第2話 魔法使いと知り合いました2

 老婦人の過分に親切な行動は、ただただエリーゼを困惑させるだけだ。


 自由に公園を散歩する身ではあるけれど、エリーゼはそれなりに由緒のある家の娘として生まれた。普段から男性と話す機会などあるわけでもなく、日々の生活は屋敷と、たまに修道院への往復、それからこの公園の散歩なもの。


 たまに公園で挨拶を交わすこともあるが、基本的に昼間の時間にのんびり散歩を楽しむのは隠居生活を送るご老人。


(ううう……なんて声を掛けていいのかも分からないし……。ごめんなさいっ! わたしには無理です!)


 エリーゼはゆっくりと冷えていく焼き栗に心の中で謝り、自分で食べてしまうことにする。煤で黒くなっている箇所もあるが、指の腹で少し力を加えると、焼き栗の皮は案外簡単にむくことができた。


 焼き栗を食べるのは初めてだった。実はかなり前から気になっていたのだが、昔付けられた家庭教師から「町での買い食いなど非常識な」と言われたことがあり、買う勇気が持てなかったのだ。


 恐る恐る口の中に放り込んでみると、それはとてもほくほくとしていて、ほんわかと甘かった。


「美味しい!」


 嬉しくなって少し大きな声が出てしまった。


 日向とはいえ、冬の外気は冷たい。お腹がぽかぽかと温まると、心の中までほんわりとしてくる。エリーゼはつい、夢中になってまた一つ、また一つ、とおすそ分けされた焼き栗に手が伸びる。


 だから気が付かなかった。公園の上を旋回している大きな影に。


 突然強風に襲われたエリーゼは、思わず目をつむった。今日は朝から無風だったはずなのに、一体どうしたのだろう。


「きゃぁぁ!」


 もう一度強風にあおられた。紐が少し緩んでいたのか、ボンネットがエリーゼの頭から外れてしまい、宙へ舞う。琥珀色のくせっ毛が風と共に暴れ出す。


 どうにか上を向くと、舞い上がるボンネットの先に、何かがいた。大きな翼を持った鳥だ。明るい茶色の羽を持つ鳥は、水鳥とは比較にならないほどの大きさで、彼が羽ばたくと強い風が生まれた。


 エリーゼに向けて再び強風が襲いかかる。明らかに大きな鳥はエリーゼを見据えている。

 エリーゼは恐怖に瞠目した。あんな大きな鳥は、フィデリスでは見たことが無い。


 魔鳥なのかもしれないと思った。文字通り、魔法の力を有する動物のことだ。

 現に彼が羽を動かすと、旋風が巻き起こりエリーゼを容赦なくべンチの上に押し付ける。


 ベンチの上で風圧に耐えているエリーゼめがけて、怪鳥が容赦なく向かってくる。

 恐怖したその時、風がやんだ。


「大丈夫か」


 低い声に、目を開けると、誰かがエリーゼの体を抱き支えていた。


 顔を上げると、すぐ近くに黒髪の男性がいた。さきほどまで、近くのベンチに座っていたあの青年だった。初めて聞いた声は、ずいぶんと耳になじんだ。年の頃は、エリーゼよりも十くらいは年上だろうか。

このように年若い男性と密着したことが無くて、エリーゼはこんな時なのに、心拍数がものすごく上昇をした。


 男性に触れられていることにびっくりしている暇はなかった。頭上にはまだ、怪鳥が留まっていて、羽を大きく動かしている。そのたびに周囲に突風が生まれていく。背後で木々が倒れる気配がした。


 それなのに、エリーゼの周りは無風だ。


(もしかして……この人、魔法使い?)


 エリーゼはぼんやりとすぐ上の青年の顔を仰ぎ見た。彼は涼しい顔をして、やおら腕を伸ばした。


 怪鳥がくちばしを大きく開き、紫色の煙を吐き出したその時。光の矢のようなものが怪鳥の周りに現れたかと思うと、それらは長く伸び、あっという間に怪鳥を囲み、縛り付けた。


 バシャン、と大きな水音がした。怪鳥が人工湖に落ちたのだ。


 青年がエリーゼから離れて飛び上がった。飛空魔法だろうか、そのまま湖の上へと飛び、水面から何かを引き上げた。こちらに戻ってきた彼はエリーゼの前にやってきて、何かを呟いた。すると、彼の腕の周りに風が起こった。先ほどの強風とは違う、温かな風だ。


「きみのだろう?」

「はい……ありがとうございました」


 差し出されたボンネットはきれいに乾いていた。魔法を使い、ボンネットを乾かしてくれたこと、それから助けてくれたことに礼を言う。


「怪我はないか?」

「は、はい! あ、あの……?」

「なんだ?」

「あの鳥は一体……?」


「あれは風毒(ふうどく)鳥(とり)だ。群れからはぐれた若鳥か、何かだろう。王都の結界は鳥などの動物は弾かない。冬で餌に困って迷い込んだのだろうな」


 青年は誰に聞かせるという風でもなく淡々と言葉を吐いた。


 青年が腕を伸ばすと、光の縄でぐるぐる巻きにされた風毒鳥が浮かび上がる。じたばたと動いているが、魔法の縄はびくりともしない。

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