第7話 初陣

帝都からずいぶん離れ、田舎道にさしかかった天達一行。

昨晩の緊張感とはうって変わり、今日は天気もよく牧歌的な雰囲気だ。


「しかし、なーんもねぇなぁ。この辺りは。」


リュウは欠伸をしながら言った。


「でも見晴らしがいいので、安心ですね。」


ラクシュもリラックスしている。


見渡す限りの水田が広がる景色を楽しんでいた。稲穂が風に揺られるその様子がなんとも美しかった。


「La~LaLa~。La~LaLa~♪」

ファルセットの裏声で歌い出したのはガルーダだ。


「新世界ですね。この曲、私好きです。」


馬車に揺られ眠そうに天。

ふと、不思議な事に気づく。


「この曲は人間界で有名な曲ですよ。なぜ、天界で広まっているんですか?!」


「え? この曲はこの天界の古い曲ですよ。ドヴォルザークって人の作曲。誰でも知ってるわ。」


ラクシュも不思議そうにしている。


「La~LaLa~、La~LaLa~La~♪」


ガルーダはお構い無しに陶酔しながらフルコーラスを歌いきった。


どうやら、ガルーダの言っていた平行世界説は有力なようだ。


そんな平穏な雰囲気を突き崩すように空からヘリコプターの羽音がけたたましく近づいてきた。


「天王軍のヘリだ!」


どうやら、身元はバレているようだ。

ヘリの先端にある機関砲が容赦なく火を吹く。


ガガがガガ!!!


こちらは馬車である。かなり部が悪い。

リュウは鞭をふるい水田の畦道を全力で駆け逃げる。


後方から砲撃が音をたてて迫ってくる。


ガガがガガ!!!


「くそ!ダメか!!!」


リュウから、らしくない諦めの言葉がでると同時に馬車全体が突然光に包まれた。

しかもその光は砲撃を全て弾きかえしたのである。


光の正体はラクシュの防御魔法であった。


「お前って、結構すごい人?!」


リュウはラクシュに聞いた。


「この魔法、初めて使います!しかも私、体力がないので……」


ラクシュは困り顔で答える。


「で、どれくらいもちそうなの?」


ガルーダも少し焦りながら問う。


「3分くらい……かな?」


思ったより短い時間だ。


「分かったわ。馬車を捨てるわよ!手綱を切ってリュウ!」


ガルーダは口早に言った。


「OK!」


リュウは手綱を腰のダガーで切り馬達を自由にした。

興奮している馬達は一目散に馬車を置いて

走り去った。


「次はどうする!?」


リュウは叫ぶ。


「隣の稲穂の中に飛び込むのよ!」


ガルーダは叫ぶと同時にラクシュを抱いて馬車から飛びおりた。


「待ってよー!」


天も遅れて飛び込んだ。


「こらー!置いてくな!」


リュウが飛び降りると同時に馬車は砲撃の的になり大破した。


ドッバーン!!バチバチバチ。


炎に包まれる馬車。



逃げこんだ水田の稲穂は背が高く、隠れるにはちょうどよかった。


作物は国の資産でもあるという考えから保護されている。天界軍もむやみに砲撃はできないのである。


声を潜める天達。


「思ったより早かったわね……」


ガルーダは声をひそめて言った。


「ごめんなさい。私のせいで……」


ラクシュは怯えながら皆に謝る。


「いや。違うぜ。狙いはオレと天だよ。」


ドヤ顔でリュウはラクシュに振り向いた。



上空のヘリコプターから梯子が下がってきた。人影が見える。


バッダであった。


「やはり、やつかー。会いたくなかったぜ……。」


リュウは落胆した。


「知ってる人?」


天はリュウに聞いた。


「奴はお前に会いにきたんだぜ。」


皮肉めいた口調でリュウは答えた。


ヘリから伸びる梯子はどんどん稲穂の繁る水田に近づいてくる。


バッダと2名の敵兵は水田へ降りたった。ゲリラ戦の訓練を受けている手練れ達である。


「ちっ!水田の水の量じゃ、奴らの足止めにもならねぇ。」


リュウは青龍の能力で水を支配できるが今回は役にたちそうにない。


「少し待ってろよ。かたづけてくる!」


リュウは一人で敵兵に向かおうとした。


「ちょっと待って!」


天はリュウを呼び止める。


「タズル!」


天はリュウに指先を向けて言った。

指先から迷彩色の絵の具状の物質が飛びだした。

それはリュウを見事に周りの景色と同化させた。


「サンキューな!」


ニッと笑いリュウは改めて敵兵へ足早に向かう。


天はもう一度タズルの魔法を自らに向けて放った。同様に周りの景色と同化した。



敵は3方向へ散っていた。

その内の一人の敵にリュウは足早に近づいた。


バシュ!!


