第17話 戸惑いの縁談9

 王太子妃主催のお茶会は終始和やかだった。


 王城の奥の、王家の人々が住まう区画へと案内をされ、大きなガラス窓が眩しい部屋に通された。

 国王夫妻と王太子夫妻、それから王付き魔法使いたちの前でエリーゼはなんとかつっかえずに挨拶をすることが出来た。


 父よりも少し年上の面持ちの国王と、アレックスと同年代の王太子それぞれから言葉をかけてもらったのだが、緊張のし過ぎであまりそのときの記憶が無い。


 隣に座ったアレックスはエリーゼのために椅子を引いてくれたり、お菓子を取り分けてくれたり、何かと気を使ってくれた。


 彼が隣にいてくれたから、どうにか乗り切ることが出来た。

 多忙な王族である。お茶会は一時間ほどで解散となった。


 アレックスが王城の庭園を案内してくれるというので、今は二人で外の風景を楽しんでいる。


 王付き魔法使いである彼にとって、王城は勝手知ったる庭のような場所らしい。聞けば、泊まり込むことも多いといい、シェリダイン家に貸し与えられている部屋があるのだという。


「国王陛下と同じ席に着くだなんて、一生縁がないと思っていました」


 まだ、胸がドキドキしている。王家の人間など、雲の上の存在だったのに、一緒にお茶を飲んだことが、まだ信じられない。


「陛下にはこの結婚にお力になってもらった。私の選んだ相手に会ってみたいとわがままを言ったのは向こうの方だから、あまり気負わなくてよかったんだ」

「お力になって頂くとは、この縁談の許しを得るためということでしょうか?」


 世情に疎いが、アレックスほどの地位の人間の結婚は、国王の承認も必要なのかもしれない。


「今回の縁談を確実にするために、根回しをしただけだ。確かに国付き魔法使いの結婚に承認は必要だが、エリーゼならば問題は無い」


 アレックスの中でフォースター家との縁談はそこまで重要なものなのだろうか。

 確かにマーカスはよく家柄自慢をしていた。由緒正しい魔法使いの家系で、代々優秀な魔法使いを輩出していることを、ことのほか誇っていた。


 だからこそ、アレックスもフォースター家との縁組をしようと思ったにちがいない。

 と、そこでエリーゼは肩を落とした。


「でも、せっかくフォースター家との縁組なのに、わたしが相手では、なんのメリットもありません」

「きみは、やはり私のようなつまらない男とは結婚できないか?」

「いえ。そのようなことではなく……わたしは、魔力を持っていません。落ちこぼれでなんの役にも立ちません」


 未だに信じられない。どうして、彼はエリーゼに求婚をしたのだろう。

 エリーゼは何も持っていないし、何の価値もないというのに。改めて冷静になると、このまま本当に彼と結婚をしてしまってよいものなのかと、考えてしまう。


 だからエリーゼは、彼の前で自分を卑下する言葉を使った。

 フォースター家は名門なのだろうが、エリーゼに限ってはそうではないのだ。


「魔力の有無は関係ない」

「でも、あなたはマルティニ一番の魔法使いですし。それに、魔法使いは魔力の強い者同士が結婚するものだと、父は常々申していましたし。国王陛下だって、アレックス様のお相手がわたしでは、内心がっかりしているのではないかと」


