女王の逆鱗

広場を去った後、私たちが辿り着いた洞窟の最深部は行き止まりだった。


「ここであるな。ここから先に居る主はお前には荷が重い。吾輩の後に続きたまえ。」


ロナルドが帽子のツバを摘まんで表情を引き締めると私もそれに倣って神経を尖らせた。

師は正面に持ってきた手杖を両手で持つと石突で地面を叩き、こう唱えた。


『翼の君に侍る子ら 汝らに月影の落し子が契りを結ばん 捧げるは血の雫 我がこいねがうことを天翔あまかける息吹と成し 同胞はらからへ届け給え』


ロナルドの足元から翠色の光の輪が数瞬の間現れると、再度静寂が辺りを包む。

すると、一呼吸おいて私たちの足元から白い光が現れ、私たちを覆った。

足場が失われ、フッと宙に浮くような感覚があったかと思うと草を踏みしめる感覚に変わる。

暖かい日差しの感触が瞼をくすぐり、目を開ける。

気が付くと、私たちは昼間の草原のような場所にいた。


師の後ろに立ち、私がキョロキョロと辺りを見回していると、巨体が草を踏めしめる音がこちらに向かってくるのが分かった。

その大きさゆえに音の主の正体はすぐに判った。

彼女は私たちの目の前まで来て見下ろすと、大きな口を開けてこう問いかけた。


「お前は月影の一族か。我ら以外の同胞を見るのはいつ以来か。久しいな。」


「静かに暮らしていたというのに、いきなり押しかけてしまい申し訳ない。

吾輩はライカンの月影の一族が最後の一人、ロナルド・フォクシーと申す。

後ろにいるのは我が弟子のアリエル。我らの新しい同胞だ。」


「フォクシーが弟子にして水瓶の精霊の契約者、アリエルと申します。」


ロナルドに従い、最大限の敬意を払って言葉を交わす。

洞窟の主は山のような大きさの龍の姿をしていた。

巨体の主は顔を動かし私をジッと見つめると、再びロナルドに向き直った。


「私はウェールの天宮の一族が母、マルキア・アーリスレクスだ。お前たちの話を聞こう。まさかただ、同胞の顔を見に来たというわけでもあるまい。」


「遺体を探している。どうやら、貴女の領域に入り込んでしまったようなのだ。回収のためご助力願いたい。」


「ほう。なぜ探している?」


「遺族の依頼で探している。」


「それは我らの同胞か?」


マルキアは目を細めてロナルドに問う。


幌の民スールの血を引く兵士の男だ。」


「幌の民の血を引く兵士だと……?」


マルキアがロナルドの言葉を反芻する。

私たちは息を呑んで彼女の次の言葉を待っていると、龍の女王は一つ一つが鎧の胸当てほどもある大きさの鱗を逆立てた。


「幌の民!兵士!お前はそんなものを探しにここへ来たのか!!我らが同胞の憤怒と憎悪!悲哀と屈辱を知る!精霊人の!!お前が!!!」


龍の女王の咆哮は大陸の端から端まで届くかのような威圧感と殺気を伴っていた。

同時に、彼女には決して歯向かうことができないという強い恐怖の感情が私を襲うが、龍の怒りを前にしてビクリともしない師の背中を見てグッと耐え忍ぶ。


「マルキア殿。貴女の言うように吾輩とて同じ気持ちだ。

貴女の胸の内はよく解る。だが、もう終わったことなのだ。我らは幌の民に敗れて故郷を失ったが、我らの仲間は世界中でひっそりと生きている。

我らを迫害した民の祖先はとうの昔にこの世を去った。彼らの子孫に罪は無い。」


「彼奴らの祖先が滅んだところで我らの怒りは揺るがぬ!

我ら一族が幌の民の血を引くものに力を貸すことなどありえぬ!!」


女王から発せられる言葉には絶対の意思が感じられた。

彼女の意思に共鳴するかのように龍の眷属たちが姿を現し、私たちを取り囲む。

ロナルドは臆せずして交渉を続ける。


「貴女方が幌の民に関わることに力を貸せないことは充分承知した。

それでは我らだけでもここで遺体を捜索する許可をいただけないだろうか?

決して貴女方の安寧を脅かさず、領域を汚さないことを誓おう。」


女王はロナルドの提案を耳に入れると少しの間、思案するかのように押し黙った。

そして静かに翼を下ろし、声を低くしてこう言った。


「ほう。お前は何に誓うと言うのだ?」


「無論、我が一族の誇りに。」


師が右手を心臓の位置に当てて誓いの言葉を掲げると、女王はその真意を探るように目の前に悠然と佇む男を睨みつける。

やがて首を上げると、この草原にいる全ての者に聞かせるかのような声で宣言する。


「分かった。同胞の頼みを聞き入れよう。」


師が頭を下げ、私もそれに倣う。

一先ず、彼女の怒りを沈められたようで良かったとホッと胸を撫で下ろした。

しかし、女王は言葉を続けた。


「ただし、お前の弟子一人だけでだ。」


彼女がそう言った瞬間、私は白い光に包まれた。

ロナルドに向かって手を伸ばすが、小柄の龍達の介入により、妨害される。

彼が私の名を呼ぶ声を最後に、私の意識は途切れた。

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