月影の一族

私が水弾で景色を割った先には大きな洞窟があった。


一息つくと、私は再度探知の魔法を使い、目的地が洞窟の先にあることを確認した。

魔力を通した青く発光する水を杖の先に球状につけて松明代わりとすると、中に入る。


「外より暖かいし不思議な場所ね。ここに誰か住んでるのかしら?

『ごめんください』って声でもかけてみる?」


轡を並べた馬車3台が余裕を持って通れるような広さの洞窟の中は奇妙なことに、薄着でも過ごせるような暖かさだった。

また、虫や小動物、苔などの植物の気配もなくただ殺風景な岩肌が奥へと続いていた。

今しがた突破した障壁のこともあり、ここに私たち以外の誰か――それも恐らく魔法を使える者――が住んでいる可能性は高かった。


「ふむ。少なくとも魔法を使える者がこの奥にいることは明白であるな。

ここの空気からして魔力を含んでいる。魔力に抵抗のない物を排除する仕組みのようだ。洞窟の主は吾輩らを歓迎しないだろう。

あまり、この魔力を身体に取り込まないほうが良い。」


師の助言に従って自分の周りを薄い水の膜で球状に覆う。

人様の家に勝手にお邪魔して図々しい身ではあるが警戒を怠らないようにした。


洞窟内は思いのほか、複雑で長々とした広がりをしていた。

光源はあるが、足元が暗いため慎重に歩を進めていく。

しばらく歩くと、天蓋が開けた広い場所に出た。

洞窟の外はもう日が沈んでいるようだった。


「ああ。これは良いものが見れるな。少しばかり、ここで休もうではないか。」


足を止めたロナルドが私に言う。


「洞窟の主人がいるのなら、早く進んだほうが良いのだと思うのだけれど。」


休憩する時間にはまだ早いと思った。

依頼人のこともある。私たちにあまり時間があるようには思えない。


「なに。主人の気配はこの付近には感じられぬ。それに、すぐに終わる。時間を長く取ることはあるまい。」


ロナルドに絆され、私たちはまたひと時の休憩を取った。



======================



それから、夜の帳が深まり洞窟の中が一層、静寂を帯びた時のことであった。


「きたか!」


狐の紳士が広場の中央に立ち、夜の天球を仰ぐ。

彼に倣って宙を見上げれば、街の中で見るよりも近い星々が散りばめられ呼吸をするように瞬いていた。

薄い雲に覆われていた月が顔を覗かせると、月灯かりが天の原から差し込み、暗い洞窟の中をスポットライトのように明るく照らす。


「確かに綺麗だわ。あなた、結構、ロマンチストなのね。」


目を細めながら月色を浴びる小麦色の横顔はお伽噺のように儚げで幻想的でこの世のものとは思えない魅力があった。

出会ってから初めて見せる彼の微笑ましい姿に嬉しくなり顔を綻ばせる。


「いや。これからだよ、アリエル。」


彼がそう言うと、月灯かりに触れた溢れる魔力の粒子がキラキラと光に呼応し始めた。

粒子は私の周囲を覆っていた水の膜に触れると溶けるように消えていく。

その光景は舞い落ちる雪の花びらを思わせた。

美しい光景に見惚れ、息を呑む。

きっと、ここに住む人はこの景色を愛し、独り占めしたかったのだろう。


そんなことを思っていると、ロナルドは愛用のステッキで地面をコンと小突いた。

杖から響いた軽快な音が小気味よく洞窟の中を反響すると、杖の先を中心として光の波紋が広がり、白銀の舞う月夜の舞台を足元から煌々と照らし出す。

夜の底を満たした光の輪はほどなくして輝きを失うと、天上の星空を映しとった水面が姿を表した。

漂う粒子の花弁のいくつかが写し鏡となった水の肌を優しく撫でて、そこから小さな水の波紋が広がり共鳴する。

天宮が手を伸ばせば届く距離に落ちてきたような不思議な錯覚に陥った。


「これ、星空よね……?」


瞳に映る景色を前に私がうつけたように立ち尽くしていると、小麦色の毛の紳士が私を見つめて帽子を取り、足を後ろに引いて一礼する。


「“月影つきかげの一族”ロナルド・フォクシーが誇る星映しの魔法、いかがであったかな?

お次は月喚びの魔法をお見せしよう――」


彼がそう言って指を鳴らすと、今度は月のスポットライトが舞台から消えて辺りが暗くなる。

夜空を見上げれば、ほんの数舜前までそこにあった月球は切り抜かれたように姿を眩ましていた。


「今宵、この月夜は吾輩の物となる。」


暗闇の中からそう告げる声が聞こえると、水面から光の球体が立ち上り、柔らかな光が舞台を照らした。

間近で光を浴びて黄金色に彩られた紳士は球体を手に取るとそれを指の先でクルクルと回し弄ぶ。


胸の奥から温かい血が身体中にぱっと広がり、頬が熱を帯びたのが分かった。

私は彼のステージの幕が降りるまでずっと立ち尽くしていた。

私の知らない感情と決して忘れることのない情景がそこにはあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る