第4話 魔法使いと知り合いました4
その日、フォースター家の屋敷にエリーゼが帰って二時間ほど経過したときのことだった。
屋敷に従妹のマリージェーンがやってきた。魔法学院の帰りなのだろう、濃紺色の制服の上からローブを羽織っている。ローブを止める飾り紐の色で学年が分かるというのは、以前マリージェーンが自慢げに話していたことだ。
薄青の瞳を爛々と輝かせた彼女は、ノックも無しに部屋の扉をあけ放ち、断りも無しにずかずかと室内に入ってくる。
「エリーゼ! ついにこの日が来たわ。わたしがフォースター家の跡取りとして正式にお披露目されることになったのよ!」
弾んだ声は高くて、彼女の機嫌がとてもよいことが分かった。
それは、言葉の内容からもよくわかった。
「うふふ。生まれながらに魔力も持っていない、フォースター家の恥さらしのエリーゼではなくて、わたしが、正式に、フォースター家の、跡取りとして、伯父様に選ばれたのよ! このわたしが、フォースター家の跡取りよ!」
マリージェーンはよほど嬉しいのだろう。くるりと回り、さらにもう一回エリーゼの前で回った。大きな瞳は勝ち誇ったように強い光を宿し、茶色の髪の毛が彼女の動きに合わせて大きく舞う。
(ああ、お父様はついに決断をしたのね……)
エリーゼの薄茶の瞳が陰った。いつかはこの時が来ることを覚悟していたので、驚きは無かった。
すぐに、父マーカスが部屋に入ってきた。
「マリージェーン。そう急かすな」
「だってぇ、伯父様。わたし、とっても嬉しかったのですわ。伯父様に、わたしの実力が認められたのですもの」
「たしかにおまえは魔法学院での成績も優秀だし、フォースター一族の中で一番魔力が高い」
誇らしげにそう口にする父の顔を見たエリーゼは、ちくんと胸の奥が痛むのを感じた。
彼の目に、エリーゼは入っていない。彼はエリーゼが生まれた時から失望をしているのだ。
「そう! だから、わたしがこの家を継ぐのに相応しいのよ。本家に生まれたのに、魔力のひとかけらも有していないお荷物のエリーゼじゃない。わたしこそがこの家の跡取りに相応しいの! お披露目は一月後ですって、エリーゼ」
「そういうわけだ。今後手続きを経て、マリージェーンは私の養女となる。学院を卒業を前にフォースター家を継ぐ者として発表し、魔法使い社会に周知する」
マーカスの言葉を受けて、マリージェーンが誇らしげに胸を反らした。エリーゼよりも一つ年下の彼女は一族の中でも持って生まれた魔力が高く優秀だった。
「エリーゼ、おまえはこの家を出て行ってもらう。別に、追い出すわけではない。縁談を早急にまとめるから、嫁に行けということだ」
冷ややかな言葉には、娘を気遣う空気は一つもなかった。エリーゼと同じ琥珀色の髪をした彼は、いつもエリーゼと話すときは硬い空気を纏っている。
エリーゼはこの父が自分に向かって笑いかけてくれた記憶を持っていない。彼はエリーゼが生まれた時からずっと失望しているのだ。
エリーゼがひとかけらの魔力も持って生まれなかったからだ。
このフォースター家はマルティニ王国の中でも古い魔法使いの家系だ。代々王都に屋敷を構え宮殿に仕えてきたという。侯爵の称号を頂いたのは約二百年前のこと。数代前の当主の時代には、当時の王から褒賞として荘園も賜った。
現在の当主であるマーカスも魔法使いで、魔法省の結界部門でその力を発揮し、幼いころに亡くなった母も優秀な魔法使いだった。
その二人の間に生まれたエリーゼではあったが、自身はまったくの魔力なしでこの世に生を受けた。
父は何度も魔力測定器を使ってエリーゼの中にほんの一欠けらでも魔力が宿っていないか躍起になって調べた。それでも魔力がないと分かると今度は己の子供ではないのではないか、と妻の不貞を疑った。
母は呆れかえり、エリーゼが正真正銘二人の間から生まれた子供だと証明をした。
血統を遡る魔法がこの世には存在をしていて、その魔法を使ったのだ。己の血を引く娘にまったく魔力がないという事実に父マーカスは絶望をした。
エリーゼが生まれたこの大陸、そしてマルティニ王国には魔法使いと呼ばれる者が存在するが、魔法使いの家系でも魔力なしで生まれてくる子供は一定数いるという。
父はエリーゼを否定したけれど、母エリノアはエリーゼを愛しんでくれた。
