第3話 魔法使いと知り合いました3

「どうするのですか?」

「魔法省の管轄部門にでも持っていく」


 青年はそれから後ろを見た。風毒鳥の被害で、木々は倒れ、いくつかのベンチもひっくり返っている。だいぶ酷いありさまだった。


 青年はエリーゼから少し離れ、嘆息をした。


 それから、奇跡が起こった。青年が魔法使いだということは分かったが、彼が小さく詠唱すると、根元から倒れた木々が起き上がり、大地に根差した元の状態へ戻った。ベンチも然り、風毒鳥の被害は跡形もなく消え去った。


 エリーゼはぽかんと口を開けて、その事実を見つめてしまう。こんなにも大掛かりな魔法を使えるだなんて。凄腕の魔法使いだったのだ。


「すごい……」

「別に……このくらいすごくはない」


 青年の声はまったく揺らいでいない。彼にとっては、このくらいの魔法朝飯前なのだ。


「でも、その……ありがとうございました。助かりました」

「おそらく、きみの持っていた食べ物に惹かれたのだろう」


 そういえば焼き栗を食べていたし、鞄の中には手つかずの昼食も入っている。

 そこでエリーゼはハッと思い至った。


「あの!……助けていただたお礼に……その。ごはん食べませんか?」

「……別に礼が欲しくて助けたわけではない」


 そっけない返事に、エリーゼは彼の純粋な好意を踏みにじってしまったのだと後悔した。


 完全な自分の自己満足だったようだ。それに、身元不明の女から突然にそんなことを言われたら、いくらお礼とはいえ警戒するかもしれない。


「あ……えっと。ごめんなさい」


 どうにか取り繕うとするも、上手く笑えなかった。


「礼などなくても、私はきみを助けた。だから泣きそうな顔をしないでくれ」

「すみません」


 ものすごく気を使わせてしまい、エリーゼはいよいよ逃げ出したくなった。

 ぺこりと頭を下げて身を翻そうとすると、青年に腕を掴まれた。


「……一緒に食べてもいいのか?」

「え……?」


「私が食べれば、きみの分を取り上げてしまう」

「いえ! 大丈夫です。あの、焼き栗もさっき頂いたんです。一緒に頂きましょう」


 エリーゼが大きく頷くと、青年が少しだけ口角を持ち上げたような気がした。


 なにやら嬉しくなって、エリーゼは彼をベンチに案内して、鞄の中からサンドウィッチを取り出した。


 フォースター家の料理番が腕によりをかけて作ってくれたサンドウィッチの具材は、定番のチーズとハムを挟んだものと、豚肉を柔らかく煮たものに蜂蜜とマスタードのソースをからめたもの。ほかにピクルスとビスケットが入っていた。


「どちらか好きな方を選んでください」

「きみが先に選んでいい」

「で、ですが」


 一応お礼なので、彼に選んでほしいのだけれど。どうにか伝えようとすると、青年はゆっくりととチーズとハムを挟んだものを掴んだ。


「いただきます」

「……いただきます」


 エリーゼのあとに青年が呟いた。ぱくりとかぶりつくと、豚肉のうまみがソースに絡みついて口の中で弾ける。


 二人はそのまま前を見つめてサンドウィッチを食べた。ピクルスとビスケットも平等に分け合い、エリーゼは自分は先ほど食べたから、と残っていた焼き栗を剥いて、青年に手渡した。


「わたし、初めて焼き栗を食べたんです。ちょっと冷めてしまったけれど、ほくほくしていてお腹の中まで温まって。とてもおいしくて」


 はい、と手渡すと青年が口の中に焼き栗を放り込む。まだほんのりと温かいそれをもう一個剥く。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 会話はあまり無いけれど、穏やかな時間が過ぎていった。


 完全に食べ終わると、青年が立ち上がった。捕らえた風毒鳥を引き渡しに行くのだという。エリーゼもそろそろ帰る時間だ。長い時間出歩くことを、父は好ましく思っていない。


 別れ際、なんとなく後ろ髪を引かれた。どうしてだろう、また彼と話をしてみたいと思ったのだ。名前を聞いたら、失礼だろうか。


 ぺこりと頭を下げて歩き出そうとすると、青年が口を開く。


「食事、美味しかった。鳥以外にも餌付けをするのはいいが、あんまり初対面の男を易々と信用するのはよくない」


「あの……?」

「だが……、また機会があれば一緒に食事をしてもいいか?」


「は、はい。また、ここでお会いできれば」


 男を信用してはいけないと、釘をさすのに、彼はまた一緒に食事がしたいと言う。

 それなのに、エリーゼもまた、この人と並んでお弁当を食べてみたいな、と思ったのだった。


 これは、なんていう気持ちなのだろう。

 不可思議なのに、ちっとも不快ではない。まだ知らぬ、その感情にエリーゼの胸の奥が奇妙にざわついた。

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