第9話 ラクシュ 後編

「ラクシュさん?」

「はじめましてえ!私、昨日付けで配属されましたバステといいます。よろしくお願いしますう。」


黒猫型の獣人のキュートな顔が

隣から覗かせた。


ラクシュは昨日まで出張中で

事務所に戻ったのは今日の午後だった。


「はじめまして。こちらこそよろしくお願いしますね。」


ラクシュは獣人との接触は機会が少ないので少し緊張ぎみに返事をした。


「研修が明日からあるそうなんですど

それまで現場で慣れろってことでしょうかね?何も説明がないから不安ですう。」


「そうでしたか?それは不安ですね。

ここにある程度のマニュアルがあるので

目を通してるといいと思いますよ。」


ラクシュは笑顔でできる限り丁寧に接した。


「ところでアスラ司令官ってステキですよね?」


バステはウインクしながら小声で言った。


初対面なのに急に距離を縮めてくるバステに

少々戸惑ったがラクシュは軽く微笑みながら返事をした。


「ええ。そうですね。」



「そこ! 何を無駄口たたいているの!」


上司より厳しい口調で注意を受けた。


「すみませーん! 只今より資料室へ行ってきますう!」


バステはそう言うと部屋から居なくなってしまった。


その日、ラクシュは出張中に溜まっていた書類を処理するために又、残業になってしまった。


「ふう。やっと終わった。」


「やっと終わりましたか?」


いつの間にかアスラが入室していた。

いつものように優しくラクシュに微笑んでいる。


「びっくりしました!

いつから、いらしたのですか?」


「ほんの数分前ですよ。

明かりがついていたので、又ラクシュさんが一人で残っているのかなと思いましてね。」


「よろしいのですか?

多部所にそんなに頻繁にいらして。」


ラクシュは少女が意地悪しているように言った。


「迷惑ですか?」


お構い無しに笑いながらアスラは言う。


「いいえ。そんなことないです。」


ラクシュはやはり嬉しそうだ。


「ところで、どうですか?

これからお時間あれば食事でも?」


ラクシュは思いもよらないアスラの誘いにおおいに戸惑った。

心の準備もなく、本心とは真逆の返答をしてしまうのであった。


「す、すみません。出張から帰ったばかりなので今日は、体を休めたいと思っておりまして……」


「……そうですか。残念です。では、又の機会に。」


アスラは優しくそういうと退室した。


ラクシュは動揺を押さえるのに必死だった。


「何回、びっくりさせるのよ。」


口を尖らせてはいるが笑顔のラクシュであった。



次の日、いつもどうり出勤するとなにやら周りの目が冷たいことに気がついた。


「よくやるわよね……」

「ほんと、アスラ様も……」


ひそひそ声の会話は本人にも聞こえるほどだ。


ラクシュは訳がわからないままに席に着いた。


天界にもWEBの技術は存在しており勿論、インターネットに似たサービスを皆、当たり前に利用している。


「ラクシュさん、大変ですよ……」


小声でバステが言ってきた。


「局内の裏掲示板を見て下さい。ラクシュさんの事が書き込みされていますよ。」


ラクシュは裏掲示板にアクセスし、内容を確認した。


そこには、昨日のアスラとのやり取りが写真つきで投稿されていた。


〈スクープ!最高司令官の密会!残業中の逢瀬〉

〈シンデレラは秘書課の天女か?〉


好き勝手な記事が掲載されていた。


「そんな……!」


ラクシュは声を失った。

周りのひそひそ話が自分に向けての事だと理解するとより耳に入ってくる。


たまらずラクシュは部屋から逃げ出してしまった。



バステはその様子を無表情で見送った後、アスラの元へ向かった。


トントントン


「失礼しまぁーす。」


「お茶をお持ちしましたぁ。」


「ありがとう。そこへ置いておいて下さい。」


アスラは何も知らない様子だ。


「アスラ様、お忙しいところ失礼します。

局内の裏掲示板でアスラ様の事が投稿されてますよ。ゴシップのようなものですが。」


バステはアスラにも伝えた。


「そうですか。ありがとう。

あまり、そのような事には興味が無いので見ていなかったよ。」


アスラも内容を確認した。


「これは、ひどい書かれようですね。」


「ですよね。ラクシュさん、大丈夫でしょうかね?」


バステはアスラの顔をチラリと見た。


アスラはお茶を、飲み干し席を立った。


「少し様子を見てきます。

私のせいで他部所に迷惑はかけられませんから。すみませんがお茶を下げておいて下さい。」


そういうとバステを残して部屋から出ていってしまった。


バステの瞳が怪しく光る。


「さてと……」


バステはアスラのPCに近寄りUSBを射し込んだ。


パスコードは事前に入手済みなのか簡単にログインしている。

そして、お目当てのデータを探し当てた。


「狙いは南エリアのN地区のエネルギー庫のパスコードと情報だったのか。」


バステの背後から声がした。アスラである。


「!」


そんな筈はない!と思っても紛れもなく後ろで腕組みをして立っているのはアスラ本人である。


「なぜ??」


「数日前から私のPCに不正アクセスがあったのは知っていましたよ。先ほど部屋から出ていったのは私の影です。」


「くっ!騙したな!」


「お互い様です。」


バステは机から素早く離れると一見愛らしい姿から戦闘用の姿に豹変した。

元々つり吟味の目は更につり上がり金色にギラつく、また口は耳まで裂けた。

髪の毛を含めた全身の毛ら逆立ち手の甲から鋭く太い爪が30cmほど突き出ている。


戦闘力ではアスラにかなわないのはバステも理解している。

なんとか威嚇しながら逃走経路を探していた。


アスラも本来の姿となり戦闘態勢だ。

全身は琥珀色に輝き腕は6本になっている。

3つの顔はそれぞれバステを睨んでいた。


狭い空間の中、緊張が走る。




ラクシュは泣きながら、小走りで局を出ていた。

緑に覆われた小径に出た時、ようやく落ち着いた。

あんな、噂をたてられてはもう局には居られないと思った。


「せめて、局長には挨拶をすませないと……」


ラクシュの足取りは重かったが天界局に戻ることにした。


局長室に隣り合うようにアスラのいる軍事部司令室がある。

ラクシュはその部屋の前を通りかかった時に禍々しいほどの悪気がドアの外からでもわかるくらい漂っていた。


アスラとは顔を会わせずらいと思っていたが

あまりの不穏な空気に思わずドアをノックした。


トントントン。


「失礼します。」


ドアを開けたらまさに緊張の最中、アスラとバステは一触即発の状況であった。


隙を作ってしまったのはバステの方であった。

勝負は一瞬であった。アスラの6本の腕から放たれた手刀がバステの体を八つ裂きにした。


切り裂かれたバステの体の隙間から見えたのは鬼神の表情のアスラの姿であった。


凄惨な状況を目の当たりにしたラクシュは悲鳴を上げた。


「キャアアアッ!」


ラクシュは何もかも忘れたいと願った。

そして、再び天界局を走り出た。


バステはアグーが天界局に送り込んだスパイであった。この国のメインのエネルギーを生産する施設の情報を狙っていたのだ。


ラクシュがその事をネットニュースで知ったのは数日後の事であった。


あれから一年が経ち、

天達と出会い今、馬車に揺られている。

ラクシュは目の前の琥珀色の美しい蜘蛛に何を思うのか。

真意は本人のみぞ知る。

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