魔力が無くてもわたしはあなたを愛しているわ、と繰り返し微笑んでくれた優しい母が亡くなったのはエリーゼが八歳の頃。母が生きている頃はよかった。当主の娘でありながら魔力なしで生まれたエリーゼをさっさと養子に出すべきだと進言する親族もいたのだが、母は世間の悪意から彼女を守ってくれていた。
その母が亡くなったことをきっかけにエリーゼの周囲も少しずつ厳しいものになっていった。
「……はい、お父様」
エリーゼは素直に頷いた。
マーカスはエリーゼに無関心だ。この家にエリーゼを置き、必要最低限の教育を施したのも、世間体を考えてに過ぎない。魔力なしだからといって不遇に処しているわけではないと、外へ向かってアピールをしているだけのこと。
家の中で、マーカスはエリーゼを見ようともしないし、親子の会話だって、本当に必要最低限に留まっている。彼はずっとエリーゼの存在を持て余していた。
世間では十七、八で結婚をするのが普通だ。
エリーゼは先日十八歳になった。侯爵家の娘ともなると、婚約話の一つや二つ持ち上がるのが普通のことだけれど、エリーゼには何の話も無かった。
(わたしはどんな人と結婚をすることになるのかしら)
そっと頭の中で想像をしてみるも、ちっとも上手くいかない。
そもそも、エリーゼは社交デビューをしておらず、同じ年頃の友人もいない。
この国では貴族と呼ばれる家々はそのほとんどが魔力を持つ家系で、マーカスは魔力なしの娘を恥じて、人前に出すことを厭ってきた。
そのためエリーゼの世界はとても狭いのだ。
「あの、お父様」
「なんだ?」
「お相手は、もう決まっているのですか?」
エリーゼに対し始終、不機嫌な顔を隠しもしない父を苦手として、普段なら会話は必要最低限にとどめているのだが、今日は自ら話しかけた。
自分の行く末なのだ。結婚相手がどのような相手なのか、気になった。
マーカスは途端に渋面顔になった。
「いや、まだなにも決まっていない。いくら出来損ないとはいえ、おまえは曲がりなりにもフォースター家の娘だ。魔力なしの家の男に押し付ければ、その家とフォースター家は親戚同士になってしまう」
父らしい言い方だった。彼の中では、魔力の有無が世界の理だからだ。
「あら、わたしのお母様がちゃぁんと見つけてくださるはずよ。こういうのは、男よりも女の方がいろんな伝手を持っているものなのよ、ってお母様おっしゃっていたもの」
マリージェーンが会話に加わった。
「でもまあ、魔力なしのお荷物娘を貰ってくれる奇特な人が現れなくても、ほんの少しの間くらいなら、この屋敷に置いてあげてもいいわよ」
ふふふ、とマリージェーンが肩を揺らした。
彼女は昔からエリーゼを目の敵にしている。魔力なしのお荷物だ、と言って憚らず、大人たちが見ていないところでエリーゼに意地悪をした。それはマリージェーンの姉妹二人も同じだったが、マーカスに見出されてからのマリージェーンは姉妹二人にも大きな顔をするようになった。
「ともかく、話は終わりだ」
マーカスは用は済んだとばかりに身を翻した。
「あ、伯父様。わたしのお披露目会にはシェリダイン閣下もお招きしてくださるのよね?」
「ああそうだな。招待状は出しておく」
開きっぱなしになった扉の向こうから、二人の会話が聞こえてきた。
エリーゼは、ゆっくりと体を動かして部屋の出入り口へ向かい、そっと扉を閉めた。
(そっか。まだ、決まっていないのね……)
心のどこかでホッとした。
結婚なんてもの、自分には遠い存在でしかなかったのに。もしかしたら修道院にでも入れられるのかと思っていたくらいだ。父は、娘を修道院に入れるよりは、誰かに押し付けてしまえと考えたのだ。
その相手とは一体どのような人になるのだろう。
男性、と考え、エリーゼの脳裏に今日の昼に風毒鳥から助けてくれた、あの魔法使いの青年のことが浮かんだ。
簡単に魔法を使う優秀な人だった。
どうして、彼の顔を思い浮かべたのだろう。きっと、エリーゼの周りに他に知っている男性がいなかったからだ。
エリーゼは名前も知らない青年の顔を忘れようとするかのように、ふるふると頭を左右に振った。
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