗せた。
政略結婚相手にも、彼はとても優しい。
婚約期間中からエリーゼと親交を持とうと、足繁くミモザ家へと通ってくれていた。
「この一角を好きに使えるよう空けておいた」
日当たりの良い場所に土がむき出しになった花壇がある。ふわふわの土は丁寧に耕した証拠だ。
「いいのですか?」
エリーゼはびっくりした。
嫁入り支度に交えて、実家で育てていた名前不詳の謎植物の鉢植えを持ってきて、それだけでも育てさせてもらおうと思っていたのだが、まさか、花壇の一角を好きに使ってよいと言ってもらえるとは思わなかった。
「この鉢植えはどこに置く?」
後ろに付き従う従僕が謎植物の鉢植えを抱えている。
「一つは屋外で、もう一つは屋内で育てていたので、こちらでも同じように育てたいです」 「この屋敷はもうエリーゼの住まいだ。好きな場所に置くといい」
アレックスが目元を和らげた。
その気遣いにじんわりと胸の奥が熱くなる。
感謝の念から、うるんだ瞳でアレックスを見つめると、彼も熱心に見つめ返してきた。
「これが、フォースター家の物置で見つけた、正体不明の種から育てた植物なのだな」
「はい。たまたま虫干しをしていまして、それで何かのはずみで置いてあった箱が落ちてきて、中身が散らばって」
古い魔法使いの家系のため、屋敷には色々なものが溢れている。
古い物置部屋に積まれていた本を探していて、ついでに虫干しをしていたら、偶然に見つけたのだ。何だろうと、訝しんだのだが、どうやら植物の種らしいとわかり、好奇心が勝ってしまい土に植えてみた。
「植物は愛情を掛ければ掛けるほど、よく育つのです」
昔からエリーゼは植物を育てることが得意だった。フォースター家の庭師にも、お嬢様が種から育てると発芽率がよいだの、病気になりにくいだの褒められた。そのことも嬉しくて、余計に世話に熱が入った。
「しかし、植えたはいいのですが、植物栽培は奥が深いですね。そもそも花が咲くかどうかも分からないので、成長しきった姿がこれなのかも、それともまだ成長途中なのかも分からなくて」
種を見つけたのは一年以上前のことだった。それから種をまき、発芽をしたのだが葉っぱは生やせど一向に花が咲かない。
「魔法植物図鑑を開いても見つけられなくて。突然に毒をまき散らすような類ではないと思うのですが」
魔法使い一家であるフォースター家の図書室には魔法関連の本が多く収められている。
エリーゼは魔力こそ備わっていないが、父の意向で幼いころに魔法の基礎的なことは習っている。フォースター家の娘なのだから、無知では困るという考えだった。
魔法植物の中には叫び声を聞くと失神どころか命を落としてしまう物騒な植物や、成長をすると毒液を見境なしにまき散らす花もある。一年以上このままの状態のため、さすがに危険なことはなさそうだが、どうだろう。そのあたり含めて、実は楽しみでもあった。未知なるものへの好奇心だ。
「しかし……フォースター家の物置で見つかったのなら……魔法由来の種であっても不思議ではない」
アレックスのつぶやきはもっともだ。
元は蒐集品だったのだろう。ほこりをかぶった箱の中に保管をされていたため、つい植えてしまった。
エリーゼは鉢植えを、花壇の近くに置いてもらうことにした。
「でも、嬉しいです。結婚をしても庭いじりが出来るなんて、思ってもみなかったので」
夫によっては、妻が庭いじりをすることに難色を示すこともあるだろう。その点アレックスはエリーゼの趣味を聞いても反対することなく、自由にしてよいと言ってくれたのだ。
「私はきみが笑っていられるのならそれでいい。だが……」
「何でしょう?」
「私にもきちんと愛情を掛けてほしい」
腰を引き寄せ、そのようなことを言うのだから、エリーゼとしてはたまったものではない。
じっと見据えられると心臓が大きく騒ぎ出す。
「え……あ、はい……」
何を答えていいのかも分からないまま、エリーゼは返事をした。
アレックスが優しすぎて、どうしたらいいのか分からなくなる。
息も絶え絶えになっていると、アレックスがふわりと微笑んだ。すると、余計に胸の鼓動が早まってしまい、無性にこの場から逃げ去りたくなった。
アレックスがエリーゼの背中にしっかりと腕を回しているため、叶わないのだがこのまま彼の近くにいたら溶けてしまうと思った。
「顔が赤い。もしかして、熱があるのか?」
「え……ひゃぁっ」
エリーゼの額に手のひらをあてたかと思うと、その次の瞬間には横抱きにされていた。ふわりと、彼の香りが鼻腔をくすぐり、昨日までとはまるで違う夫婦の距離に戸惑う。
昨晩、たっぷり愛でられたはずなのに、日の光の下で近しい距離にいることが恥ずかしい。
「わたしは元気です。大丈夫ですから」
「エリーゼは軽いな。それに、とても柔らかい」
アレックスの胸に押し付けられるように、抱く力に力が籠った。
とくん、と彼の鼓動が耳に伝わった。
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