第14話 戸惑いの縁談6
マリージェーンのお披露目会は、冬の終わりを告げる
屋敷は何日も前から慌ただしかった。
マリージェーンは自分のための場なのだからと、執事や家政頭、料理番たちに希望を事細かに告げていった。
マリージェーン色に染まっていく屋敷の中で、エリーゼはひっそりと暮らしていた。
毎日、庭の草花に水をやりながら、病気の兆候が無いか確認をする。生育日誌を付けて、母の部屋の整理もした。
マージョリーから、母エリノアの私物を片付けるよう言われたのだ。亡くなったときに形見分けなどは済んでいたのだが、マリージェーンが後継ぎに決まり、エリーゼも嫁ぐことが決まった。
これを機に、一気に屋敷の中を娘一色にしたいマージョリーの思惑が透けている言葉だったが、母の形見をこの屋敷に留めておいて勝手に売られでもしたらそちらのほうが悲しい。それに、何かしているほうが、考え事をせずに済むため、エリーゼにとっても都合がよかった。
迎えたお披露目会当日は、エリーゼも朝から準備に追われた。
新調したドレスは、少し明るめの茶色のもの。寒い季節のため、鎖骨まで隠す意匠で、袖も長い。レエス飾りなどはあまりついていないけれど、あまりにも華美だとそれはそれで気後れしてしまうので、派手ではなくて逆にホッとした。
くせっ毛の胡桃色の髪の毛をどうにかまとめ結い上げ、りぼんを結んでもらう。
生まれて初めて夜会用のドレスを着たというのに、心はちっとも浮上しなかった。
今日、エリーゼは結婚相手と対面をするのだ。
相手は五十を過ぎた男性だという。魔力を持っていないお荷物のエリーゼにはぴったりで、衣食住の保証があるだけましだと思えとマリージェーンに言われた。
沈んだ気持ちとは裏腹に、時間はあっという間に過ぎていった。
夕日が沈み始めると、招待客がフォースター家に集まり始めた。
対応するのはマーカスとマリージェーン、それから叔父夫婦。
にぎやかさを増していく地階の音を耳が拾う。エリーゼは自分の部屋から、何とはなしに庭を眺めていた。
もうすぐ、結婚相手だというサイムズ・ウェイド男爵が到着をする。
その時までに、笑顔を思い出さないといけない。
そろそろ、夜の闇が主役になろうという頃、部屋の扉が叩かれた。
「どうぞ」
いよいよウェイド男爵がお目見えしたのだろうか。返事をすると、扉がゆっくりと開いた。
エリーゼは目を見開いた。
「アレックス……様。どうして」
扉を開けたのは、もう会う予定もないはずのアレックスだった。
エリーゼは数秒の間、呼吸を忘れた。
彼は黒髪を後ろへ撫でつけ、正装姿をしていた。黒に一滴の青を垂らしたような、濃紺の上下の揃いを着こなした姿は、絵になるほど似合っている。その姿に、見惚れてしまったのだ。
「今日、招待されていた」
「そう……なんですね」
エリーゼは彼の顔から眼を反らした。アレックスに結婚発表の場を見られたくなかった。
「きみともう一度会いたかった。だから、招待にかこつけてこの屋敷を訪れた」
静かな声が耳に届いた。
彼は扉の前から一歩も動こうとせずに、そのまま話し始めた。
「どうして」
「きみさえ、よければ、私の妻になって欲しい」
一瞬耳を疑った。
いま、自分は夢を見ているのではないかと思った。都合の良すぎる言葉だ。もしかして、白昼夢だろうか。
「本当はもっと、格好よく決めたかったのだが……なかなか難しいな」
アレックスの声音に少しだけ困ったような色が乗った。微苦笑をする表情すら絵になって、エリーゼは口をはくはくと動かした。
「わたしは……でも、結婚が」
「サイムズ・ウェイドとは、まだ何の契約も交わしていないと聞いている。では、私がきみの夫に名乗りを上げても問題は無いのではないか?」
「どうして……」
「きみと食べた昼食は美味しかった」
「え……?」
「今まで何を食べても美味しいとも思わなかったのに、きみと食べた食事はどれも美味しく感じた。エリーゼといると、私は普通の人間になれる気がした。きみが見ている世界を、私も一緒に見たいと思った」
エリーゼを見つめるアレックスの瞳は、冗談を言っているようには思えない。
しかし、そんなことが結婚を決める理由になるのかもエリーゼには分からない。
「常々、身を固めるよう周りからせっつかれていた。きみの家と私の家となら、つり合いも取れている」
そういえば、エリーゼはまだアレックスの家名を聞いていない。
(でも、きっと立派な家なのだわ。だって、今だって上等な衣服を着ているし、それに、とても優秀な魔法使いだもの)
「でも、わたし、魔力なんて全く持っていないし、フォースター家のお荷物だし」
「世間は、きみが思うほど、魔力なしに厳しくない。この家が、いや、純血主義の人間だけだ。うるさいのは」
アレックスが少々うんざりした声を出した。
世間知らずなエリーゼは、彼の言う言葉の真偽だって分からない。
「私は、後ほどきみに求婚をする。嫌でなければ、手を取ってほしい」
アレックスは、それだけ言って踵を返した。
その場に縫い留められたように、動かなかったエリーゼは、慌てて扉へと向かった。
彼の背中が見えたが、何を言っていいのか分からなくて、結局声を掛けることはできなかった。
頭の中が疑問で一杯だった。
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