水瓶の精霊ハイドラリアス
「どう?ハイドラリアス。」
「うん。ここは君の言う通り、魔力で作られた高度な閉鎖空間のようだ。普通の手段では出入りができない。大精霊並の強い力の転移で無理やりここに繋げたようだね。」
私の契約精霊『ハイドラリアス』はこの部屋のことをそう分析した。
私の力の多くはこの水の精との契約により利用することができる。
言わば私の力の大本だ。
精霊は肉体を捨てて魔力のみでの実体を持つ高次元の存在のため、私よりも魔力に対する造詣が深い。
特に生前が私と同じように魔法使いだったこの精霊は格別、自分の領域外の魔法にも知識があった。
「あなたの力でここから脱出することは出来る?」
「いや、残念ながら若輩者のボクの魔力だけでは及ばない。まあ、君と併せれば一人分の歪みは作れるけど……。」
水の精が鎧の男をちらりと見て私に問う。
「そちらの兵士の方も一緒にかい?」
「一緒に決まってるじゃない。」
「すまない。礼なら後でいくらでも払うと約束しよう。」
私と男の返事を聞くと水の精は「うーん」と言いながら考えるそぶりを見せたあと、こう言った。
「鍵が必要だね。」
「鍵?この部屋のどこかに鍵穴があるの?」
「いや、正確には鍵となる物さ。閉鎖空間には必ず、出入りをするために鍵となる物を用意する。作成者はその鍵を媒介にして扉を開く。
この部屋の場合、何度か無理やり繋げた形跡があるから綻びもできているようだ。
強い魔力の籠った媒介があれば、同じようにまたこじ開けられるだろうね。
そちらの御仁にも解るように言うと、フェリダのお伽噺に出てくる伝説の剣みたいな代物とかがこの部屋の鍵として近しいかな。」
強い魔力の籠った物について思いを巡らすが私の持ち物にそれに該当する物は無かった。
鎧の男もお伽噺の剣と聞いて首を捻っている。
「ダメね。心当たりは無いわ。私と貴方の力でこの人を外に出した後に、私が回復を待ってから外に出るというのは?」
「あまり、ここに長居をすることはお勧めできないね。全部は解らなかったけど、この部屋には時間を止める仕掛けがあるようなんだ。
どんな結果が起こるか予測が付かないから可能なら一日でも早く出たほうが良い。それに、もしかしたら魔力の回復も止まるかもしれない。」
「なら、私が先に出てロナルドに助けを求めるのは?」
「仮にボクらが外に出ても正規の手段で脱出しない限り、どこに飛ばされるか判らない。先生ならもしかしたら、という可能性はあるけども合流できたところで入口の判らない部屋を見つけるのは至難の業だ。
そもそも、それができるならもう、ここに君を助けに来ているだろう?」
私たちがそうやって議論を交わしていると、鎧の男が気にかかることを言った。
「お伽噺と言えば、民謡に出てくるような存在しないとされる代物でもいいのかな?」
「それはどんな民謡の代物かしら?」
私が興味を持って尋ねると、男は懐から大事そうに包まれた小袋を取り出して答えた。
「フェリダ民謡の『尋ね人の唄』に出てくる“瑠璃色の真珠”だよ。」
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鎧の男が取り出した袋の中には丸みを帯びた青い宝石が詰まっていた。
その宝石は私がエヴァンズ夫人から預かった耳飾りに取り付けられた物とよく似ていた。
「驚いた!これは本物だよ。これがあれば、この領域を抜けることができる!」
水の精霊が珍しくはしゃいでいた。
生前、骨董品を買い漁っては部屋に飾り、暗い部屋で三日三晩ニタニタ鑑賞する理解に苦しむ趣味があった危ない人物が言うのだからその審美眼は疑いようがないと言える。
もっとも、目が腐っていなければの話だけど。
「貴方、一体これをどこで手に入れたの?」
「昔、海賊の討伐に派兵されたことがあってね。その時の戦いで海賊船の奥に捕えられていた人を解放したときにお礼に貰ったんだ。」
「その人のことはどれだけ覚えてる?」
「すまない。5年以上前のことだからね。容姿に関しては男か女かも分からない。子供だったような気もするし、老人だったような気もする。」
「その他にはどうかしら?」
「とにかく必死だったし、ローブで顔を隠していたってこと以外はあまり、印象にないかな。貰った袋の中身を確認したのも戦いが終わった後のことなんだ。」
私が訊ねると男はそう答えた。
人から貰ったものだとするなら、エヴァンズ夫人のおばあ様絡みの可能性もある。
しかし恐らく、これ以上、聞いた先で得られる情報はあまり無いだろう。
加えて、私個人としても民謡に出てくる幻の場所や宝にはあまり、興味がない。
今はここから出ること、そしてビル・ターナーの遺体を探すことが優先だ。
「そう。分かったわ。とにかく、ありがとう。それじゃあ、それをお借りするわね。ハイドラリアス、よろしく頼むわ。」
「ちょっと失礼するよ!」
私がハイドラリアスに指示を出すと、水の精は男の持つ小袋から真珠を1つ取り出し、壁に向けた。
すると、瑠璃色の真珠から光が零れだし、青い光がこの部屋の障壁とぶつかると、境界でせめぎ合うように雷が走った。
やがて、水の精が真珠を向けた壁が形を歪めて、壁に一人分の大きさの黒い窓が出来る。
水の精は急かすように叫んだ。
「そう長くは持たない。今のうちだよ!」
私たちは駆け足で窓をくぐる。
かくして、私達はこの奇妙な空間を脱出した。
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