出口のない小部屋

目が覚めると私は再び洞窟の中にいるようだった。


私は胸にかかっていた毛布を押しのけて身体を起こす。

これは私の持ち物ではない。

辺りを見回すと、鎧を着た男と目が合った。

男は壁に寄りかかって胡坐を組んでいる。

男の脇には刃が折れて根元だけになった剣の残骸と背嚢が転がっていた。


「目が覚めたみたいだね。」


男に声をかけられ、まずは衣服の乱れを確認する。

問題はないようだった。

どうやら寝ている女の身体を触るタイプの変態ではないことは確かだ。

私の美貌を観察する趣味の変態であるかもしれないので引き続き、彼が変態ではないという結論を先延ばしにする。

一先ずは立ち上がり、男にお礼を言う。


「この毛布と枕は貴方のよね?まずはお礼を言わせてもらうわ。ありがとう。」


「どういたしまして。」


借り受けたものを畳んで男に返すと、男は人懐っこい笑みを浮かべて返事をした。

多少は信用できそうな相手のようだった。

とはいえ、色んな意味で警戒は怠らないが。


「ここはどこかしら?出口が見当たらないようだけど。」


私たちが今いる場所は四方から天井までもが石の壁に囲まれていた。

どこかの部屋というべきだろう。

光源が無いにもかかわらず、昼間の屋内のように明るい。


「僕もちょっとよく分からないかな。山で仲間とはぐれてたら洞窟を見つけてね。夜になったから、そこで少しばかり休もうと思って眠りについたんだけども、目が覚めたらここにいたんだ。」


「私はどれくらい眠っていたかしら?」


「君はすぐに目を覚ましたよ。眠っていたのは、ほんの一時だね。」


「貴方はどれくらいここにいるの?」


「多分、僕は30日くらいかな。不思議とお腹も空かないんだ。出ることもできないし時間の感覚も曖昧になってきてね。だから正確じゃなくて申し訳ないんだけれども。」


男から情報を手に入れると再度礼を言い、私は四方の壁、地面、それから天井を調べる。

光源となる物体や出口は見当たらないようだった。

水瓶を召喚して師に習った魔法の領域を展開してみる。

球状に広げた水の領域が分厚い魔力の壁に阻まれる手応えがあった。


「驚いた。君は理術師なんだね。こんなに若い子は初めて見たよ。」


「まあ、そんな感じよ。」


正確には魔法使いなのだが、勘違いしてくれればそれで好都合なのでこの部屋の構造を調べながら男の言葉を軽く受け流す。

私が凄いのは公然の事実なのだが、その凄さが具体的に解らない人のおべっかに乗っかるような軽い女ではない。


「僕も質問していいかい?」


「答えられる範囲ならいいわよ。私も質問したし毛布と枕の恩もあるわ。」


「君みたいな女の子がどうしてこの山に来たんだい?」


「申し訳ないけど、それは契約上話せないわね。」


「一人で来たのかい?」


「師匠と二人よ。」


男は「そっか」と言うと、それきり、黙って私が部屋を調べるのを見ていた。

調査の結果、どうやら、この部屋はやはり魔法で構築された領域であるらしかった。

それもかなり高度のもので恐らく私が全力を出しても綻びを作ることが叶わない。

次なる手を思案することにする。


そうして、しばらくの間座って考え込んでいると、男は独り言のように上向いて、また口を開いた。


「僕には妻と子供がいてね。子供の方は君ほどすごくはないんだけど、なかなか物覚えが良くてね。将来はきっと立派な学者や商人なんかになると思ってる。だから、僕が生きてるうちに出来るだけ稼いで、学校に行かせて好きなことをやらせてあげたいんだ。」


男の身の上話が始まった。

私が加わったところで、ここから出られないものと悟り始めたのだろう。

少しばかり癪なので、この程度何でもないかのような素振りで返事をする。


「それは立派なことね。才能ある子供ならきっと貴方に感謝するわ。」


「そう言ってくれると嬉しいよ。我ながら親バカだとは思うけどね。妻も僕には勿体ないくらい美人で気立てがよくてね。たった一言の思いを伝えるのに何年も要した。だからね。今までが幸せすぎて……そろそろ……罰が当たるんじゃないかと思ってた……。」


男は妻と子供のことについて愛しそうにひとしきり語った後、沈痛な面持ちでそう言った。

家族を思う気持ちには私にもある。

それは幼い頃にいつだって胸に抱えていた大切なものだ。

私は男の涙と嗚咽を必死で堪える様を見ると、胸に込み上げてくるものがあった。


その感情を見知らぬ男に悟られまいと誤魔化すように言葉を返す。

私は出来る天才美少女魔法使いを目指しているのだ。


「貴方、別に悪いことしたわけじゃないんでしょ。だったら罰なんて当たらないわよ。それに――」


山歩きで付いたズボンの汚れを軽く払ってから立ち上がる。


「私が貴方をここから出して家族のもとに連れていってあげるわ。」


私は次なる手段を実行することにした。

私にはロナルドがいない時にだけ使える、とっておきの切り札があるのだ。

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