第7話 魔法使いと知り合いました7

「どうした?」


「あの、暖かいので、魔法なのかな、と」

「ああ。まだ寒いだろう?」


 本当に、彼は息をするように魔法を使うのだ。熱に関する魔法は調整が難しいと本で読んだことがある。熱くなりすぎてもいけないからだ。


 魔力なしのエリーゼではあるが、父の教育方針で、一通りの魔法の知識は幼い頃より教えられて育ってきた。足りないのは魔力だけだった。


「お気遣い、ありがとうございます。あの、お菓子は好きですか?」

「分からない。普段はあまり食べないから」


 エリーゼは世間一般の男性の好みを知らない。修道院の子供たちは何でもよく食べる。お菓子は特に好きだと、男の子たちも言っていた。


 もしかしたら隣に座る青年は甘いものが苦手で、エリーゼに気遣って菓子を貰ってくれたのだろうか。しゅん、と眉を下げると彼は少しだけ早口になる。


「菓子だけじゃなく、食事にあまり興味が無かった。しかし、この間きみと一緒に食べたサンドウィッチはうまかった」


「ありがとうございます。うちの料理番が喜びます」


 エリーゼは素直に喜んだ。フォースター家の料理番は腕がいいと思うのだ。子供たちも、お菓子が美味しいといつも喜んでくれる。


「たぶん、きみと一緒だったからだ」

「え……?」


 すると、彼がエリーゼの顔に向けて腕を伸ばした。どうしたのだろう、と思ったら、彼はエリーゼの顎の下のボンネットのりぼんをするりと外してしまった。


「できれば、それは外してほしい。きみの顔が見たいから」


 静かな声だが、懇願にも聞こえてエリーゼは彼にすべてをさらけ出すような心地になってしまった。じっと瞳を見据えられると微動だに出来なくなる。


 顔が真っ赤に染まっていくのが自分でも分かった。


 じっと見つめられているのだと思うと、身体中が変に緊張した。こんな感情、今まで知ることもなかった。


「あの。名前……は、なんて呼んだらいいのですか?」


「……アレックス。きみは?」

「わたしは、エリーゼです」

「エリーゼ。……そうか、エリーゼというのか。可愛い響きだ」


 エリーゼの呼吸が一瞬止まった。

 胸の奥がきゅっと縮こまった気がしたからだ。


 今日のエリーゼは変だ。彼の一挙手一投足に、身体が震えたり、胸が痛くなったりする。こんなの、今までの人生で一度だってなかったのに、一体どうしたというのだろう。


 アレックスはエリーゼの動揺に気が付かず、お菓子を吟味している。


「修道院で菓子を配っているのか?」


 アレックスは袋の中からクッキーを取り出した。ジャムの乗ったクッキーは宝石のようだと女の子に人気だ。


「はい。あまりお役には立てませんが、子供たちのためにお菓子を届けたり、文字を教えたりしています」

「エリーゼは、大きな家の娘なのだな」

「どうして?」


「慈善活動をする家は限られている。生活に余裕がなければ他者への施しはできないだろう」

「ええと……」


 家名を言うのは憚られた。彼を、アレックスを警戒しているわけではない。単にフォースター家の名前を出すと、エリーゼが魔法使いの家の娘だとばれてしまうからだ。


 そうすれば話の流れで、エリーゼが魔力なしであることを説明しなければならなくなる。

 穏やかに会話を続けることができているのに、エリーゼに魔力が無いことを知ったら、彼も父たちのようにエリーゼに侮蔑の視線を向けるかもしれない。


 この時間をできるだけ引き伸ばしたい。

 自分勝手な考えに胸がきゅっと痛み、眉を歪めた。


 すると、彼は早口で続ける。


「別に、家名を聞き出そうとしているわけではない。私も、言わなかったからおあいこだ」

「そういえば……」


 言われてみれば、彼もアレックスとしか名乗っていない。


「……アレックス様」


 口の中で今しがた知った彼の名前を転がしてみる。なんだかとても照れくさい。


「なんだ?」

「い、いえ……なんでもないです」


 つい呼んでしまっただけ。馴れ馴れしい態度に不愉快になってしまっただろうか。

 慌てて顔色を窺うが、アレックスは穏やかな顔のままだった。


「不思議だな。女は苦手なはずなのに、きみに名前を呼ばれると、なんだか妙な気持ちになる」

「女性が苦手なのですか?」


 エリーゼは疑問に思ってつい尋ねてしまった。

 アレックスはエリーゼの口元にジャム乗せクッキーを持ってきた。これをどうしろというのだろうか。黙ったまま窺ったが、彼は手をエリーゼの口元からどけようとしない。

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