 エリーゼの主張を聞いたアレックスが足を止める。


「陛下は別に何もおっしゃっていない。この国には魔力を持たない人間の方が多い。陛下は、魔力の有無で人を判断なさらない。それは王太子殿下も同じだ」


 エリーゼは黙り込む。フォースター家では、魔力の有無こそが人の価値だと聞かされてそだってきた。

 魔法使いの家系に生まれたのならば、特に持って生まれた魔力の量は重要だと。

 エリーゼの周りには魔力こそが絶対だという考えの人間ばかりだった。


「フォースター家は由緒正しい魔法使いの家系だが、少々考えが偏り過ぎているところがある。血統主義と呼ばれるものだ」

「血統主義?」

「魔法使いの血を重んじる考えを持つ人のことを言う。私は別に、魔法が全てという考えの持ち主ではない」


 アレックスは淡々と語った。嘘を言っているようには思えなかった。


「きみだって、魔力の有無で人を判断しないだろう?」

「それは……わたしが魔力なしだから」

「きみは、私のような魔法使いを目の敵にしているのか?」

「いえ……」


 エリーゼの声が尻すぼみになる。親族からお荷物だと、役立たずと言われて育ってきたが、だからと言って魔法使いが嫌いというわけではなかった。


 それは、母がエリーゼを真実愛して、慈しんでくれたからだ。

 母だけがエリーゼの味方だった。いつも惜しみない愛情を注いでくれた。魔法が使えなくても、自分の手と足を動かして創意工夫することを教えてくれた。


 植物を育てることを教えてくれたのも母だった。魔法が無くても、手を掛ければ掛けた分だけ、育ってくれる。母と一緒に庭いじりをするのが大好きだった。

 エリーゼは優秀な魔法使いだった母のことが大好きだった。


「むしろ、きみにとって私の地位などほんの些細なことだろうな。それが、新鮮でもあるし、脅威でもある。私には魔法くらいしか取り柄が無い」


 アレックスが自嘲気味に微笑んだ。


「この縁談を、このまま進めたい。嫌だろうか?」


 アレックスが屈み、エリーゼと目線を合わせた。

 急転直下の婚約だった。サイムズ・ウェイド男爵との縁談が進んでいたのに、気が付けばアレックスに求婚をされ、彼との結婚が決まっていた。


 フォースター家の娘としていずれは誰かに嫁ぐのだと思っていた。

 実際、父はエリーゼをウェイド男爵の後妻として家から追い出そうとしていた。後妻くらいしか貰い手が無かったはずなのに、どうしてアレックスはエリーゼに求婚をしたのだろう。


「わたしは……」


 アレックスと話すとそわそわして、恥ずかしくて、けれども嬉しくて。

 今だって、二人きりで緊張しているけれど、離れがたいと思っている。

 こんな気持ちが初めてで、自分にとって都合が良すぎるからこそ怖くなる。


 フォースター家との縁組を望むのなら、別にエリーゼでなくてもよい。家を継ぐマリージェーンでは不都合があるのなら、叔父の娘は他にもいるのだし、わざわざ魔力なしのエリーゼをめとる意味などない。


「この前も言ったが、あの公園できみを見かけたのが、運命だったように思う。何度も見かけるうちに、きみの眺めている世界を一緒に見たいと思った」


 アレックスはゆっくりと、そしてエリーゼの手をそっと持ち上げながら語った。

 真摯しんしにエリーゼを見つめる眼差しに吸い込まれそうになる。


 どうして自分を選んだのか、まだ分からない。

 もしかしたら、都合がよかっただけかもしれない。由緒正しい家の娘で、顔見知りで、舞い込む縁談に疲れてしまって、近くにいたエリーゼで手を打とうとしたのかもしれない。


 でないと、アレックスほどの人がエリーゼと結婚するはずがない。


 この国で一番の魔法使いなのだ。もっと相応しい人がいるはずなのに、本当に自分でいいのだろうか。頭の中に疑問ばかりが浮かんでくる。

 それなのに、手袋越しに触れられた手が妙に熱くて、彼との近しい距離に身体が火照ほてっていく。このまま、この人の隣にいたいと、心が訴えている。


「わたしでよければ……結婚させてください」


 小さな声が口から漏れていた。

 心のままに、言葉が紡がれていて、一拍後、エリーゼは驚いた。


「きみに触れてもいいか?」


 黒曜石の瞳に熱が込められた。視線を逸らすことが出来なくて、そのままじっと見据えていると、アレックスの顔が近づいてきた。


 慌てて目をつむった。口付けをされると思ったのに、唇ではなくて頬だった。

 少し拍子抜けをして、目を瞬いた。


「あまりがっつくと引かれると、言われた」


 アレックスの手のひらがエリーゼの頬に添えられる。

 彼はエリーゼの感触を確かめるように、頬や唇、耳などに優しく触れていく。少しくすぐったくて、エリーゼは吐息を漏らす。


「エリーゼ」


 吐息交じりの低い声で名前を呼ばれると、身体の奥がふるりと震えた。

 震えの意味も分からないのに、すぐそばの温もりに心を預けたくなった。

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