第12話 戸惑いの縁談4
「ああいう家の娘は、父親の決めた縁談に逆らえないものなのよ。それがたとえ五十過ぎのじじいの後妻だとしてもね!」
ミモザ夫人は、よほどエリーゼの縁談に物申したいらしい。アレックスが聞いているかどうか、もはや関係ないとばかりに話を続ける。
社交界に顔の利くミモザ夫人が調べたのだ。フォースター家の内情から、縁談相手だというサイムズ・ウェイドという男のことまで大分詳細に彼女は語った。
エリーゼがフォースター家の娘だと知って、アレックスも現在の当主がどのような人物なのか確認をした。
「それに、あの子は、魔力がないというだけで、随分色々と言われてきたようよ。マーカス・フォースターは世間体のためだけに娘を手元に置いて育ててきたようですけれど、年頃になっても表舞台に出そうとはせずに、扱いに困って結局は好色男の後妻にしてしまおうだなんて。あの家もガチゴチの魔法使い一家ですからね」
世事には疎いアレックスでも血統主義という言葉くらいは分かる。
魔法使いの血に固執をし、魔力を持つ者こそが優性で世界をまとめ上げるのだという考え方だ。
アレックスは強い魔力を有するが、別に自分の力で世界を支配したいとかそういう気持ちは持ち合わせていない。
魔法の力を使うのは、手足を動かすのと変わりがないだけのこと。魔法の勉強に没頭をしていたら魔法学院を飛び級し、気が付けば史上最年少で王付きの魔法使いの地位を拝受していた。
王付き魔法使いとは、文字通り王家の側に付き従う、王家専属の魔法使いのことだ。
国王付きの魔法使いは王家の要請に応じて辺境の魔物退治の指揮を取ったり、政治相談にも乗る役職で、その存在自体が他国への牽制にもなる。
アレックスは、別に王付き魔法使いの座を目指していたわけではなかったが、稀有な魔力量と、優秀さで気が付くとその地位にいた。ちなみに大魔法使いというのは単なる二つ名で、周囲が勝手に呼び始めただけだ。
しかし、魔法使いにもそれなりに派閥はあって、その中でも血統主義者らは割と面倒くさい。彼らが重視するのは魔力の強さ。そしてその血統だ。
彼らはアレックスのように強い魔力を持った人間を崇めたがる。シェリダイン家もまた、マルティニでは名門なのだ。
「こういうときこそ、あなたの出番じゃない」
「出番とは?」
まったく話についていけなくて、アレックスは聞き返した。
「んもう。話の通じない人ね。親の決めた縁談相手から、愛おしい女性を奪い返す! ああなんて、素敵なの!」
ミモザ夫人は胸の前で両手を組んだ。
「エリーゼを奪う……?」
「縁談は、早い者勝ちではないわ。幸いにも、まだエリーゼは結婚契約書に署名をしていないもの。婚約契約書だって、白紙よ。なら、なにも問題はないのではなくって?」
ミモザ夫人がにんまりと笑った。それは、長い年月を生きた人間特有の、人の悪い笑みだった。
「私をけしかけて、何の得があるっていうんだ、ミモザ夫人」
「わたくしは、か弱い少女を助けてあげたいだけよ。それに、恋に目覚めたアレックス・シェリダイン閣下に、幸せになって欲しいのもあるわね。恋は素晴らしくってよ」
「恋……だと?」
「あら、自覚が無いのかしら?」
「自覚など」
「何をしていてもエリーゼのことが頭に浮かんできてしまう。身に覚えはなくって?」
まさにその通りで、アレックスはぎくりとする。
この気持ちが恋だというのか。恋などという感情は、己には一生縁が無いと思っていた。心のどこかが冷めていた自覚なら十分にある。
「このままだと、エリーゼはあなたではない男のものになってしまうのよ? あの子の、無垢な身体も心もすべて、別の男に奪われる。あなた、そんなことに耐えられるのかしら?」
その言葉は何よりも、アレックスの心の奥に突き刺さった。
誰とも知れぬ男がエリーゼに触れるなどと考えるだけで腸が煮えくり返る。
彼女の白い肌に触れていいのは己だけだ。あの笑顔を独り占めする権利があるというのなら、それを享受できるのはアレックス一人であってほしい。否、誰にも渡したくはない。
彼女の笑った顔が懐かしい。
一緒に食べたサンドウィッチの味は今でも鮮明に覚えている。
触れた身体が思いのほか華奢で、ふわりと花の香りが鼻腔をくすぐった。
白くて滑らかな頬に、ずっと触れていたいと思った。そのまま抱きしめて、彼女の何もかもを自分のものにしたいと。魔法酔いから目覚めたエリーゼが心配で触れた時、己の内から沸き起こる衝動を抑えるのに必死だった。
「……だが、エリーゼは私のことなんて、なんとも思っていないはずだ」
アレックスは痛む心のまま、絞り出した。
「シェリダイン家なら、フォースター家も認めざるを得ないのではなくって? エリーゼだって、五十過ぎのじじいの後妻よりも、あなたとのほうが断然にいいと思うけれど」
「彼女がそう言っていたのか?」
「ふふふ。わたくしの希望的憶測よ。でも、欲しいものを最初からあきらめてしまうだなんて、そんなのつまらないわ」
これまで魔法にしか興味を持ってこなかったツケが回ってきた。
今しがた自覚した恋心を持て余し、アレックスは後悔をした。女性など、煩わしいだけだと跳ねのけてきた。大量に持ち込まれる縁談だって、全て断ってきた。
シェリダイン家の家格とフォースター家のそれを秤にかける。代々優秀な魔法使いを輩出し、その時々で王家から褒賞を賜るくらいには才能に秀でた人物を世に送り出している。
シェリダイン家なら、頭の固いフォースター家であっても頷かざるを得ない。
「ねえ、あなた。エリーゼのことが欲しいのでしょう?」
「……ああ」
最後のダメ押しに、アレックスはしっかりと答えた。
そう、彼女が欲しいのだ。もしも、エリーゼが親の縁談相手との結婚を素直に受け入れるというのなら。その相手にアレックスが収まってしまえばいいのではないか。
今回の婚姻が、エリーゼを追い払うような類のものだというのなら、喜んで彼女をもらい受ける。
彼女が欲しい。屋敷に連れ帰り、毎日抱きしめたい。
エリーゼをもらい受けるのに、己の地位と出自が役に立つのというのなら、面倒だらけな王付き魔法使いという立場も、悪くは無いのかもしれないと初めて思った。
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