第8話 魔法使いと知り合いました8
(えっと……、このまま食べろっていう意味なのかな?)
しかし、子供でもないのに、大人の男性の手ずから物を食べるだなんて、お行儀が悪い。エリーゼは困ってしまうが、アレックスは引き下がらない。
世間では男性が女性にお菓子を食べさせてあげるのが流行っているのだろうか。謎過ぎるが、ここは彼の親切を無下にするのも良くないと思い、口を小さく開いた。
ぱくりとクッキーを食べて咀嚼をすると、アレックスが嬉しそうに目を細めたから、これで正解だったらしい。
「昔から、追いかけられることが多かった。とくに私の家名に惹かれて女たちは近づいてくる」
もぐもぐと、クッキーをかみ砕きながら話を聞いた。
たしかにアレックスのように整った顔立ちをしていて、優秀な魔法使いだと引く手あまただと思う。おそらくは名のある家の出身なのだろう。
このような話をするということは、きっと彼はエリーゼにも牽制をしているのだ。他の女性のように、自分を追いかけるな、と。
「わたしとあなたはただの散歩仲間ですから。確かにお互い、家名は必要ありませんね」
「散歩仲間、か。断言されると物悲しいものがあるな」
「どうしてですか?」
「きみは私にこれっぽっちも興味が無いのだろう?」
アレックスが微苦笑を漏らした。
エリーゼは何度か瞬きをした。彼の意を酌み取って返事をしたつもりだったのだが、何かを間違えたのだろうか。
「いえ、少しくらいはあると思います……よ?」
エリーゼは今度は若干尻上がりで答えた。
「本当に?」
「ええと、たぶん」
穏やかな会話が続いていく。前回は静かに食事をするだけだったのに、今回はこんなにも賑やかで、そのどちらの空気も心地が良いと感じた。
「美味しいですか?」
ぱりぱりとクッキーを口へ運ぶアレックスに聞いてみた。
彼は時折エリーゼの口元にクッキーを運んだ。エリーゼはそのたびに恥ずかしい思いをするのだが、周りにはだれもいないし、仕方が無いと彼の行為に付き合った。
「ああ。美味しいと思う。きみと一緒だから、だろうか」
「たしかに、誰かと一緒に食べると美味しいですね」
エリーゼは笑みを深めた。
「エリーゼ。また、一緒に食べてくれるか?」
隣に座る男性のことを知りたいと思うのに、これ以上は聞いてはいけないと心の冷静な部分が何度も注意を呼び掛ける。
それはある意味正しい警告だった。エリーゼは、これ以上彼に深入りをしてはいけない。
お菓子の時間はもうすぐ終わろうとしている。楽しい時間はあっという間で、だからこそエリーゼはもう彼に会ってはいけないのだと思った。
エリーゼはこれから、父の決めた男性と結婚をするのだから。
(あ、れ……? やだ、おかしいな)
そのことを考えたら、急激に胸の奥が痛み始めた。
マーカスから結婚しろ、と言われたときは驚きはしたが、こんなに動揺することはなかったのに。
「わたし……」
エリーゼは慌てて立ち上がった。
何を言えばいいのだろう。こんなこと、初めてでどうしていいのか、分からない。
アレックスもエリーゼに釣られるように立ち上がった。
「あ……の……」
口を動かしかけた時、少し離れたところから声が聞こえた。「師匠ー」と呼んでいるように聞こえた。人の気配が近づいて来ている、と顔をそちらに向けた時、アレックスが小さな声で「あいつ……」とこぼした。
「エリーゼ、もう少しだけ一緒にいてほしい。ちゃんと家まで送り届ける」
アレックスはエリーゼの両腕にそっと触れた。
短い詠唱が始まると、足元が光り出し、エリーゼの視界が靄に包まれた。ふわりと足元が地面から離れ、それと同時にぐにゃりと景色が歪む不思議な感覚に襲われ、硬い地面に再び足が着いたのだと悟った直後、強烈な不快感に襲われた。
「うぅ……」
頭がくらくらする。とてもではないけれど、立っていられない。
エリーゼはがくりとその場に崩れ落ちた。
アレックスの大きな声が聞こえたような気がしたが、それどころではなかった。
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