第13話 戸惑いの縁談5

 自分から告げた言葉に、エリーゼは打ちのめされていた。

 縁談を受けるよう父に言われていると、アレックスに伝えた。


 もう、彼と会うことは無い。その事実は、エリーゼの胸を思いのほかえぐった。

 自分でも分からなかった。


 名前もわからない心の奥からふわふわと浮かんでくる、この感情にここ数日のエリーゼは振り回されている。


「ちょっと! あなた、聞いているの⁉」


 自分の部屋でぼんやりしていたら、すぐ真上から金切り声が聞こえた。


「っ……」


 我に返ると、眉を吊り上げたマージョリーがすぐ傍らに立っていた。

 私室に許可なく入ってくるとは叔母といえどやめてほしいと思ったが、抗議するには、叔母の気迫が強すぎた。


「あなたったら、ふらふら出歩いて公園で具合が悪くなって、ミモザ夫人に介抱されたのですって? まったく、役立たずは本当に迷惑ばかりかけるわね! あのミモザ夫人に助けられるなんて」


 数日前のことを、聞いたのだろう。

 アレックスの移動魔法に酔って、倒れたエリーゼはミモザ夫人に介抱され、彼女の家の馬車で帰宅の途についた。出迎えた執事に、ミモザ夫人はアレックスのことは伏せて、公園で具合が悪くなったところをたまたま通りかかり、介抱したのだと説明をしてくれた。


 確かに良家の子女が供もつけずに公園散策など非常識と言われても仕方がない。

 とはいえ、エリーゼはフォースター家のお荷物で、専用の侍女だってつけられていなかった。一人歩きも半ば公認だったのだが。


「ミモザ家なんて、血統主義を否定するような家じゃない。まったく、嫌だわ。魔法使いのおかげで平民たちはさしたる苦労もなく暮らせるっていうのに。そのあたりのところ、分かっているのかしら」


 どうやらマージョリーはエリーゼが関わり合いになったミモザ家自体がお気に召さないようだ。

 エリーゼは成長してからも公の場所に出ることを禁じられていた。そのため世間の事情に疎いところがある。


 血統主義という言葉を、エリーゼは今初めて聞いた。

 ただ、ミモザ夫人と知り合ったエリーゼに対するマーカスの態度と、マージョリーのそれがほぼ一致しているため、フォースター家の人間は、ミモザ家によい感情を抱いていないということは分かった。


「それで……あの、何かご用件があったのでしょう?」


 自分に親切にしてくれたミモザ夫人のことをこれ以上悪く言われるのを聞きたくなくて、エリーゼは話を変えることにした。


「え、ええ。そうよ」


 マージョリーは一度言葉を区切り、顔に愉悦の笑みを作り始めた。

 なにか、嫌な予感に背筋が小さく震えた。


「喜びなさい。あなたの結婚相手が決まったわ」

「え……?」


「いやね、鈍い子。あなたみたいな魔力なしのお荷物娘でも貰ってやってもいい、っていうお人がいるのよ。わたくしの顔の広さに感謝をしてほしいわね」


「お見合いではなかったのですか?」

「見合いだなんて、時間の無駄でしょう」


「で、でも」


 まずは顔合わせをするのだと思っていた。

 そのためのドレスを作ると言っていたではないか。


「お相手の名前はサイムズ・ウェイド男爵。彼が若い後添いを探しているというから、わたくし、あなたを推薦してさしあげたの」


 猫なで声でマージョリーは続ける。


「あなたのようなお荷物だって、若さという武器がありますからね。後妻を探しているやもめ男にはちょうどいいのよ。彼は今五十一歳だそうよ。魔法の鏡で、あなたの顔姿を見せたら、気に入ったのよ。よかったわねぇ。それなりに見られる顔をしていて」


 魔法の鏡は、あらかじめ魔法陣を描いておき、映したものを記憶する。

 映したものを一度だけ鏡が写すのだ。映像の記憶は出来ないが、鏡は込められた魔力の量に比例して繰り返し使用することが可能だ。


「男爵には息子が二人いますからね。あなたが子供を産む必要もないでしょう。あなたに子供を生まれても、あとあと面倒になるだけだから、ちょうどよかったわ」


 それは言外に、直系筋の娘が子供を産めば将来的にマリージェーンの産んだ子供から爵位を奪い返すのではないかという彼女なりの懸念を示したものだった。


「この間、新しいドレスも作っておいてよかったわ。マリージェーンのお披露目会の日に、あなたの結婚も発表することになったのよ。あの子が安心してフォースター家を継げるようにね。わたくしとしても、ようやくこの家の厄介者がいなくなる算段がついて一安心だわ」


 叔母の声がどこか遠くに聞こえた。


 彼女はエリーゼに向けてまだなにか喋っている。

 その言葉はどれも耳に入ってこなかった。


 ついに、結婚が決まってしまった。

 エリーゼは会ったこともない男の妻になるのだ。


 きゅっと、目をつむると、眦の裏に、アレックスの顔が浮かび上がった。

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