一瞬だった。


リュウの戦闘能力はずば抜けている。


敵兵はなす術なくリュウの槍により倒された。


同時にもう一人の敵兵の気配が消えた。


「私、コソコソするのは得意なのよねぇ。」


ズメイが人知れず2人目の敵兵を始末していた。後ろから首をめがけてダガーで掻き切っていた。


「でも、これ以上は手助けできないわ。許してね。」


そう呟くとズメイは又、身をかくした。



「誰かは知らねぇが、助かったぜ!残るはバッダのみか。」


リュウは2人目の敵兵が居なくなったのを悟るとバッダを目指した。


バッダも2名の部下が倒されたのを理解したようだ。

すぐさま無線でヘリを呼び戻し梯子につかまった。


そして再び上空からバッダは天達を探しはじめるのであった。



一度リュウは皆の元へもどることにした。


「皆!無事か?」


リュウは再び皆と合流した。


「おい。ラクシュ。何か便利な魔法はないのか? 火炎放射とか飛ぶとかテレポートとか?!」


リュウは無茶を承知で質問をぶつける。


「ないですよ!私は戦闘員ではありません。」


先のバリアの消耗で息をきらしながらラクシュは言った。


「でも高速移動なら、なんとかなりそうかも。」


ラクシュは再び呪文を唱えた。


「風の精霊達よ。主の名により援護を命ずる。」


ラクシュ達4人の足元に風のプレートのようなものができた。そして、それは水面の少し上まで上昇する。

ちょうどサーフィンボードの上に乗っているような状態だ。


「エアル!!」


勢いよく後方に手をかざす。

すると10mほど前に稲穂の中を滑るように進んだ。


「いいじゃねえか!よし!このまま、ずらかるぞ!」


とリュウ。


しかし、天達の高速移動で稲穂は掻き分けられ後を残していく。上空のバッダからは天達の位地は丸見えだった。

必死で逃げるがヘリコプターは容赦なく近づいてくる。


必死の逃亡の最中、天は水田の一部に異変を発見した。何か居るようだ。


「ラクシュさん!あそこの一角に向かって下さい!」


ラクシュは言われるとうりのところに向かった。


すると、一斉に何かの大群が舞い上がった。

そして、それらは一瞬にして大空を多いつくす。


ライスホッパーだ。


稲を餌とする人間界で言うバッタの一種だ。


ヘリコプターはその大群に巻き込まれた。


「うわー! 虫の大群により前方がふさがれました!操縦不能!操縦不能!」


当然ヘリから垂れる梯子の上のバッダも無、事ではない。

全身ライスホッパーに覆われている。


「うおーー!」


バッダは苦しそうに背中に背負っていた大刀のデュランダルを振り回していた。



「何で、僕たちには襲ってこないんだろう?」


天は不思議に思った。


「おそらく、あなたが私たちにかけたこの迷彩色の絵の具のせいよ。ライスホッパーは顔料に含まれる成分が嫌いなのよ。ハーブでも入ってるんじゃないかしら?

それとヘリの羽音がライスホッパーの縄張りを荒らす外敵の波長と似ているのかもね。」


ヘリコプターとバッダは墜落し炎上した。


ドドー!バチバチバチ!!


「今のうちに逃げるわよ!」


ガルーダの先導で天達は水田をでた。



「ふぅ……。やっと安心ね。」


ようやく安堵できる時間ができた。


「馬車がなくなったけどどうする? 又ラクシュの高速移動の世話になるか?」

リュウは言った。


「目的地までどれくらいあるかわかりませんが、長距離はむずかしいです。」


ラクシュは言葉を返す。


「歩きましょ♪」


鼻歌混じりにガルーダ。


「おいっ!目的地までは近いのか?!」


リュウは疑いながら聞いた。


「さあね♪」


又ガルーダは鼻歌混じりだ。


「でも、歩くしかなさそうですね。」


天はあきらめながらも楽しそうだ。


「なんで、嬉しそうなんだよ!」


リュウは呆れながら天に突っ込んだ。  


地獄までの旅はまだまだ続く。

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