第1話 ある晴れた麗らかな日、宮殿にて
バロック建築の豪華絢爛な宮殿内、
クラシック音楽に似た音と小鳥の囀りが
BGMとして流れている。
そんな優雅な雰囲気の長い廊下で二人の武人が歩いていた。
一人はこの宮殿の主。
〈天界〉と呼ばれるこの世界の支配者、
インダラーだ。
彼は部下や民からは尊敬と畏怖を込めて
”天界王‘’と呼ばれている。
「どうだ……。大戦後の世界の様子に変わった事はないか?」
彼はしゃがれた低い声で隣にいる容姿端麗の男に重々しく聞いた。
「はい、戦いの調停後は何事もなく、
特に変わった動きはございません。」
隣で明朗な返事をいるのは
軍部最高司令官のアスラだ。
彼は常に冷静沈着で周りからの信頼は厚く政治の面でも天界王の片腕としてそばにいる事が多い。
「アグーは何を考えているか解らんからな。監視は怠るなよ。」
アグーとは先の戦いの敵国の長の名である。また天界王とは兄にあたる関係であった。
天界王は2メートルを越す長身だ。
そこから見下ろされる眼光はアスラへかなりのプレッシャーを与えていた事だろう。
「はい、抜かりはございません。」
しかしアスラも歴戦練磨の武人である。
そのプレッシャーをものともせず
いつも平然とした態度で答える。
ここはもちろん人間界とは異なる世界である。
なにやら物々しい雰囲気だが〈天界〉は本来、喜びに満ちた人々で溢れており、そのポジティブなエネルギーにより経済や文化を発展させてきた。
また、科学と霊力がバランス良く融合した幸福度の高い世界であった。
しかし
数年前、世界を二分した大きな戦いが起こってしまった。しかも親族同士の血で血を洗うような過酷な戦いである。
インダラーはこの戦いに勝利し、この天界の支配者となった。
ガガー!ピー!
アスラが頭部に装着している小型インカムに受信が入る。
「アスラ司令官殿!こちら、西エリアの責任者です。市民が自治権を求め大規模なデモが起っております。只今警備隊が押さえておりますが、長くは持ちそうにありません。」
アスラは常に忙しい。
こうして各部隊からいつなんどきも情報が逐一入ってくるのである。
彼は顔色をかえず、声も出さず頭の中だけで
莫大な情報を処理し、特殊な端末から的確な指示を指先で出しているのだ。
「天界王様。西エリアの一部から、自治を認めて欲しいとの要望があります。このままでは暴動に発展する恐れがあるようです。」
アスラは天界王に静かに伝えた。
「よかろう。ただしエリア長は我が国の信頼をおける者を置くようにな。人選は任せる。」
「はい。ただちに配置致します。」
西エリアは元々、アグー支配下にあった土地だ。
港町ということもあり貿易も盛んに行われている。個人での自由貿易が許されており、その者達はある程度の富を持つことができた。自治権が移り、しばらくは小さい騒動が続きそうだ。
二人の歩く廊下は美しいシャンデリアが数メートル間隔で吊るされてあり、巨大な窓ガラスには見事なレースカーテンが掛けられていた。
その隙間からは日の光が心地よく降り注いでいた。
「……。」
重苦しくも、穏やかな木漏れ日の中での会話の中、一瞬、ほんの微量だが異質な空気が漂った。
ほとんどの者は気づかないほどの出来事である。
しかし、アスラだけは反応していた。
童顔で零里耽美の容姿のアスラだが、本性は三面六臂の闘神である。
その鋭い洞察力と思考から行動に移す瞬発力は凄まじい。
違和感の元に目掛け、闘気を放った。
「!!」
その気に当てられ、邪気にも似たその違和感はその場で散り去った。
(逃したか……)
アスラは頭の中で呟いた。
宮殿の外堀付近にて
「やはり、簡単にはいかないねぇ……」
長い黒髪をかき分け、不適な微笑みを浮かばせて呟くのはアグーの精鋭部隊の一つ、〈クノイチ〉の部隊長ズメイである。
彼女のその特異な能力は、念を遠くに飛ばすことで体から数キロ離れたところでも情報を探ることができた。
先ほどの宮殿内の捜索はアスラに感ずかれはしたが、それも想定内の様子だ。まずは宣戦布告というところか。
「アスラちゃん。今後ともよろしくねぇ。」
ズメイは悪戯っぽく呟き、黒煙を纏うとそのまま姿を消した。
天界王とアスラは長い廊下を歩き終え、ひときわ荘厳な装飾のある扉を開けた。
その先にある薄暗い螺旋階段を一歩一歩二人は
又、歩くのだった。
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