第16話 戸惑いの縁談8

 アレックス・シェリダインの突然の求婚劇は魔法使い社会に大変な衝撃をもたらした。今までどんな縁談にも頷かなかった、人嫌いのアレックスが見初めたのはフォースター家のご令嬢。


 マルティニ王国の大魔法使いの求愛は新聞でも大々的に報じられたそうだ。


 あの日から、エリーゼの運命は大きく変わった。

 マリージェーンのお披露目会であったはずの夜会は、一瞬にしてアレックスの求婚劇に成り代わった。人々は騒然とし、主役であったマリージェーンは気絶をしてしまった。


 マーカスは、汗をぬぐいながら、アレックスに対して「いやしかし」とか「我が娘など到底似合いませぬ」などと言っていたのだが、アレックスが封筒を取り出して何事かを言ったら大人しくなった。


 エリーゼはあれよあれよという間に、行儀見習いとしてミモザ家に滞在することが決まってしまった。翌日迎えに来た遣いの者の言によると、アレックスによってすっかり根回しが済んでいるとのことだった。


 今現在状況がよくつかめないままミモザ家に客人として滞在を始めて、すでに五日ほどが経過をしている。


「うふふ。さあさ、今日は王太子妃殿下主催のお茶会だもの。うんと、おめかしをしなければ」


 朝からミモザ夫人は陽気で、鼻歌交じりでエリーゼにいくつものドレスをあてがっている。


「やっぱり、このさくらんぼ色のドレスにしましょうか。ああいいわねえ、やっぱり若いお嬢さんのドレスは華やかだわ」


 衣裳部屋には沢山のドレスが仕舞われている。

 これらはすべてアレックスから贈られたものだった。


 茶会用の、露出の少ない日中用のドレスに着替え、髪の毛を緩く編んでもらう。ドレスよりも淡い色のりぼんをつければ、いっぱしの令嬢の出来上がりだ。


 エリーゼは鏡に映る自分を、不思議な思いで眺める。

 まさか、自分の運命がこんなにも大きく変わることになるだなんて、思ってもみなかった。


 あのときのアレックスの言葉は、夢ではなかったのだ。正直、あのときは頭の中が真っ白で、今となってはどうして求婚を了承したのかよく分からない。ただ、ひたすらに皆の注目から逃れることだけを考えていた。


 気が付いたらアレックスがエリーゼの手を持ち上げ、手袋越しに口付けを落としていて、少し離れた場所から拍手の音が聞こえた。釣られるように、あの場は手を叩く音で埋め尽くされ、何が何だか分からないまま今に至っている。


 これは夢なのではと思うのに、ほっぺたをつねると、ひりりとするのでどうやら現実らしい。


「緊張しているのかしら?」

「はい……。わたしは、お恥ずかしい話、今までどこにも出たことが無いので」


「誰だってはじめはそんなものだわ。エリーゼは、きちんと躾けられたお嬢さんですしね。フォースター侯爵がきちんと教育を行ってきたのね。だから、大丈夫。一つ、必要なことがあるとすれば、笑顔ね」


「笑顔……」


 支度を手伝ってくれたミモザ夫人がエリーゼの後ろから、鏡を覗き込む。

 今日は、彼女は一緒ではない。王太子妃主催の茶会だが、実質エリーゼの顔見せの場だ。


 王付き魔法使いが結婚を決めたのだ。国で一番の魔法使いである、アレックス・シェリダインの妻ともなれば、今後王家とも付き合いが生じる。


 そして、彼はこの結婚を確実なものにするために、求婚のあの場でマーカスに王家からの招待状を渡したのだ。暗に、この婚姻はすでに王の耳に届き、許可を得ていると伝えたのだ。


「大丈夫よ、隣にはシェリダイン閣下がいるのだから。あなたは素敵なお嬢さんだもの。わたくしとお話をするときのようにしていれば大丈夫」


 ミモザ夫人は、エリーゼの緊張が解けるように、努めて明るい声で励ましてくれた。

 短い期間の間に、エリーゼはすっかりミモザ夫人のことが好きになっていた。


「ありがとうございます」

「ふふ、今日のあなたの格好を見たら、シェリダイン閣下は絶対に見惚れてしまうわね」


 もうすぐ迎えに来るアレックスのことを思うと、妙に緊張をしてきた。

 あの求婚の日から、アレックスと会うのは今日で二度目だ。


 アレックスを思うとそわそわしてしまう。

 使用人がアレックスの到着を知らせに来た。

 ミモザ夫人が嬉しそうに、部屋から出て行った。エリーゼは深呼吸をしてから、あとに続いた。





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