第5話 魔法使いと知り合いました5

 日課である花壇の水やりを終えたエリーゼは、ざっとあたりを見渡した。


「うん。病気の兆候もないし、みんな、問題なさそうね」


 フォースター家の屋敷の庭はエリーゼの趣味の空間でもあった。

 庭いじりを教えてくれたのは母エリノアだった。母は四季折々の花々をエリーゼに見せてくれ、名前を教えてくれた。魔力を持っていなくても、花を育てることはできる。毎日きちんと手入れをすれば、育てた子たちはきちんと育ってくれる。


 母と花壇の手入れに勤しむ時間は幼いエリーゼにとって何にも勝る宝物だった。エリノアは優秀な魔法使いで、攻撃魔法に長けていた彼女は任務で国内を回り家を空けがちだったからだ。


 その母が任務の最中に亡くなった後も、エリーゼはその時間を慈しむかのように、花を育て続けた。いつの間にか、庭いじりがエリーゼの趣味になっていた。


「さて、と。次はあの子を見に行かなくちゃ」


 エリーゼは屋敷の中へと戻った。

 実は今、エリーゼには気になる子がいるのだ。人間ではなく、苗だ。ただし、名称不明の名無しなのだが。


 古い種を見つけたのは一年以上前のことだった。


 ふとした弾みで、屋敷の物置部屋を整理していたときのことだった。昔のフォースター家の当主には蒐集癖を持っていた人物がいたらしく、この屋敷には骨董品が多く眠っている。


 見つけた種は年代物の宝石箱に入っていた。宝石箱に種を仕舞うのがなんとも魔法使いの家の人間らしい。


 エリーゼは好奇心に駆られて、見つけた種を土に植えてみた。庭いじりが好きというだけあって、そこに種があれば植えてみたくなるのが性というもの。すると、芽が出た。このまま順調に育つと思いきや、葉が茂るところまでで力尽きたのか、花を咲かせるわけでもなく現状維持をしたまま今に至っている。


 気温の変化に成長の差があるのかと考え、いくつかある植木鉢は室内と屋外、両方に置いてある。


「お嫁に行くときに、この子たちも一緒に持っていければいいのだけれど」


 室内でも変わらず緑の葉を茂らせている謎植物を撫でていると、背後に人の気配がした。


 召使の一人がエリーゼを呼びに来た。今日は朝からマリージェーンが屋敷を訪れ、採寸をしていたのだが、エリーゼもついでにしろということらしい。


 珍しいこともあるものだと思った。マーカスはエリーゼのために必要以上に金を掛けない。最低限の教育は施してくれたものの、社交界に出るわけでもない娘に贅沢は不必要との考えらしく、ここ数年衣服を新調してもらったことは無い。


 客間に行くと、妙に機嫌のよいマリージェーンと、その母親が仕立て屋と大きな声で話し込んでいた。


「お嬢様をお連れしました」


 召使が声を出すと、マリージェーンの母親であるマージョリーがちらりとこちらに視線を向けた。四十を過ぎた中肉中背の女は、やや濃い目の化粧が乗った顔は、いつものようにエリーゼに対してなんの親しみも愛情もこもっていないもの。


「あなたも採寸をしなさいな。どうせマーカスはこういうことに気が回らないのだから」


 親切心を装って、マージョリーがエリーゼを仕立て屋の前に突き出した。


 エリーゼは訳が分からず、仕立て屋と叔母の顔を見比べる。マリージェーンと一緒になっていつもエリーゼを貶める発言しかしない彼女が、今日はやけに猫なで声である。


「この娘もそのうち見合いをする予定なのよ」


 仕立て屋への説明で納得をした。

 見合いの場に不格好で出ていけば、まとまるものもまとまらない。さっさとエリーゼを片付けてしまいたいマージョリーの先行投資というわけだ。


「ねえ、お母様。ドレスの布地はどっちの色がいいかしら?」

「そうねえ、マリーの髪の毛に合う色だと――」


 仕立て屋から遣わされた女のうちの一人がエリーゼを下着姿にして、体の寸法を事細かく図っていく。

 すぐ近くではマリージェーンが声を弾ませている。


 マルティニでは、家を継ぐ資格を男女のどちらかに定めてはいない。女でも家を継ぐことが出来るのだ。


 それは魔法使いの家系に配慮をした風習でもあった。古い家系では、一族をまとめる人間は一番魔力を有する者がなるべきだという考えが根付いている。フォースター家もこの考え方が顕著で、だからこそ親戚たちは本家に生まれた魔力なしのエリーゼを軽く扱う。


 マーカスは、マリージェーンが己の期待に応える娘であるかどうか、数年かけてじっくりと推し量っていた。


 彼女の通う王立魔法学院は、貴族の称号を持つ家の子供であっても魔力・知識量・学力が無いと入学をすることができない完全なる実力主義だ。十二歳から十七歳までの魔法科と専門分野を極める大学院からなる。


 この学院に入学をしたマリージェーンは、同級生の中でも成績がよいのだと、マーカスもことあるごとに褒めていた。


「とにかく、とびっきりに可愛くて素敵なドレスを仕立ててもらわないとね!」


 マリージェーンの、ひときわ高い声が室内に響いた。


「ええ。あなたのお披露目会ですものね。当然だわ。あなたのお父様と、マーカスと、二人からのお祝いだから、とびきりに贅沢なものを作れるわよ」


 マージョリーがとびきりに機嫌のよい声で娘に返すと、マリージェーンがきらきらとさらに目を輝かせた。


「それに、あのアレックス・シェリダイン様にも招待状を送ってくださったのでしょう?」


「そう聞いているわよ、マリー」

「まあ。あのアレックス・シェリダイン閣下ですの、お嬢様」


 仕立て屋の女が会話に加わった。二十代と思しき女はマリージェーンにいくつかの布地見本を見せつつ、とびきりの笑顔で先を促す。


「ええそうなの。あの、シェリダイン閣下のことよ。出来損ないのお荷物エリーゼだって、アレックス・シェリダイン様のお名前くらいは聞いたことがあるでしょう?」


 こちらを小ばかにする、いつもの高い声でマリージェーンはエリーゼに話を振る。

 本当は無視をしたかったけれど、どうせマリージェーンはあの手この手を使ってエリーゼを会話に加えようとする。


「知っているわ。魔法使いの名前よ」


 エリーゼは小さな声で簡潔に答えた。


「普通の魔法使いじゃないわ。マルティニ王国で一番の大魔法使いよ! 百年に一度の大魔法使いと呼ばれるくらい、高い魔力を有しているんだから!」


 それはこの王国で一番の魔法使いの名前だ。強大な魔力を持った彼は、辺境の地で暴れる魔獣を倒したり、周辺諸国への抑止力として睨みを効かせたりしている。


「もちろんアレックス様は魔力だけがすごいってわけじゃないのよ。とても整ったお顔をしているの。涼やかな目元と憂いに満ちた表情……。少し離れたところからしかお顔を拝見したことが無いけれど、とても素敵だったわ。二十八歳だったら、わたしともつり合いが取れると思わない?」


「ええ、もちろんですとも、マリー。あなたのような優秀な娘なら、シェリダイン閣下のお相手としても不足はないわ」


「でしょう? ああ、是非ともわたしのお披露目会に来ていただきたいわ。伯父さまによおく、頼んでおかないと」


 仕立て屋の女たちは、マリージェーンが上客であることを嗅ぎ取り、追従の言葉を次々と口にする。エリーゼはそれらを聞きながら採寸を終え、マージョリーの独断で、茶色の布地に決定をされた。

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