【書籍発売中】魔力なしの落ちこぼれ令嬢ですが、国一番の魔法使いに求婚されたら溺愛新婚生活が始まりました

高岡未来@7/25エッチな本音💖発売

第1話 魔法使いと知り合いました1

 王都フィデリスの修道院に薬草を届けることはエリーゼの習慣だった。

 いつものように、乾燥させた葉の入った袋を修道女に渡すと、彼女は深々と頭を下げた。


「毎回ありがとうございます。フォースター様が良質な薬草を届けてくださっているおかげで、わたくしたちは良い軟膏や湿布薬を作ることが出来ますわ」


 四十を過ぎた修道女は目じりに皺を作りながら穏やかな笑みで礼を言った。


「いいえ。わたしのほうこそ、皆さんに喜んでもらえて嬉しいです。これ、子供たちへのお土産です」


 礼を言われたエリーゼは恐縮して頭を揺らした。背中の真ん中ほどまである琥珀色のくせっけがふわふわと弾んだ。


 エリーゼは昔から庭いじりが好きだった。最初は花を育てていたのだが、数年前から庭の一角に薬草園を作るようになった。


 様々な効能のある薬草ならば、誰かの役に立つと考えたからだ。育てた薬草を刈り取り、定期的にこの修道院に寄付をするようになった。


 修道女たちはエリーゼが寄付をした薬草を煎じたり、煮詰めたりして様々な用途で利用をしている。貧しくて医者にかかれない市井の者たちに分け与えたりしているのだ。


 エリーゼがもう一つの荷物を手渡すと、修道女がさらに笑み崩れた。細かった目が糸のようになった。


「まあ。いつもありがとうございます。子供たちも喜びますわ」


 この修道院では孤児たちの面倒も見ている。十二、三ほどまでの子供たちが数十人ほど暮らしているのだ。エリーゼは子供たちのために屋敷の料理番に頼んでたまにクッキーを焼いてもらう。


「あまり、お役に立てないのですが、また薬草持ってきますね」


「いいえ。そんなことはございません。フォースター様の育てられた薬草はみな生育状態も良いものばかりです。いつも持ってきてくださるお陰で、ここの子供たちや街の者たちが薬を使うことが出来ますわ」


 去り際、修道女は何度もエリーゼに対して頭を下げた。

 エリーゼは修道女に別れを告げて、石造りの建物から外に出た。空を見上げると、鳥が一羽視界を横切った。


「うん。いいお天気。これなら公園でご飯を食べても大丈夫そうね」


 その足で向かったのはフィデリスの中心から少し離れたところにある公園。


 凍てつくような寒さもあと少し。これから徐々に張り詰めた空気の中に柔らかな春の気配が混じり始める。太陽の光に強さが戻り、土の下にもぐった動植物たちが起き出す。


 そのことに思いを馳せながらたどり着いたのは、公園の奥に作られた人工の湖。夏にはボートが浮かび、多くの人で賑わうこの場所も今の季節はほぼ無人。


 いるのはせいぜい散歩をする人か、水の上に浮かぶ水鳥だ。

 エリーゼは昔から木々や草花が大好きだった。


 季節の移り変わりとともに彼らの変化を目にすることが楽しみで、フィデリス市民の憩いの場であるこの大きな公園もお気に入りの一つだ。


「おや、今日も餌やり?」

「こんにちは。ええ、そうなの。パンくずを分けてもらったんです」


 冬の時期ではあるけれど、散歩の常連さんはいるものだ。

 エリーゼに声を掛けてきたのは何度か顔を合わせる老婦人だ。厚手のコートに、毛皮の帽子をかぶって、日が高い位置にいる時間帯によく公園を散歩している。


 エリーゼは荷物の中から古びたパンの切れ端を取り出し、老婦人の手のひらに乗せた。一緒に水鳥たちに向かって投げてやると、彼らは餌の気配を敏感に察知し、ガアガアと鳴きながらこちらに向かって泳いでくる。


「いつも元気ねえ」

「ですねぇ」


 たまにこうして一緒に水鳥に餌をやる縁なのだ。名前は知らない。けれども、散歩仲間というのはそのくらいの距離でちょうどいいのかもしれない。


(そうそう、散歩仲間といえば、今日もあの人来ているわね)


 エリーゼはパンを投げながら、少し離れたベンチにそっと視線を向ける。


 ここ最近、よく見かける新参者の青年だ。分厚い本を読んだり、何をするでもなくぼんやりベンチに座っていたりする彼もまた、太陽が空の真上からやや傾き始めた頃合いに見かける顔だ。


 老婦人は餌やりに満足をして、ニコニコ顔でエリーゼに「わたしからのおすそ分けよ」と言って、焼き栗をいくつか手渡した。


 公園の屋台で売られているもので、冬の風物詩だ。熱々の焼き栗は簡易暖房代わりに重宝するし、食べれば胃の中までホクホクと温まる。


「あの、彼にもわけてあげて頂戴」


 老婦人はぱちりと片目をつぶった。


「え? ええ?」


「うふふ。彼、とてもいい男じゃない? せっかくの縁だもの、若い娘は積極的に行かないと」


 完全に楽しがる風情で老婦人は一人分にしてはいささか多い焼き栗のおすそ分けをエリーゼへと託して、行ってしまった。


 老婦人はエリーゼの困惑など気にするそぶりも見せずに、散歩の続きを開始してしまった。その背中が小さくなるまで見送っていると、水鳥たちがガアガアと次の餌を催促する。


 エリーゼは慌てて焼き栗を仕舞い、パンくずを彼らに与え始めながら、ちらちらと青年の方を窺う。


 暗い色の髪に、濃茶の上下揃いの上着とズボン。近くでじっくり眺めたことはないけれど、少し離れた場所からちらりと見ただけでも、その鼻筋は通っており、凛とした顎の線などから、それなりに整った造作をしていることがうかがい知れる。


 一方のエリーゼは、やや流行おくれのドレスの上から厚手の外套を身にまとい、ボンネットをかぶっている。


 完全にパンくずが無くなってしまうと、水鳥たちはあっさりとエリーゼにお尻を向け、人工湖の奥へと泳いで帰ってしまった。


「さて、と」


 エリーゼはベンチに座って、荷物の中から自分用のお昼ご飯を取り出した。冬場の公園は木々が葉を落としていて、物悲しいけれど、今日は珍しく太陽の光が雲に遮られていないため暖かい。もうすぐ春が訪れるのだと思うと、わくわくする。


(焼き栗……どうしよう……?)

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