第8話 ラクシュ 前編

今日は天気も良く、珍しくうららかな日だ。心地よく馬車に揺られラクシュは景色を眺めていた。 


一匹の蜘蛛が馬車の屋根から降りてきた。

ラクシュの顔の位置から数センチの

ところである。


「あら。蜘蛛さん、こんにちは。フフ。」


その蜘蛛の姿は美しく琥珀色でところどころ

にピンクや薄いブルーやグリーンなどの色が

キラキラと光っていた。


ラクシュは天界局での自分を思い出していた。





「本日から配属になりました。ラクシュです。よろしくお願いいたします。」


「そう。よろしく。頑張ってね。」


そっけなくともとれる

態度でラクシュは天界局の秘書課に

迎えられた。


天界は様々な人種で成り立っている。

天神、竜神、獣人、少数であるが鬼やもののけの類いまで住んでいるのである。

天界局もその為、多様な人種で構成されている。

ラクシュは天女である。

容姿も愛らしく嫉妬の対象になりやすい。



「そうねえ。では、アスラ司令官が先ほど到着されたのでお茶をいれてきてくれる?」


「はい!わかりました。」


ラクシュは満面の笑みで答えた。

初の仕事で軍部最高司令官のアスラと対面出来ることが光栄に思えたのである。


トントントン

「失礼します。お茶をお持ちしました。」


少し緊張しながら部屋に入った。


アスラは難しい顔しながらタブレット端末を眺めている。


「ありがとう。そこに置いておいて下さい。」


アスラはタブレットから目を外す事なく言った。


「わかりました!」


ラクシュは緊張しながらも弾んだ声で答えた。


「ん?初めて見る顔ですね。名前は何と言うのですか?」


「ラクシュと申します。本日から配属になりました。」


アスラは一瞬驚いた表情になりそうになったが、直ぐさまいつものポーカーフェイスを取り戻した。


彼の母の名前も〈ラクシュ〉なのである。


「そうですか……。良い名前ですね。」


アスラが秘書の前で微笑するのは珍しい。


「ありがとうございます!」


ラクシュは元気よく答え、そそくさと部屋をでた。


次の日もラクシュがアスラのお茶出しをした。


「やあ……。いつもありがとう。」


アスラは嬉しそうだ。


「とんでもありません。フフ。」


ラクシュも喜びが隠れていない様子である。


「明日もラクシュさんだと嬉しいね。あなたの入れたお茶はとても私に合っているようです。」


「ありがとうございます!とても嬉しいです!」


ラクシュの声はさらに弾んだ。


童顔の二人なので見た目だけなら、まるで高校生同士の恋愛ドラマのワンシーンのような雰囲気であった。


部屋を出て持ち場に戻ったラクシュは席に着いた。


ラクシュはこの秘書課への配属は本日だが天界局でのキャリアは3年目である。

経理課からの移動であった。


「ラクシュさん、この資料の整理を本日にお願いね。」


本日中に終えるには少し骨が折れそうな量の資料が目の前におかれた。


「はい!わかりました!」


ラクシュは笑顔で答える。


就業時間が終わりに近づくにつれ一人一人退席していく。


とうとう課長が席を立つ


「すまんね。ラクシュ君。お先させてもらうよ。」


「大丈夫です!また明日もよろしくお願いいたします。」


ラクシュは元気に答えた。


2時間が過ぎた頃、ドアが開いた。


「おや?まだ、誰かいたのですね?」


声の主はアスラであった。


「あなた、一人ですか?」


「はい。すみません。私、手が遅いので時間がかかってしまって……

この資料は明日、必要なものらしいのです。」


「ん?この資料、明日は必要ないですね。」


「え? そうなんですか?」


「ええ。つまらない新人いびりの風潮でもあるようですね。この部署は……」


アスラは眉を寄せた。


「この資料は私が直接預かります。本日はもう退社して下さい。」


アスラはやさしくラクシュに告げた。


「ありがとうございます。」


ラクシュは頭をさげ、帰宅の準備をした。


その後もラクシュは理不尽な思いをする事は度々あったが、大事にする事もないと思い、何事も無いように過ごした。


母と同じ名前のラクシュが気にかかるのかアスラは度々ラクシュを見守り、時には手助けもしたりした。


「今日も一人残業ですか?ラクシュさん。」


「あ、アスラ司令官、お疲れ様です。」



「相変わらず、抱え込んでいるのですね?」


あすらはやれやれといった感じだが優しくラクシュに言った。


「少し貸して下さい。」


アスラはそう言うと資料に目を通した。


「この資料の件は私から課長に伝えておきます。」


そう伝え、そのまま資料を持ち去ってしました。


「え、そんな!困ります。」


ラクシュはそう言ったが、アスラはお構い無く部屋から出ていってしまった。




「フフ。フフフ!」


まさか、他部署の長であるアスラがこのような事をするとは思わかったであろう。 

ラクシュは不思議に思ったが単純に嬉しさが勝り自然に笑いが込み上げた。

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